カニル・ルビーはそのままに


その2

 暗い谷を、二人は奥へ奥へと進んでいく。しばらく行くと、ふっと明かりがともった場所に出た。
 そこは突き当たりになっており、正面には大きな扉がある。
 鉄でできている両開きのその扉は、岩にはめ込まれるようにしてあり、その扉の中央に、アルフは何か文字が刻まれているのを見つけた。
 それは、次のようだった。

カニル・ルビーは力の源
谷に眠る 赤き石
ひとたびルビーに触れさえすれば
限りない力、手のひらに
赤い力が味方する

カニル・ルビーを求めるものへ
ルビーは谷の奥深く、「ルビーの間」にて主を待つ
だがそこまでは試練の道のり
覚悟あるものだけが
扉を開けよ

 
 読み終わって、アルフはククルスを振り返った。ククルスはため息をついて、つぶやく。
「うわさには聞いていたけど」
「なにが?」
「試練のことだよ。やっぱりあるんだ。この先には過酷な試練があると言う。命を、落とすかもしれない」
 こくんとアルフはうなずいた。その瞳に、強い光がさしている。炎が宿っているような、熱い意思の瞳だ。ククルスはその目を見て、「それでも行くのか」と確認しようと思った言葉をのみんだ。あえて口にするのも馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。
 強い意志なのだな、と思う。
 それは、何かを求める心。望みであり、意欲だ。
 魔王を倒して、世界を平和にしたいという、強い願い。命をかけてもいいと思うほどの……そういう点では、彼も自分と同じなのだな、とククルスは思った。
 それからふと、その彼の見えている意志の強さが、どこから来るのか気になった。
「何かの使命、か……?」
「何か言った?」
 アルフが振り返る。
「いや、なにも……行こう」
 二人は力をあわせて重い扉を開いた。
 ギギギー……ゴゴゴオン、と壮大な音を立てて、重い鉄の扉が開かれる。その先は、めくるめく、試練の道だ。


 ここで話は一度、明日香のほうへともどる。
 頭のすぐ上に、青空が広がっていた。
 ここは学校の中でいちばん空に近い場所。明日香は屋上にいたのだった。さっきの女子、(名を佐久間というらしい)にお昼を誘われて。
「……なんかね。私はどうもやる気とか、意欲とか、ないみたいで……」
 明日香がおにぎりを手に、困ったように答える。
 なぜだかわからないが、佐久間はやたらと明日香のことが気になっているようで、お弁当を広げて食べながら、いろいろと聞いてくるのだった。さっきから質問攻めだ。あまり露骨にはあらわさないが、彼女は何かにあせっているようで、早く何かの確信を得ようと、質問を重ねている。
「趣味とかは?」
「うーん……」
 そういうこと聞かれると、明日香はいつも困ってしまう。
 趣味とか、将来の夢とか聞かれるのは、まるで答えられない自分が責められているような気がして苦手だった。実際ないものをどう答えたらいいんだろう……と明日香がちょっと沈で考えていると、それに気づいた佐久間は、あわてて安心させるように微笑んだ。
「ごめん。ちがうんだ。ちょっと気が焦っちゃってて。趣味とかが聞きたいんじゃなかったんだ。私が聞きたいのは……」
 そこで言葉を切って、佐久間はふっとまじめな表情になった。
「確認したかったのは、あなたに、強い意志があるかどうかってことだったの」
「強い意志? ……そんなの、ないよ」
 すらっと、明日香が答えた。そのあまりに当たり前……とでも言うような言葉に佐久間の瞳がきらりと輝く。そして、やっと確信を得たようにこくんと一人、うなずいた。
 佐久間はいきなり立ち上がるとはやる気持ちを抑えきれずに、お茶を飲もうとしている明日香の手を取る。
「やっとみつけた」
「は?」
 コップに注がれたお茶を持ったままその手をつかまれて、明日香はきょとんとした。
「あなたを、探していたんだ。」
「?」
 佐久間は、まるで絶望の中から一筋の希望を見つけ出したかのように興奮して、明日香を立たせた。明日香は仕方なくコップを置いて立ち上がる。
「よかったよかった。これで大丈夫だ。」
「??」
 嬉しそうに明日香の手を引いて、佐久間はそのまま踊るようにしてぐいぐいと明日香を引っ張っていった。屋上の端のほうへと。明日香はわけもわからず引っ張られていたのだが、さすがに腰までしかない屋上のふちの囲いのところまで引いて行かれたところで、声を上げた。
「ちょっと待って、あ、危ない」
 佐久間は強い瞳で、ニッと笑った。
「だいじょうぶ。急がなきゃなんないんだ。さ、行こう」
 急ぐ……何に? 聞こうと思ったところでぽん、といきなり佐久間が明日香の肩を押した。それは、思いがけず強い力で、明日香の体は一瞬ふわっと宙に飛ばされた。屋上の内側から、ふちを越えて、むこう側へと……
「え……」
 視界が空の青一色だけになった。次の瞬間には、明日香はものすごい勢いで落下していたのだった。
「きゃ―――!」

