カレークエスト
3、情報収集夜の街、酒場のキャプテン・ガートン
その日の夜。
フーリュウは酒場を訪れた。
城下町で一番大きい酒場「キャット・レイ」だ。
店主は昔、同名の海賊団で腕を鳴らせたキャプテン・ガートン。彼の世界を又にかけた記憶と知識は、酒の肴に、冒険者の情報源に大いに役立つ。まあ、情報のほうはしっかり商売……有料なのだが。
「カレー?」
とガードンが顔を上げた。頬に古傷が走る、よく焼けたいかにもな海賊顔。
「……といったらインディーラの……」
「知ってるの?」
「まあ、知ってるけど、あれは手にはいんないと思うよ」
首を振って、ガードンはそう言った。
「カレーの、レシピはあるんだ。材料を探しているんだけど」
「材料というと?」
そのとき、フーリュウが座っているカウンターのとなりの席に誰かが座った。
「いらっしゃい」
ガードンがそちらにむきなおり、注文を聞く。
酒が用意されるまで、フーリュウはなにげなくそちらに視線を向けていた。
ここいらじゃ見かけない、どこか異国風の服。しろいゆったりとしたシャツの上に金刺繍の入った赤いベストを着ている。頭にもやはり白い布をゆったりと巻いていた。顔立ちも、ここの国の人達とは少し違う、ぱっちりとした瞳の、印象的な風貌だった。なれない顔立ちだがハンサムだ。茶色いくせっ毛を肩の下までたらしていた。
「はいおまち」
ガートンが酒を出し、またフーリュウにむきなおる。フーリュウはその人のことがちょっと気になったが、視線を戻した。
「で、その材料ってのは」
フーリュウは、バルトに書いてもらった材料の紙をとり出した。一瞬迷ってから、ガートンにわたす。
紙を見るなり、ガートンは吹き出した。
「まるで子供のおつかいだな」
そこらにあったメモ用紙に、ペンで走りがきされている材料名。
じゃがいも
にんじん
たまねぎ
肉(ブタ・あるいはウシという生物の)
ルー
その様子はまったく「おつかいの内容」のようであった。
これを渡し、きわめつけにバルトはフーリュウに言ったのだ。
「ひとりで大丈夫かな?」
子供をお使いにやるおじいちゃんてとこか。
「おつかいだよ。だって、料理つくるための食材とりにいくんだから。」
フーリュウは笑った。
「そうだな。だが内容は……そう甘くはなさそうだぜ。」
ガードンは厳しい顔をしてもいちどさっと材料に目を通した。
表情がさっと変わる。その顔は海図をながめる海賊のそれだ。
探究心に血がうずくのか、かすかに先ほどより目を輝かせていた。
「じゃがいも、にんじん、たまねぎ……このみっつは、なんとかなるかもしれないな」
「ほんと?」
「まあ、思い当るところはある。これらは野菜の一種で、ある地域にはまだあるし、実際そこに生活してるやつらは食ってる。
「じゃ、なんとかなりそうだな…」
「そう簡単にはいかねーよ」
ガートンがにやりと笑った。
「これらみっつとも、ずいぶん厄介な土地だ。相当な覚悟はしといた方がいい」
その言葉にフーリュウは溜め息をついた。まあ、そう簡単にいくとは思ってないけど。あるってことがわかっただけでも、ずいぶんな収穫なのだ。
「まあ、そのみっつはあることはわかった。で、その下のウシ、ブタの肉ってのは?」
「そいつなんだがな…」
といって、ガートンは額に指をあて、唸った。
「ウーン、どっかて聞いたんだがなあ…なんだったか…ウシ、うし…」
となりの少年が、二人の様子をちらちらと伺っていた。しかし、フーリュウも、ガートンも、そんなことには気付きもしない。
「……ま、そいつは昔の仲間にきいておくとして。」
ガートンは思い出すのをあきらめて、次の材料を指した。
「ルー。」
隣の少年の耳がぴくっと動く。
「こいつばかりは手にはいんねぇかもな。インディーラが復興でもしないかぎりは。」
