カニル・ルビーはそのままに


その3

「まて!」
 祭壇があって、真ん中の台の上に掲げられている、真紅のカニル・ルビー。その前に、一つの大きな影が覆いかぶさり、今にもルビーに触れんとしていた。
 あと少し……。
 そうククルスが思ったところで、目もくらむような光が舞い込んだ。
 真紅のルビーの上に掲げられた黒い手のひらと、ルビーの間に、きらりと瞬きながら輝く光の剣が割り込んだのだった。
 剣は、黒い手のひらを弾き飛ばす。緑の瞳が、アルフをにらんだ。
「ククルス……」
 アルフは絶句した。その緑の瞳、見間違えるはずはない。さっきまで共にここまでやってきた、ククルスのものだ。だがしかし、今の姿は。
 見間違いではなかった黒い、鋭い爪の手、さっき横を通った巨大なこうもりのような翼、金の髪はたてがみのように逆立ち、そしてその頭には、まがまがしい四本の角が生えている。
 四本の角……それは間違いない。大魔王の証だ。
「ま、まさか、大魔王、なのか、ククルス……」
 絶望的な声でアルフは言った。
「お前は、赤いマントの勇者なんだろう? 光の剣を扱えるただ一人の、私の天敵。やっと気が付いた」
 お互い返事もしないままに、いきなり光の剣と黒い爪が交じり、火花を散らした。
「カニル・ルビーは渡さないぞっ! お前なんかに渡したら、世界は魔族に支配されてしまう!」
「こっちこそ、ルビーを渡せるか! こんな絶好のチャンスを!」
 ガキンガキインと音を立て、幾度となく剣と爪が合わされた。そのたびに火花が散り、ぶつかり合う力と力の波動があたりに満ちた。力は互角と言ったところか。どちらも押しつ押されつ、戦いは弱まる気配を見せない。激闘が、いつまでも続けられるかに思われた。
 と、その中を、先ほどアルフが倒したドラゴンを踏み越え、このルビーの間に入ってきたものがあった。そのことに、ルビーをかけて戦いに夢中になっている二人は気付かない。
「間一髪、間に合った。さ、木下さん、これこれ」
 戦いに没頭していた二人が異変に気付いて、はっと見たものは、異国の衣装に身を包んだ少女が、カニル・ルビーの祭壇を駆け上がっているところだった。
「あ……!」
「おい!」
 勇者と大魔王が状況を理解できず、ただ見守る中で、祭壇を登りきった異世界の少女、明日香の小さな手が、真紅のカニル・ルビーにのばされた。
 そして、ためらいがちな指先が、そっと、ルビーに触れた。
 パアン!
 とたんに辺りに真っ赤な光があふれ、何かがはじけるような音と共にいっきにルビーの力が解き放たれた。一度開放された力は赤い光の柱となって立ち上り、それがあっという間に明日香の手の上に飲み込まれる。
 つぎ見たときにはルビーは消えていた。かわりに明日香のルビーに触れた左手の小指の爪には、マニキュアで塗ったように赤い色がさしていた。
それを見て、サクマがにっこり笑う。
「これでよし。カニル・ルビーは継承された。もう帰っていいよ。その力を使えば、高いとこから落ちなくても帰れるから。ありがとね」
 そうしてあっけなくも明日香が帰ってしまうと、サクマはぽかんとしている二人をふりかえった。
「残念だったね」
やっと勇者と魔王は馬鹿みたいに開いている口をふさぎ、喋ることができた。
「どっ、どういうことだ……?」
でも、やっと出てきた言葉もそれだけだった。
「カニル・ルビーは強大な力の源、それを強い意志のあるものに渡しちゃいけない。強い意志をもつもの……あなたや、あなた。そんなことをしたら、世界の均衡がくずれてしまう」
「でも、俺はただ、世界を平和にしようと……」
すがるように、勇者アルフが言った。
「平和を強く願う思い、意思、意欲……それは欲と同じでしょう? 強い欲と、強大な力は合わさってはいけないのよ。だれだって、欲には勝てないから。それは均衡をくずす力となる」
 「だけど……」とつぶやいたアルフが、その先何も言い返せぬまま、言葉につまった。
 それを見やってからサクマは続ける。
「だから私は意志、意欲のない人間のたくさんいる向こうの世界へ行って、まったくの欲のない人間をやっとみつけた。彼女は大丈夫。意思も意欲も無いから、あの強力なルビーの力をきっと使わない」
「そんな、せっかくのルビーをそのままにしておくなんて!」
 と、大魔王。
「それでいいんだよ。」
 サクマは、満足そうに笑った。
「世界の均衡のために、強大な力、カニル・ルビーはそのままに」

《了》

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