「わ―――っ!」
 そのとき、ものすごい勢いで二人は走っていた。
 アルフとククルスが。細い路地を全力疾走する。
 二人の後ろを、ドラゴンが吐き出した燃え盛る炎がおしよせてくる。それから何とか逃れようとしているのだった。炎の熱気がちりっとアルフの赤いマントの端を焦がした。
「あっ、マントが!」
 あわてて、自分より炎に近くはためいているマントを引き寄せた。
「そんなこと、気にしてる場合か! 左へ!」
 ほとんどアルフを押し込むようにしてククルスは左に曲がる。そこは岩と岩の間のくぼみであり、逃げ込んだとたんに、炎は路地を埋め尽くした。しかし、深くなっているこのくぼみのところまでは炎は届かず、間一髪、何とか助かったようだった。
 二人はふうっと息をつき、呼吸を整えた。
「きついな……」
 ククルスがつぶやいた。
「何だあれは。今までの試練もきつかったけど、今度のはケタ違い……あれが最後の、ルビーを守る番人かな」
「多分そうだろ。あいつの守ってる通路の後ろに、祭壇のようなのがちらっと見えた。たぶん、それがルビーの間だ」
 もういくつも、二人は試練を越えてきた。それでへとへとになってここまで来たのだが、最後の最後で、こんなことになるなんて。
 巨大なドラゴンが、ルビーの間への入り口をふさいでいるのだった。そのドラゴンが吐き出す炎から、たった今、逃げてきたところだ。
「ああ、マントが……」
 少し焦げてしまった赤いマントの端をつかんで、アルフがため息をついた。
「そんな大切なものなの?」
 ククルスの緑の瞳がじっと赤いマントを見つめる。
 赤いマント。……ふとその単語を、どこかで聞いたことがあるような気がした。それはなぜか、いいイメージではない。自分に不安を起こさせるような……。
「うん、大切なもの。この赤に誓って俺は、ルビーを取って、魔王を倒し、世界に平和を取り戻す」
 強い口調でアルフはいった。
「ルビーを見つけて、魔王を倒す……か。きっと魔王の側も、いまやフリーになったルビーを探していることだろうな」
「ああ。だから、一刻の猶予も無い。早くあのドラゴンをどうにかして、ルビーを手に入れよう」
 そう言い、アルフは岩のくぼみから顔を出して、ドラゴンの様子を伺った。
 ドラゴンは、今は眠っているようだった。だが、近くに行くと目を覚まし、すぐさま炎を吐いてくる。どうしたものか。
「……なあ、アルフ」
「何?」
むこうを伺うアルフの後ろから、ククルスがたずねた。
「いままでルビーは、誰のものだったんだろう?」
ククルスは岩に寄りかかり、腕を組んでいた。何かの考えにふけっているようだった。
「さあ……俺も知らないな。誰だったんだろう」
 さほど疑問にも思わなかったいというふうでアルフは答えた。
「なあ、アルフ、今思ったんだけど、なんで世界は傾かなかったんだろう」
 ククルスが言ったその言葉の意味がよくわからず、アルフは頭を引っ込めて、ククルスのほうに向き直った。たいまつの光にククルスの瞳は宝石のように緑にきらめいていた。
「どういうこと?」
「カニル・ルビーは強大な力の源なんだろ? それをついこないだまで……ルビーがこのカエリの谷に戻るまえまで、誰かが持っていた。だれか……魔族か、人間か知らないが、どちらかが持っていたことは確かだ。それで、なんで世界はどちらかの勢力に傾かなかったんだろう。そんな力があったのに。いや、もっと言えば、なんでこの長い歴史の中、カニル・ルビーによって世界が傾いたことが無かったんだろう」
 世界は、常に均衡を保っていた。確かに人間は魔族に虐げられている。だが、その状態で、世界は均衡をたもっていた。ずっと昔から。
「たしかに……」
 と、アルフは視線をさまよわせたが、すぐにくぼみの外、ルビーの間のほうに視線をさだめた。
「でも、考えていてもわからない。とにかくルビーを手に入れよう」
「そうだな」
 ククルスもうなずいた。
 
