カレークエスト


4.出発。海を越えて、VS 3匹のモンスター。


 ざ……っぷん
 ざぶん…
 どこまでも続く青い海、青い空。ゆるやかな波が小型の船を打っていた。
「風が気持ちいー。」
 肩までのキレイな巻き毛が潮かぜになびく。甲板のまんなかでぐぐーっと伸びをして、カルーアが言った。
 カルーア……
 フーリュウは彼が誰なのか、知らない。
「あいつだれだよ」
 へりに座ってつりをしていた黒髪の少年が、首だけフーリュウに振り向いて聞く。
「わかんないけど……信頼のおける人物であることだけは、バルトが証明してる。」
 彼は昨日突然今回のカレー探索の旅に加わる事になったカルーアという少年だった。
 なんで、バルトが。
 いまさらになってお共を推薦してよこしたんだろう。それも、面識の無いような正体不明の少年を。なんでも魔術のうではなかなからしいが、得体の知れない相手だ。
「城でも見たことねえな。」
 そういう黒髪の少年、酒場キャット・レイのコックで城のシェフであるアキラは、やはり、この旅についてくることになった。「わたしの食に関する知識で、ぜひともフーリュウどののてだすけをしたい」などと言い出して。
「得体のしれないヤツ」
「お前がいうなよ……」
 フーリュウはアキラには聞こえない声で言った。
 まあふたりとも、もっている能力はこの旅で必要なものだ。信頼もおけそうだし。
 フーリュウは、ぼんやりと海の向こうを眺めた。

 ライランザの港を出たのがきのう。水と食料と、薬となんとかと…旅に必要なものはすべて用意され、ひとつかしだしてもらった小さめの船に乗せられた。船はササという名の若い船乗りがひとり付けられ、操縦する。
 いくら小さい船といっても、人間四人には十分すぎる大きさだった。
 ちゃんとしたキッチンがある。それがアキラにはとてもうれしかったらしく、彼はきのうはそこで眠った。
 台所で眠る……フーリュウにはよくわからない心情だ。
 また、カルーアといえば個室がかなり気にいったようで、ついさっきまでずっとこもっていたのだ。
 個室っていったって、いたってふつうの、むしろ味気ないくらい木の板がむきだしになっている部屋だ。そこにやはり味気ないベッドと、棚、それくらいしかない。それなのにあの喜びよう……彼はこれよりひどい状況で暮らしていたんだろうか。そんなこと思うと喜んでいるカルーアを見て、なんだか涙が出てきてしまう。
 

 航海は三日の予定だった。
 フーリュウたちが出港したライランザ王国はイリアン大陸。世界地図で見るところの南東、つまり右下のほうだが、これから「じゃがいも」をもとめ目指すカザナ島は世界地図の右端。つまり、ライランザから出て、北へ北へと進んでいる。
航海は、今のところ順調だ。このごろは海にもモンスターがでるのだが、船には街の外壁にかかっているのと同種類の結界がはられているので並みのモンスターははいってこない。
 つまり、言い換えれば魔物がはいってくるようなことがあれば、それはまちがいなく強力なモンスターである、と。
 フーリュウなにもはいあがってこないことを祈った。
 だが、このフーリュウの願いは通じず。

