ブティ・ジーポの結晶石


その3、ブティ・ジーポの結晶石と、ヒナタの不在

「結晶石と言うのは、つまりは人の精神を結晶化させたものなんだ」
 ヨルのところへ戻って今までの話をすると、ヨルはしばらくぽかんとしていた。が、なんとか事実を飲み込んで、結晶石のことについて教えてくれた。
「強い精神を持つ人間から本来その本人に使われるいくらかの精神を取り出して結晶化する方法がある。まあ、結晶化できるほど有り余る精神を持つ人間はなかなかいないわけだが。結晶石は元になった精神によりいろいろな効果を持つんだ。でも、ブティ・ジーポの結晶石というのは聞いた事がないな。一体どんな精神なんだろう」
「まあ、なんにせよその結晶を取り出せる人間を探せばいいわけでしょ」
「まあそうだな。占ってみよう」
 というわけで、ヨルは水晶玉に向かった。
 いつものように呪文を唱えると水晶玉は青く輝き、やがて浮かび上がってくる色たちが像を結んでいった。
 茶色い髪が映る。肩にふわんとかかった、ちょっと長めの髪。それから、白いマント。
「あ、あれ、これは……」
 ヒナタはそこに、自分を見出した。強い瞳で前を見る、自分が映っていたのだった。
「どういうこと?」
 ヨルは腕を組み考え込んだ。
「ヒナタの精神で、この状況に必要なブティ・ジーポ、か。なるほどね。わかった気がする」

 ヒナタの精神から取り出したブティ・ジーポの結晶石を持って、ふたたび異国の部屋の少年を訪ねたのは、ヒナタではなく占い師のヨルだった。
 確かに結晶石を受け取り、少年はこくんとうなずいた。
「ありがとう、ヨル。これで何とかなりそうだ」
 少年はおもむろに金槌を取り出すと、その結晶石をコン、と軽く叩く。結晶石はきれいに三つに割れた。
「一つは、ぼくに。もう一つを、金の乙女に渡して。そうすればきっと協力してくれるようになるよ」
「後の一つは?」
「持っていって。もうひとり、必要な人がいる」
「わかった」
 ヨルはうなずき、あとふたつの結晶石をしまった。
 少年の部屋から去ろうとするとき、ヨルは改めて部屋を見回し、少年を見て、今更ながらに感嘆のため息をついた。
「ヒナタの話を聞いたとき、そんな馬鹿なと思ったが……ほんとに来る事ができるとはね。少年、すてきな結末を、期待してるよ」
「でも、ヒナタは……」
 ヨルは、 苦い表情をした。
「なんとかしてくれ。大丈夫、君ならできるよ。その石は、そのためのものなんだろう?」
 少年は、手の上のブティ・ジーポの結晶石を見つめた。
 きらり、と石が輝く。その輝きは、少年の目に宿り、きれいな黒の瞳を輝かせた。
「……うん。がんばってみる」


 少年の部屋から出て、雲をぬけ出たヨルとピーピは、その翼を金の谷へと向けた。
 石を受け取った金の乙女は、しばらくその結晶石を見ていたが、やがて意を決したように言った。
「つれてって、王のところへ。私、やってみる」
「いいのか?」
 ヨルは、なんとなく聞き返してしまった。あまりにすんなりとことが運ぶので。
「うん。もし私の声が光の声じゃなくても……好きな歌をあきらめなきゃいけないってことじゃないもの。自分を確かめに行くわ」
 金の乙女を連れて、ヨルは城を目指した。
「それで、ヒナタは?」
「ヒナタは……」