 ドラゴンを倒す方法を考えた結果、一人がおとりになることにした。それは、ククルスの役だ。ドラゴンがククルスに気を取られている間に、アルフがドラゴンを倒す。
 ドラゴンの鋼鉄の肌を、どう倒す方法があるのかとククルスが尋ねるとアルフはニッと笑ってまかせな、と答えた。ククルスこそ大丈夫なのかと聞けば、こちらも笑って何とかするさと答えた。
 まず、ククルスが1人でドラゴンの前へ出て行った。3メートルほど近くまで行くと、先ほどのようにぴくりとドラゴンは目を覚まし、かと思うと間髪いれずにすさまじい炎を吹き付けてきた。ククルスは、両腕を前に突き出し、これを受け止めた。
 ……炎を、受け止める? その思いもかけない不思議な光景を見てぽかんとしているアルフにククルスは叫んだ。
「ほら、今のうちに何とかしてくれ! こちらは気にするな」
 言われて、アルフは我に返り、ぶんぶんと首を振ってからドラゴンのほうに走り出した。
 こちらはあくまで気付かれないようにしなくてはならない。そろそろと、すばやく近づく。……が、その間も、ククルスのことが気になった。どうなっているんだ? あの手は……。近付きながらも横目で盗み見ると、ククルスは、炎でキラキラ輝く緑の瞳で、きっとドラゴンをにらみつけていた。手は熱い炎を受け止めて、焦げてしまったように黒く変色していた。そして爪は、まがまがしくするどく長く伸び……。
「?」
「早く!」
 いわれてはっとして、アルフは条件反射で駆け出した。すばやくドラゴンと距離をつめ、剣を引き抜く。とたん、その剣はまばゆいばかりの光を放った。
 光の、剣……ククルスは、思わずその光る剣に視線を奪われた。
 アレは、まさか。
 嫌な予感がした。ククルスの中でそれは先ほどの「赤いマント」と合わさって、確かな確信に変わる。確信は、不安とあせりに直結した。
 まばゆい光の剣は、あっけないほど簡単に竜の心臓を刺し貫いた。断末魔の叫び声をあげてドラゴンはどうっと倒れ、ルビーの間への道が開かれたのだった。
 大丈夫だったか、という気持ちとさっき一瞬見た手のことを確かめたい思いでアルフが振り返ろうとしたとき、その目の前を、何か、黒く、大きな翼がゴオッと横切った。ルビーの間へと。アルフが振り向いた先に、ククルスはいなかった。今のはなんだったのだろう? 妙な不安が、アルフを襲う。いなくなったククルスのことよりも先に、今のものを追う気になり、アルフもルビーの間へと駆け出した。

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