「わーあっ!」
 突然、甲板のほうから、高い声の悲鳴が上がった。
 あの声は、おそらくカルーア。嫌な予感がして、フーリュウは、急いで甲板にかけつけた。するとそこには、驚くような光景が待ち受けていた。
 真っ赤な…
 巨大な、
 タコだ!
 その高さ、フーリュウの二倍はある。今まで青い海ばかりが見えていた甲板が、タコの赤一色におおい尽くされていた。タコはパチパチ、ジジッ…と表面ではぜる結界などものともせず、はちきれんばかりの巨体を、船の上にのりあげている。そして、その吸盤付きの八つの手のひとつには、ふだんから小柄なほうだが、さらに小さくみえるカルーアが、人形かなにかのように捕らえられていた。
「アキラ! なにがあったんだ?」
 かけつけて、うろたえているアキラにたずねる。
「見たとおりだ。いきなりあのでかいタコがはい上がってきて、カルーアをとらえた。」
「たすけてー。フーリュー!」
 カルーアはなんとかタコのうでから逃れようとするが、うまくいかない。
「まってて」
 フーリュウは剣を引き抜き、その足に切りかかった。しかし、弾力のある体は、いとも簡単に剣をはじいてしまう。
「うわ、っと……だめだ」
「なんだ その剣。切れ味悪いな」
 アキラはフーリュウの剣を見るとふんと鼻を鳴らしていった。
「それなら、こっちのがだんぜん切れ味がいいぜ。」
 アキラは腰にさしてあった包丁を引き抜いた。しゃっと音がして薄い刃身が現れ、太陽の光を受けて鈍い光を反射した。
 そしてアキラは、タコに向かい、いまさっきフーリュウがきりつけたとこに切りかかる。
 スパン! カルーアをとらえていたタコの足は、まるで包丁が触れたところから自ら裂けていったようにあっけないほど簡単に切れ、甲板の床にどん、と落とされた。斬られたタコ自体、しばらくは何が起こったかわからなかったようで、しばらくしてから、ギューー! と騒ぎ出した。
「す……すごい……」
「要するに、タコは食材なわけだ。どんなにでかくても。」
 フーリュウは感心した。
「助けてー! とれないよー!」
そこにカルーアの声がして、見れば切り落とされたタコのうではまだのたうち、カルーアをしめつけている。
「まかせな。要領つかんだぜ。」
アキラは剣……もとい、包丁をかまえると、またもやみごとにこれを切ってカルーアをたすけだした。
「た……たすかった。ありがと、アキラ」
「おう。」
 カルーアはお礼を言うと、きっとタコをにらみつけた。
タコ本体は、腕を切られて逆上している。いまにもおそいかかってこようとするタコに向かって、カルーアは両手を差し出した。
「アガル・ナドゥ……」
 それは、呪文の詠唱のはじめのことば。
 それにともない、両の指先ですばやく空中に何か紋様が描かれた。
 ほとんど早口のような呪文がとなえられ、 最後の言葉、「アカルディ」をカルーアが発音するやいなや、
 ゴウ!
 ものすごい炎がその両手から出て、巨大タコを襲った。
「ギャーア!」
 火炎はすさまじく、あっというまにタコを飲み込み、包み込むように焼き尽くす。フーリュウとアキラが茫然とするなか、一分とかからず、見事な焼きタコができあがったのだった。
「すげー……」
「焼きタコだ」
「……ふうっ」
 息をつき、額の汗をぬぐったカルーアは、そのままばったりと倒れ込んでしまった。
「か、カルーア!」
 フーリュウがあわてて支えた。
「つかれた……」
 フーリュウを見て、カルーアは満足そうに笑う。
「ボク、初めて、魔法つかったんだ。なんとか、なるもんだね。」
 それだけ言うと、カルーアはコトンと頭をフーリュウにあずけて深い眠りについてしまったのだった。
「なにもんだよ、こいつ」
 アキラはそういいながら横からのぞきこんで……そしてはっと息を呑んだ。
 思いもかけずその寝顔はかわいらしく、まるで女の子のようだったので。
 白い肌に、紅潮した頬。淡い金髪はくるりとカールし、軽く額に頬にかかっている。それから長い睫毛と、人形のようにかわいらしい口元。
さっきあんな炎を出したなんてとても思えないあどけない寝顔のカルーアに、フーリュウとアキラ、二人して思わず見入ってしまった。
「……はっ」
 数秒でわれにかえった二人はおたがい顔を見合わせる。少々気まずい思いで。
「い、いけない。なにやってんだ。」
「そうだ。こいつは男だぞ」
 ふたりはぶんぶんと頭をふって、それぞれやるべきことをすることにした。フーリュウはとりあえずカルーアを部屋へ。アキラは焼きタコの調理に。それで、不覚にもカルーア少年なんぞに一瞬ときめいてしまったことはさっさと忘れることにした。


 大陸には、その後なにもなく着くことができた。着いた港、といっても、桟橋と小さな小屋があるだけの到着地は、ずいぶん廃れて、しばらくはここによった船も、出ていった船もないようだった。いちおう小屋の中も確認したが、無人でくもの巣だらけだった。
「この島は、外との交易がほとんどないんだよ。インディーラとだけは細々と交流があったみたいだけど。」
 とカルーア。
「だから街の人はあんまし刺激しないようにしたほうがいいかも。」
 ここまで船を操縦してくれた船乗りのササは船を守りながら、ここで待っている事になった。

