ブティ・ジーポの結晶石


その2、金の乙女と物書きの少年


 
空から見ると、その谷はまさに金の谷だった。ヒナタは相棒の白い大きな鳥、ピーピに乗って、夕暮れの空を飛んでいた。ヨルが指し示した方向、西へ西へと。
 随分と飛んで、日が傾き、前方の夕日が黄金色に輝きだした頃、その光を受けて金に輝く谷を見つけたのだった。
 ヒナタは思わず息を呑んで谷の美しい光景に見入った。まるでほんとにその谷の全てが金でできているみたいだ。
 と、どこからともなく、風に乗って音楽が聞こえてきた。かすかな弦を爪弾く音、それから、表現しようのない、細かい空気の振動。それはあまりに均整がとれすぎた「音」だったが、人の歌う声にも聞こえた。
「これは、もしかして光の声? 近くに金の乙女がいるのか?」
 視線を落として姿を探す。と、谷の崖の上に、小さい人影が見えた気がした。
 あっと思ったそのときだった。近づいたためかさっきの歌声が一瞬ふっと強くなり、ヒナタたちを包んだ。
「ピイッ!?」
 ピーピが一声鳴いて、いきなりバサバサと暴れだす。その翼が空をとらえられなくなって、かくんとバランスをくずした。
「あっ、落ちる!」
 言った時には落ち始めていた。ピーピは体勢を立て直す事ができず、ヒナタを乗せたまま、谷底へまっさかさまに落ちていった。

「ねえ、ねえ……目を覚まして」
 ――女の子の、声が聞こえる。
 ヒナタはぼんやりと目を開けた。
 どこかで見たことがあるような少女が覗き込んでいた。ふわふわの美しい金髪に、青いビーズが編みこまれている。心配そうに見つめる瞳はあの夕日のような輝く金色をしている。
 金色……?
 ヒナタは、がばっと起き上がった。
「金色の乙女?」
 少女は驚いて目をぱちくりさせた。
「そうですが。あの、大丈夫でしょうか。私の声のせいで鳥が落ちて」
「そうだ、ピーピは……」
 思い出して白い大きな鳥の姿を探すと、すぐ近くで草をついばんでいた。
 ほっと息をつき、ヒナタはふたたび少女に向き合った。
「何か全身痛いけど、こんな形でも会えて良かった。金の乙女、あなたに会いに来たんだ」
「え?」
 ヒナタはここに来た訳を金の乙女に話して聞かせた。そして一緒に城まで来てほしいと頼む。これで一件落着、きっと王は目覚める。ちょっと痛い目にあったけど見つかってよかったなあ、と思ってほっと胸をなでおろした時だった。
「ごめんなさい……」
「えっ?」
 か細い声が言った言葉をヒナタは一瞬聞き違いかと思った。
 断られるなんて考えてもいなかったからだ。
「だめなの? どうして」
「それは……」
 金の乙女は口をつぐみ、うつむいてしまった。
 
 そう簡単にいくものではなかった。金の乙女は王の前で歌う事をかたくなに拒んだ。やっとのことでヒナタが手に入れたのは拒む理由のみだった。最初は金の谷の掟やら何やらがあるのかと思ったのだが、そういうことではないらしい。
「歌って、もしかしたら目覚めないかもしれない可能性が、怖い……」
「は?」
 金の乙女はうつむいたまま、か細い声で言った。
「私は金の乙女。金の谷でただ一人、光の声を持つ。でも、本当はその才能がないかもしれない。金の谷ではたまに私のような金の髪、金の瞳の女の子が生まれるの。その子供は光の声を持つ可能性がある。でも、すべてが光の声を持つわけじゃないのよ。わたしは、本当はどうなのかしら。きっと本当の光の声なら、眠っている王に声を届かせる事ができるでしょう。でも、全力で歌っても王が目覚めなかったら……? 本当のことを知るのが、怖い」
ヒナタは首をかしげた。
「でも、能力があるかどうかは、わかっていないだけで、もう決まっている事じゃないか。なら、早く自分の力を知ったほうがいいんじゃ?」
 そう言って見ると金の乙女の瞳にみるみる涙があふれていくところだった。
「自分に本当は才能がないって知ったら私、どうしたらいいか分からない……」
 そう言ってえんえん泣き始めてしまったので、ヒナタはうろたえて、あやまって、何とか慰めて、そしてあきらめて帰ってくるしかなかった。


 それ以来、なんだか行き詰ってしまった。あちこち奔走しても王を目覚めさせる手掛りは見つからない。あの金の谷の金の乙女以外によさそうな案は浮かんでこないのだった。しかし、何度か頼みに行ってみたが彼女は協力してくれる気配を見せない……行き詰る。
「まあ、彼女の気持ちも分かるけどね」とヨル。
 結局行き詰ってどうしようもなく、またヨルの占いに頼りに来たのだった。
「ぼくはわかんないな。できないこと恐れてその歌の本気を出せないなんて、それじゃ意味がないじゃないか」
「お前には分からないかもな。下手に才能があると限界を知るのが怖いんだ」
 ヒナタは首をかしげる。
「それにお前は前向きだからね。例えそんな状況でも前に進むだろうな」
「そうだ。前に進もうと思って、ここに来たんだ」
 ヒナタはぽんと手を打った。それからふっとまじめな表情をする。
「どうも何かうまくいかなくてさ。行き詰っている。何だか分からないけどあれ以来、全然手掛りがつかめないんだ。やっぱりあの金の乙女が鍵を握っているんだと思う。どうにか解決する方法はないのかな。気持ちを変えさせることは」
「難しいな……根本的な問題だ。解決するには……」
 ヨルは前回のように水晶玉に向かった。そして呪文を唱えると、水晶玉は青く輝きだす。
 しかし、今回はなかなか像が結びつかなかった。映す事をためらっている様な、迷っている様などろどろとした色の動きが続く。
「おかしいな。こんな動きは見たことがないんだが……」
 ヨルがそう言ったときだった。意を決したように、水晶玉の中で色が明確に像を結んだ。現れたのは、眼鏡をかけた、黒髪の小柄な少年。
「この少年は?」
 聞くとヨルは眉をひそめた。
「分からない。でも、なんか映しちゃいけないもの映しちゃった気がする……」