ガートンは肩をすくめた。
ルーはカレーを作るなかで、もっとも重要な材料。それが無くてはどうしようもない。しかし、ここで諦めるわけにもいかない。
「そうか……」
フーリュウは大きく息をついた。それは溜め息ではなく、自分に気合をいれるためのもの。
「まあ、あることが判ってるものから捜していくか。ルーについてはバルトにもっと調べてもらう。なんとかなるさ。いざとなったら代用品だって」
「前向きだな。フーリュウ」
ガートンはそんなフーリュウをみて、満足げに笑った。
「そうでなきゃとてもやってけない。」
フーリュウはちょっと大人びた表情でにこっと笑った。
「情報、どうも。代金は……」
そういってフーリュウが財布をだそうとするところを手を出してガートンは制した。
「代金は、いい。」
やけに真剣な目つきで言うガートンに、フーリュウはなにか嫌な予感がする。
「い、いやっ、払うよ。お金は国から出るんだから」
しかし、ガートンは引き下がらなかった。
「いや、いいって。いいからそのかわり、」
フーリュウの前にドン、とコップが出された。そこには酒がなみなみとつがれている。
「これ飲んで、酔っぱらってくれ!」
「いやだ!」
予感は的中。
フーリュウは、思いっきり拒否した。
ガートンの前で、酒を飲むなんてとんでもない!
フーリュウは首をぶんぶんと振った。
酒を飲むと、どうなるのか?
……ガートン……
何の花だったか、もちろんガートンは知らない。黄色と淡いオレンジの、入り混じった、ほわんとした花の花畑だった。
そこにたたずむは、その花と同じ淡い黄色の髪、花より鮮やかな赤い頬、抜けるように白い肌をもつ、可憐な少女。ぱっちりした瞳がガートンをみつけ、ふわり、まるで羽根が生えたように駆け寄ってくる。花の中を。
名前は知らない。いまはもうどこにいるのか、生きているのかもわからない。あの時の光景だけが頭のどこかに焼きついて、今もたまに夢に現れる、初恋の人。
あれ事態が、夢だったのか? あの花畑のあまりの美しさに幻を見たのだろうか…。それとも彼女は天使で、あれはよくいう臨死体験だっただろうか。死の淵など、何度も味わっている。
夢、幻、天使……なんでもいい。
もう一度、会いたい…。
会いたいんだ。
頼むよ、フーリュウ。
「いやだ」
フーリュウはキッパリ断った。
……夢のなかのひとは、ある日、急に酒場に現れたのだった。ガートンは、一瞬わが目を疑った。
まさか……!
思ったときにはカウンターを飛びこえ、その人を抱き締めていた。
「あいたかった……!」
「うわー! なんだっ?!」
それが、酔ってほおを赤くしたフーリュウだったのだ。
そっくりなのだそうだ。あのときの彼女に。
「たのむよ、フーリュウ」
「そ、そんなこと言われても…」
ここは、なんといわれても出された酒を飲むわけにいかない。
かといってガートンの機嫌をそこねるわけにもいかなかった。……まだ、詳しい情報をもらったわけではないのだ。
フーリュウが対応に困りはてているところに、思わぬところから助け舟がだされた。
「マスター! 客がまってるぜ」
「えっ?」
ほんとだ。
見れば、カウンターのところに来た客の女性が、おかしそうに二人のやりとりを見ていた。
「あっ、すいません見苦しいところを……」
などといいながらガートンは、未練がましく振り返りつつ、注文をとりにその客のほうへと行ってしまった。
フーリュウは胸をなでおろす。
「あんな口説きかたってないよな」
と、それをみはからって現れたのは、エプロン姿の黒髪の少年だった。年の頃フーリュウとちょうど同じ位か。
「助けてくれてありがとう。どうしようかと思ってたんだ」
「あんた、フーリュウだろ? 姫んとこ直属の」
「え、」