 街は、山の中腹にある。三人は、木も草もまばらな岩肌に、かろうじて街まで続いている細い山道を登っていった。なぜ、こんな山の中腹なんぞに好きこのんで住むひとびとがいるのだろう、という疑問は、一歩一歩山道の急な道を上がっていくたびに強くなっていった。
 もっとも、体力の極端に少ないカルーアは、すぐにそんなことを考える余裕もなにもなくなってしまったのだが。
 「大丈夫?」と気遣うフーリュウをみあげる瞳は何も言わずとも「だめです」と訴える。これ以上どうしようもなさそうなので、3人は村まであと半分の距離を残して休憩を取ることにした。
「ごめん、全然体力なくて」
 調度よく座れる岩に座り込んでカルーアは言った。
「まあこれはちょっと、こたえるね」
 フーリュウも近くの岩に座った。時間はちょうど昼頃か。登り始めたのは朝のけっこう早い時間帯で肌寒いくらいだったのだが、いまは日が差してきて、暑いくらいだ。それはこの結構きつい山登りのせいもあるが。今登ってきた道と、先に小さく見える集落を見上げて、フーリュウは溜め息をついた。
 まだまだ道は長い。
 そう思い、空を仰いだ時だった。
「ん? なんだ、あれは……」
 東の空から、なにかがこちらに向かってくるのが見えた。それは最初は黒い点だったのだが、こちらへ向かってくるにつれ、どんどん大きくなっていく。空を切るようにして急接近してくるそれは、
「た、タカだっ。ふせろ!」
 ひろげた羽は、おそらく4メートルはあるだろう。巨大なタカが、高度を下げ、3人の頭上ギリギリのところを滑空した。サッとそこらが暗くなる。次いでゴオッと風を切る、物凄いおと。しゃがんでいなかったら、切られていたのは風などではなく、まちがいなく自分の首だっただろう。3人が顔を上げると、タカはまた高い位置へともどり、バッサバッサと巨大な翼をはばたかせ、滞空しながら次の攻撃の目星をつけているところだった。
「なんだよ、あれ……」
 巨大なタカを見上げてアキラがつぶやく。
「こっ、こわーかったあ……」
カルーアはさっきのショックで歯の根があわない。
「まだこっちをねらってるな。なんとか策を練らないと。」
 と、言っているそばからタカは滑空の体制に入り、こちらに狙いを定めてとんでくる。
「来るぞっ! 散って!」
フーリュウの掛け声でカルーアとアキラはべつべつの方向に散る。しかし、フーリュウはその場にとどまった。
「フーリュウ?!」
 タカとの距離はすぐに詰まる。フーリュウはさあっと剣を引き抜き、前に構える。そこに、タカが突っ込んできた。かすかに、フーリュウは左にそれ、次の瞬間、ガッと物凄い手応えがした。みごとに剣がタカの羽の根元に食い込んだのだ。
 が、その勢いに、耐えることができるか? 
 タカの勢いは思ったよりもすさまじい。耐えられなければ、このまま吹っ飛ばされてしまう。
「くっ……」
 予想外に強い勢いと、自分の力の足りなさに、ふっと足のあたりが軽くなり、飛ばされるかと思ったとき、いきなりフーリュウは背中を何かにがっとささえられた。足がしっかりと地に着く。そのまま手に力を入れると ……ズバアン!
 みごと、剣が羽をつき抜けたのだった。
 グギャアァン!
タカの絶叫の声。ドサドサと左右に落ちたのは、左は鳥の巨大な片はね。右は羽を片方失ってバランスをくずし落ちた鳥の胴体。後ろを振りかえれば、アキラ。
「ふう。危機一髪、だな。」
 アキラは額の汗を拭って、息をついた。
「た……助かったよ、アキラ。」
 やっとうまくいったことにほっとして、溜め息混じりにフーリュウが言った。
「ふっとばされるかと思った。」
「一人でつっこんでくなよ。肝がつぶれる思いだぜ」
 まさか、あそこでアキラがフォローしてくれるなんておもわなかった。フーリュウは最近はずっと一人旅だったので、足が浮きそうになったときは本当に、もうだめかと思ったのだった。その瞬間、二人のことなんて、これっぽっちも頭に入っていなかった。だから、アキラが支えてくれた時も、一瞬なにがおこったかわからなかったくらいだ。
「だれかいるって、いいもんだね」
 フーリュウがそう言うと、アキラはなにいってんだよ、というような顔でかえした。
「ふたりとも、どいてー。」
 そのときカルーアのカン高い声がして、振り向くと、カルーアが放った特大な火の球がこっちへ向かってきている所だった。
「で、でかっ……」
 二人があわててその場から離れると炎は巨大タカを直撃し、タカにとどめをさした。
大きな焼鳥ができた。
「タコ焼きに焼き鳥。次は何が来るかな♪」

 次は……と言うと、結局〜焼き、と言う形にはできなかったのだった。
 それは村の集落まであと少し、という、だいたい山の八分目まで上ったところだった。突然、ど、ど、ど……と、地を揺るがすような音が轟いた。最初、三人は地震かと思ったのだが、そうでないことはすぐに知れた。巨大な黒い何かが、ものすごい勢いでこちらへ向かってきていたのだ。
「な……なにあれ!」
 にょきりと突き出す巨大な二本の角が、三人に向けられていた。漆黒の胴体、力強く山肌をける、四音の足……大きさは小山ほどあるかとも思われる。そんな大きな獣が、三人めがけて突っ込んできたのである。
「よけろっ!」
 フーリュウの掛け声で、三人はばっとその場からばらばらに跳び離れた、が。
 よけた二人はもとから眼に入っていなかったように、獣はアキラ一人にまっすぐに狙いを定めて駆け込んでくる。
「なんで、俺?」
 叫び声混じりに言ってアキラは、赤いマントを翻し、背を見せて逃げ出した。
 獣は、何かにひきつけられるようにそのあとを追っていく。
「おいっ、アキラ、追いつかれるぞ! よけろー!」
「あらよっと」
 あと一歩で追いつかれてしまう……きわどいところで、アキラは身軽にも小山ほどもある獣の体をぽおんと飛び越えた。
 獣はそのまま勢いづいて止まらず、まっずぐに山肌の向こうに走り去っていった。
 そして、すぐに姿はみえなくなってしまった。
「なんだったんだ?」
「なんで俺だけ追いかけられたんだ?」
 とにかく戻ってはこないようなので、3人はあと少しの山道を急いだ。
 日が傾いて、オレンジ色の光が強くあたるころ、一行は目的の村にやっとたどり着く事ができた。その頃には皆くたくただった。

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