 城の一室、王の寝室では若き王が深い眠りについていた。
 大臣は随分とやせこけた顔で、心配そうにヨルを見る。
「大丈夫なのかね……」
 ヨルは「大丈夫ですよ」とうなずいてみせた。
 王の眠るベッドの前に立った金の乙女は息を吸うと王に向かって静かに歌いだした。伝説でしか聞いた事のなかった、金の乙女の歌。
 空気が細かく振動している。おおよそ人の声だとは思えない、けれども他の何とも言えない美しい音が、部屋に満ちて輝き始めた。
「あ、光だ」
 歌が、輝くなんて。ヨルも大臣も控えていた兵士たちも思わず見入って、聞き入っていた。歌はだんだん大きくなっていき、光もいっそう強まった。
その中で、王の瞳がぱちりと開いたのだった。
「王!」
 大臣が歓喜して叫んだ。
「私は、一体?」
ぼんやりとつぶやく王。そんな彼に大臣が涙を流しながらすがりついた。
「王は戴冠式の日からずっと眠ってらしたんです」
王は目をこすり、しばし考え込んだ。
「そうか……。思い出した。私はあの時、怖くなって」
「何がですか?」
不思議そうに大臣が聞く。
「この国を治める才能が自分にあるかどうか、この先わかってしまうのが、怖くなったんだ」
 思い出してため息をつく王。
「わたしは今まで、周りから才能ある王子としてもてはやされてきた。自分でもそう思ってきた。だが、父が死んで、、自分が政治の表舞台に実際に王として立つ時になって、急に、怖くなったんだ。実務を始めたとき、わたしの本当の能力が分かる。本当に才能があったのか、ないのか。それを知るのが、怖かったんだ。このまま、分からないまま曖昧なままでいたいと、おもって……その想いがわたしを眠らせてしまったのだと思う。情けない事だ…」
うつむく王の手を大臣が取って、励ますように、必死に握った。
「王は、才能、ありますよ。やればきっと良く国を治められる。長年王家に使えてきたわたしが自信を持って言うのに、みんなもそう確信があるのに、どうしてそんな、後ろ向きな考えばかりなさるんですか。自信を、持ってください」
「でも……」
 ヨルははっとした。
 最後の一つのブティ・ジーポの結晶石を取り出し、ながめる。
「そういうことか」
 そして、王の前に一歩進み出た。
「王」
「ん? そなたは……」
「私は城下町の占い師、ヨルと申します。今は大臣の部下のヒナタの代理でここにいます」
 深々と頭を下げ、礼をした。
 それから取り出した石を王に差し出す。
「これを」
 王は差し出された石にそっと手を伸ばして受け取り、それを不思議そうに眺めた。
「ヒナタからの届け物です。彼が王のために、身を削って作り出した石。それから、彼から、言葉を……『たとえ、才能がないってわかっても、そこから努力すればいいだけのこと』」
言って王を見上げると、彼は目をぱちくりさせた。
それから握っているブティ・ジーポの結晶石に、もういちど視線を戻す。
ヨルは石を見つめる王の瞳に、今までなかった光がふっと差すのを見た。
表情が冴えていき、いちど閉じられた瞳が、確かな石を持って、前方に向けられる。
「そうだな……」
それはさっきまでのどこかか弱い後ろ向きな声ではなく、凛とした声だった。
「まずは、はじめてみることだな。だめだったら、そこからまた考えればいい」
王は自分のために、一つ大きくうなづいた。

「ヨル、それで、ヒナタは……」
やる気を出し、早速仕事を始めた王の邪魔にならないようヨルと金の乙女は城を出た。城下町への入り口となっている門の所まで来た時、金の乙女が心配そうに伺う。
「ヒナタは、どうなったの? 教えて。まさか……」
不安そうにヨルを見上げる。
ヨルは、深刻な表情を見せた。
「君と、あと、さっき王に渡したブティ・ジーポの結晶石……あれは、ヒナタの精神からつくったんだ。精神を結晶化させる技法を使って、わたしがやった。結晶石は見事に作り出すことができたんだが、代わりに、ヒナタは……」
金の乙女はヨルの言葉に聞き入った。
「代わりにヒナタは……?」
不安で泣き出しそうな声で聞く。
そこまで真剣な表情を作っていたヨルがいきなりふきだして、笑った。
「?」
「ヒナタは、今、後ろ向きなのさ」
「え?」
「さっきの王みたいに、いや、けっこうな精神とってしまったから、それ以上に。もう情けないくらい後ろ向きでね。これ使っても解決しなかったらどうしようとか、ナントカかんとか。結局自分では行かないんでわたしがかけまわるはめに。みんなのためそうなったんだけど、今はあまりに情けない姿だよ」
金の乙女はぽかんとして、それからふうっと安堵の息をついた。
「わたし、てっきり死んじゃったとかそういうのかと思った。よかった。……でも……」
まだ不安そうにする金の乙女にヨルは笑って見せた。
「そんな状態も、2、3日で治るよ。治ったら、会いにいってやって」
「ええ。いくわ」
「それにしても、いい場面で主役が不在のままとは。あの少年もやってくれるなー……」

こうして大臣の部下、前向きなヒナタのいくらかの犠牲で、金の乙女は金の歌を歌い、目覚めた王は良く国を治め、そして、物語はちゃんと、終わる事ができたのだった。

END

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