 雲の中、ものすごい乱気流の中をヒナタを乗せたピーピが進んでいた。目指しているのはどことは知れず、ただひたすら北極星の方角へずっと、ずっと。
 眼鏡の少年は、北極星の方向にいるとヨルは言った。
 この行き詰った状況を何とかする鍵を握る少年。それは一体どんな人なのだろうか。
 北極星を目指して飛んでいくと、いきなり雲に突入したのだった。今までは雲ひとつない夜空だったのに。そして雲の中は気流が乱れ、あちこちで雷が光っていた。その中をピーピは全力飛行する。
 出口はどこだ? 二人とも目を開けていられないような状態で、ただ前へ進んでいた。
 あるところまで来ると、耳元でゴウゴウいっていた音がいきなりふっと消えた。確かに何かを突き抜けた感覚がして……そこでいきなり二人はがんっと頭を何かにぶつけてどさっと下に落ちたのだった。地面はすぐそこにあった。
「いたた……」
 一体どこに着いたんだろうとヒナタがつぶっていた目をそっと開けると、目の前に、心配そうに覗き込む少年の顔があった。黒髪で、眼鏡の……
「あ、君は!」
 ヒナタが思わず叫ぶと少年は困った風に笑った。そしていきなり頭を下げた。
「ごめん」


「?……話が読めないんだけど」
 そこは、狭い一室だった。どこか遠い国に飛ばされてしまったんだろうか。部屋の家具や、目の前の少年が着ている服は異国風だった。いや、ヒナタが今まで見てきたどんな国にもない雰囲気のものだった。
 月明かりが入り込む薄暗い部屋の中で、机の上の明かりだけが煌々とともっている。その上には一冊のノートが開いて置かれていた。ノートには何やら文字がたくさん書き込まれ、ペンが横に転がっている。
 眼鏡の少年は今、ヒナタとピーピはそのノートの中から出てきたのだと説明した。が、理解しろなどとは到底無理な話だった。
 更に、ヒナタが行き詰まっているのは自分のせいだと謝ったが、その理由もイマイチ理解できなかった。
「ええと……よくわからないけどつまり、君がそのノートに『物語』を書けばいいわけか。『物語』の続きを。それでいろいろ解決するなら、書いてほしいんだけど……なんでここまで書いて、続きを書かないの?」
 少年はうつむいた。そして、小さな声で答える。
「ちゃんと書けるかどうかわからなくて、怖くなって……」
 ヒナタは首をかしげた。
「またそれか」
「うん」
 少年ははふうっとため息をついた。
「いつも、そうなんだ。物語を書き始めて、話が面白くなってきて、好きになると不安になる。ちゃんと書けるのか。ベストな形で完成できるのか。書けるかも知れない、できないかもしれない。できなかったらどうしよう……。好きな話を自分の手でダメにしてしまうかもしれない。がんばって書いた結果分かった事が、自分には面白い話を書くことができない、才能がないってことだったら……。その時点でぼくはもう、話を書けなくなってしまう。その可能性が怖くて、書けなくなるんだ」
 少年はふたたび「ごめん」とつぶやいた。
 ヒナタはしばし黙った後、口を開いた。
「なんで、そんなふうに思うんだ」
「え?」
 呆れたようなヒナタの言葉に少年は顔を上げた。
「なんで才能が無いってわかった時点で書けなくなるなんて思うんだ。金の乙女もそうだっただけど。才能がないって分かったらその分努力すりゃいいじゃないか。むしろ、自分の足りない分を知ってがんばるために、自分のダメなところを知っておかなくちゃいけないんじゃないの? 本当にそれが好きなのなら。そうでしょう?」
 少年は目をぱちくりさせてヒナタを見た。
「君の今の状態はね……た・い・ま・ん。ちょっとは努力する事考えな。限界を知って、そこからが始まりなんだから」
 少年は眼鏡をはずして、目をこすった。それからまた掛けなおした。
「まさか、自分の物語に説得されるなんて」
 信じられないと言う風でつぶやいて、それからふっと笑う。
「君は前向きだな」
 少年は机に向かい、ノートを見つめた。
「そうだな。ヒナタの言う通りかも。よし、やってみよう」
「よかった。これでなんとかなるな」
 ヒナタはにっこり笑った。
「とはいってもまだ、ぼくには少し力が足りない。……ヒナタ、頼む。そっちの世界から、『ブティ・ジーポの結晶石』を持ってきてくれないか」

 ふと気がつくと、ヒナタとピーピはまたあの雲の中、乱気流にもみくちゃにされていたにば。ピーピがまた必死に飛んで、飛んで、今度はすぐ、雲をぬけることができた。雲を抜けると夜の空に出た。振り返れ何もない。北極星を背にして、ピーピは飛んでいたのだった。
「ブティ・ジーポの結晶石と言ってたな……ピーピ、ヨルのところへ!」

←前  目次  次→

inserted by FC2 system