急に現れた相手が自分のことを知っていたのに少し驚いた。それを読み取り、黒髪の少年はニヤリと笑う。
「知ってるよ。あんま表には出てこないけど、兵士たちの間ではちょっと話のタネ。すごい腕利きのやつが姫に仕えてるって。まさかマスターに迫られてるなんて」
少年はおかしそうに笑った。
フーリュウは、返す言葉がない。
だいたい兵士の間でうわさになるほど腕利きの覚えもない。いつの間にそんなことになってここに伝わっていたんだろう……。
何も言わずにぽかんとしていると黒髪の少年はやはり笑ったままいった。
「バカにしてるんじゃない。関心してんだ。あの、海のライオンと呼ばれ、陸のものにも海の者にも恐れられていたガートンを、落とした奴は、お前が初めて。」
「それは……光栄なことだな。」
フーリュウは、溜め息混じりにつぶやいた。
黒髪の少年は、酒ではない、ジュースのたぐいをさっと用意すると何も言わずにフーリュウの前にとん、と置いた。それから、ガートンにかわってカウンター越しに、フーリュウの前に座り込む。なにか、話したそうな雰囲気だ。
「聞いてたんだ。さっきの話。」
「え?」
「カレーのこと。」
「……」
なんと答えたものか。返答に困って、とりあえずフーリュウはすすめられたジュースをひとくちのんだ。
「あ、おいしい……」
思わずそうつぶやいていた。
ぶどうの、ひじょうにさっぱりとした味。何かの隠し味、酸味が香る、夢のような味わいだ。
その表情に、黒髪の少年は満足そうな表情を見せた。
「自慢の一品さ。」
「でも、この味、どこかで……」
ふたくち、みくち。
「城でだろ。」
「え?」
そうだ。言われれば確かに。いつか城で時間をもてあましているとき、あれは食堂でだった。
「なんで?」
「基本的には、城のシェフなんだ。おれ」
そんなことなんでもないというように少年は言った。
城のシェフというのは、ふつうの食堂の料理もつくるが、王族に出されるメニューも作っているのだ。当然ながら、非常に腕利きのシェフしか厨房に入ることはできない。
フーリュウは感心した。
「そりゃすごいな。……けど、だったらなんでこんなとこに」
フーリュウがたずねると、シェフである黒髪の少年は笑った。
「修行も含めたバイトさ。……俺、城で出すようなメニューだけじゃない、いろんな料理を知りたいんだ。」
「へぇ」
「だからさ。おれも、カレー見てみたい。」
「は?」
少年は、気付くとフーリュウの瞳をじっとのぞきこんでいた。
好奇心。
彼の瞳を輝かせる。
「たのむ! おれもつれてって」
フーリュウの両手を取って、ぎゅうとにぎりしめた。
「あ!」
突如、フーリュウが何かに気付いて声をあげた。そして注意する間もなく、
カアン!
ガートンのフライパンが目の前の少年の頭を直撃!
「抜け駆けするきか!」
いつの間にか、ガートンが戻ってきていたのだった。
「ご、誤解だ、マスター」
ぱっとフーリュウの手を離し、少年は全身で否定。ガートンを敵に回すなんてとんでもない!
「酔ってもないフーリュウを口説くなんて、お前はホモか!」
「なんでそうなるんだ。おれはただ、フーリュウにつれていってほしいと、」
「かけおちなんざ、おれがゆるさん!」
「うあっ、まって……」
大声でどなるガートンに客の視線が集まってきた。
「なんだ? 店員のけんかか?」
「女をとりあってのイザコザらしいぜ」
「三角関係だって?」
「いや、とりあってるのは男らしい。ほら、あそこの……」
一瞬、注目がフーリュウに集まる。
「いやっ、ぼくは関係ない」
フーリュウはあわてて否定すると、まだゴタゴタやってる二人をのこし、店から逃げるように飛び出した。
とんでもない夜だった。
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