カレークエスト
2.フーリュウの今回の任務は……
「はぁ……」
カルメ姫は無意識のうちに、深いためいきをついていた。
「……どうかされたのですか、姫」
それに気付き、心配そうに伺うは、姫直属の部下のフーリュウという少年。
淡い小麦色の髪を後ろで束ねている。十九という年のわりにはまだ幼さが顔にのこっていて、その風貌は表情によっては少女のようにも見えた。
彼は姫から指令を受け、それを実行するのを仕事としていた。
その仕事とは流行り病で混乱する国の調査であったり、さらわれたメイドの救出であったり、幻の鏡を探し出すことであったりした。
姫は独自の研究をしている。国単位で動かせないちょっと厄介な仕事を小回りの利くフーリュウに頼んでいたのだ。
彼は飛び抜けて目立つ才能はないものの、知恵と勇気と力と運のバランスが良い。そういう人材はいそうでいないものだ。
もっとも、カルメ姫が彼を自分の下においたのはそのためだけではないのだが。
今日は二人はこの姫の部屋で例の魔族の件に関して検討しているところだった。
……のだが。
フーリュウが姫を心配するのも無理はない。姫ときたら、ここにきてからずっとそんな様子なのだった。はなしていてもどこか上のそら。なにか、気になっていてどうしようもないといった様子。
「はぁ……」
姫はまたもや溜め息をつき、ふっと窓の外に目をやった。
そして、どこか夢見るような瞳をして、ぽつりとひとこと、聞きなれない言葉をつぶやいた。
「……カレー……」
★
「バルト殿、カレー……ってなんですか」
上のそらの姫との話し合いはフーリュウに疑問と興味だけを残して終わった。
カレー。
あのカルメ姫を上のそらにさせてしまうほどの、それは一体なんなのだろう。
そんなこと考えながらちょうど姫の部屋から出て帰るところ、城の廊下でバルトと出合ったのだった。
「カレー……姫さまがおっしゃったのか。」
やれやれというふうにバルトは言った。
「なにかご存じで?」
「ふむ……ちょっとな。」
バルトは白い長いひげをなでなで答えた。なにか困ったことがあって頭を働かせているとき、この老人はそうする癖がある。
フーリュウはそれを知っていたから、そのことはバルトを悩ませている問題なのだな、と察する。
「どんなに思ってもかなわない、姫の辛い片思いじゃよ。」
バルトは苦笑した。
フーリュウはおどろいて、
「カレーって、姫の思い人の名前ですか」
あの姫を虜にさせてしまうほどの男……カレー?
「まあ、それはちょっと誤解じゃな。」
「それではいったい……」
バルトは天井のほうに目をやり、すこし笑っていった。
「食べ物じゃよ」
「はっ?」
意外な答えにフーリュウは頓狂な声をあげる。
「そうじゃ。カレーは食べ物。遥か昔、インディーラという帝国にあったと伝えられる……」
「あんまり……聞いたことないですけど」
「そうじゃろうな。帝国は滅びて、カレーはおろか、あの帝国の物、文化、すべてなくなってしまった。」
「でも、姫は知ってるんですよね?」
「ああ。きのうな……」
そのことを思いだし、バルトはまた、ためいきをつくのだった。
きのう、あの書庫で。
バルトは一部始終をフーリュウに話した。
それは、もともとはどこに属していた文献だったのか。おそらく地震によって書庫があのようになりでもしなければ、どこにあるかもしれず、だれも興味などいだかずそのままうもれていたことだろう。
しかしそれは運悪く、よりにもよってカルメ姫の手によって発掘されてしまったのだった。
薄めの、なんてことはない表紙だった。題名もなんてことはない。「きょうの料理」。
もっとも、これを読むのもなんてことはない、というふうにはいかなかったのだが。
表紙も中身もインディーラの文字で書かれていたのだ。
インディーラの文字というのは象形文字の、まだあまり研究が進められていない言語。しかし、バルトはその知識にものを言わせて読んでしまったのだった。
それはれっきとしたインディーラの書物であった。
それが、なぜここに……。
なにか、亡国の呪いなのかもしれない。とバルトは思った。
バルト自身、その本に妙に引き込まれるのを感じた。
そのとき気付いていれば。そして、読めない文献と姫にあきらめさせていれば、こんなことにはならなかった……さっきからそれを悔いているのだ。
本の中身は、インディーラの料理についてその図と作り方、レシピが載っている、この国にでも、どこにでもあるような料理の本だった。その中の一つにカレーという料理が載っていたのだが、それが問題だったのだ。
なにが彼女を惹きつけたのかはわからない。しかし、姫はあの時以来……「きょうの料理」でカレーというものを知ってしまって以来、忘れられなくなってしまったのだ。カレーが。そして今フーリュウが見てきたとおり、何をやっても上のそら。
それは、恋のようだった。
それもかなわぬ片思い。
カレーもその材料も、一番重要な「ルー」も今は、ないのだから。
そして姫は今日もうわのそらだった。
カレーの呪いだ……。
考えてバルトは思わず苦笑した。なんで亡国の、おかずの一品なんぞに悩まされなきゃならないんだ。「ライランザの頭脳」とまでいわれたこのわたしが。
そして、あの姫を恋に落とした相手が、よもやカレーだとは。
はあ、とためいき。
「ぼくが探してきましょうか。」
バルトの話を聞き、腕をくんで考えていたフーリュウがいった。
「フーリュウ……」
「姫があの調子では当分仕事はないだろうし、逆にいえば、姫を戻すために今はカレーを探さなきゃならなそうです。」
「そうじゃな……。」
フーリュウの前向きな姿勢に、バルトはいささか救われたような気がした。
悩んでいるだけでは事態は改善されない。
「おぬしの言うとおり、この大切な時期に姫をあのままにしておくわけにはいかないな。探せばどこかにあるかもしれない。フーリュウ、今回のことは、頼む。私もできる限りの協力をする。どうかカレーを探してきてはくれないか。」
「はいっ。」
こうして、フーリュウに今回は姫からではなくバルトからの指令が発せられたのだった。
亡国、インディーラの食べ物、カレーを探してこい、と。
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