| 甘いお酒 ダイゴ×ミクリの甘めの話。
ものすごく乙女チックなミクリに耐えられる方だけどうぞ
「……ダイゴ、酔っぱらってんですか?」
「うん……ちょっとね」
カウンター席のミクリの隣で、うまいお酒にほんのり頬を染めたダイゴが笑って答えた。
ここはミナモのシャレた酒場。小さい店でちょっと分かりずらいところにあるが、知る人ぞ知る、ホウエン屈指の旨い酒を扱う酒場だった。
光を抑えた電燈が店内をやわらかく照らしている。落ち着いた、いい雰囲気の店。
ダイゴは自分のグラスを両手でもち、幸せそうな目でうっとりとした。その目をつとミクリに移す。
「ん? なんですか?」
じっと見てくるのでなんだか気になり、ミクリは片手で髪をささっと直しながら聞く。
「ふふ……あいかわらず、きれいだな」
「え……」
ミクリは目をぱちくりさせた。
「誰のためにいつもそんなにきれいでいるの?」
あまりにじっとみつめて聞いてくるのでミクリはなんだかあわててしまった。
「べつにだれかのためってわけではないですよ」
ごまかすようにミクリはコップにのこった酒をひとくち飲んだ。ちょっと強かったかもしれない。ここのお酒は。
「こうやって、美人のとなりで飲むお酒っていいな。……おいしい」
ダイゴはグラスを傾けて、こくん、と紅色のお酒を飲む。
「わたしも……ダイゴの隣で飲むお酒はおいしいですよ」
「そう?」
「ええ」
今日は皮肉なしで、ちょっと本音をいってしまってもいいかな、という気になる。
そんなふうな店の雰囲気と、ほどよい酔い具合だ。
「最近は、なかなかお酒自体飲むこと少なかったですから……久しぶりにダイゴと飲めて、ちょっといい気分です」
「ちょっと?」
ダイゴが聞き返す。
「え?」
「ボクとのむのは、ほかの人と飲むのとくらべて「ちょっと」しかよくないのか」
と、酔ったダイゴがいたずらっぽく不満そうに言った。ミクリはなんだかどきどきしてきた。
「いえ……とっても」
それを聞いて満足そうに笑うダイゴ。
本音を引き出された?
ミクリはなんだか本調子でない。
「ごめん、やっぱ酔ってるな。ボク」
とかいいながらもダイゴは酒をくいっとあおった。
「ふふ。ボクは……ミクリが確実にいつも親友としてとなりにいてくれるのが、うれしくてさ。あ……こんなこと、しらふじゃ言えないけど、いまは酒の場だからね。酔った勢いで言っとこっと。いつもありがと。頼りにしてるんだ、ミクリ」
たとえ相手が酔ってたって、そんな事真正面から言われては照れるなと言う方が無理と言うもの。ミクリは「なに言ってんですか」とあきれたように笑ってみせたが、頬をかすかに染めたその笑みは、必要以上に花のように美しかった。
「ミクリ、キスしてもいい?」
ミクリの瞳をじっとみつめながら、ダイゴが言った。
「え……? 何言ってんですか。わたしおとこですよ」
笑って返した。が、ダイゴは引かない。
「だめ?」
甘い瞳がミクリを見つめていた。ダイゴは普段はただやさしげな瞳で笑うだけだが、こういう、ちょっと色っぽい表情をするときの瞳は、ひどく甘い。心の端から無条件でみるみる溶かしてしまうような、きっとだれもかなわない、効果抜群の甘い瞳をする。
心の奥、自分も自覚していないような部分をくすぐられるような感覚がして、ミクリは目まいを覚えた。
「だ、だめ、ですよ。だめ……ん?」
自分も酔っぱらっていたのか。近づく気配も気付かず、キスを許してしまうなんて。くちびるに柔らかい感触がしたかと思うと、ダイゴのくちびるがやさしくあたっていた。
「あ……」
長いまつげがふるえて無意識に瞳が閉じられた。
お酒の香りがする。自分が飲んでたのとは違うお酒の甘い香りがした。
酔ってしまう……
キスの快感に沈んでしまいそうな意識でミクリは思った。
キス、うまいじゃないですか……。やばい、力が抜けていく。
その瞬間、ミクリがどんなに色っぽい表情をしていたことか。
狭い店の中、回りの客はじつはみんながごくりと固唾を飲んでふたりのキスに注目していたのだった。
男どうしのキス。だがはたから見ればミクリは絶世の美女で、ダイゴの物腰は申し分のない紳士のようにも見えたから、客たちはこの光景はまるで舞台の上のできごとを見ているようだった。
抵抗しようとしながらも次第にうっとりとしたものになっていくミクリの色っぽい表情に、客たちは思わず見入って溜め息をもらした。
やがて長いキスが終わって解放されたミクリはしばらく夢見る表情でぼーっとしていたがはっと我に返った。
「な……なにするんですか、ダイゴ」
声がかすかに震えている。
酔っているダイゴは、きょとんとする。
「わ、わたしの心、気付きもしないで、こんなこと……」
「ミクリの、こころ……?」
繰り返された言葉で、ミクリははっとしてかあっと赤くなる。
「いえ、なんでもないです。……なんだか飲み過ぎてしまったみたいだ……ダイゴ、わたし先に帰りますね。お金は……金持ちのあなた払いで」
「えっ」
ミクリはかたんと席を立ち、みんなの注目を浴びる中出口に向かい……そのまま、出ていってしまった。
酒場を出て、ミナモの浜辺まで出ると、そこで自由に泳がせていたミロカロスが気付いてミクリに寄って来た。月の光の下に、ミロカロスはいつもよりいっそう美しく映える。
――おや、マスター、お早いお帰りですねえ。
ミロカロスが首をかしげて、同時に声のようなものが心に響く。
「うん、ちょっとね」
――早々に酔っ払っちゃったんですか。そんな赤い顔をして……
ミロカロスが尻尾の先でミクリの頬に触れる。ひんやりと冷たいそこからすうっと熱が吸い取られていくような気がして、ミクリは身を委ねた。
――?
ミロカロスはそうしていながら、ふと首をかしげた。
――熱い。これは、もしかして……恋の熱?……マスター?
驚いたようにいう。
「ミロカロス、そういうことはわかっても黙ってるもんですよ」
ちょっと笑ってミクリは返した。
「とりあえず、なみのりお願いします。ルネへ」
ミロカロスはミクリを乗せて海へ泳ぎだした。
夜の潮風が、心地よくよく体を冷まして流れていく。
――そんなこと、いったって……わたしたちは気になりますよ。ほかのものは今ボールの中だからいいようなものの……
月の光のした、輝く水面を割りながら進むミロカロスが不満げに言う。
「ごめん」
ミクリは自分のよこでふわふわなびいているミロカロスの触覚を手に取り、口づけた。
――あっ
おどろいたミロカロスの泳ぎが一瞬乱れてミクリを落しそうになる……が、それをなんとか尻尾で抑えた。
「ごめん……わたしは、まだまだですね。心配しないで。誰かを好きになったって、あなたたちのことも、ずっと好きなんですよ」
ミクリは手を伸ばしてミロカロスの頬をそっとなでた。ミロカロスはきもちよさそうに目を閉じてその手にすりよる。
――……ダイゴですね? いつもあなたの心にいるのは。
確かめる口調でミロカロスはつぶやいた。ポケモンの中ではミロカロスがいちばんカンがいい。そういう性質を持つ種族のせいかもしれないが、ほかのポケモンたちに嗅ぎ付けられないような心の動きもミロカロスにはわかってしまう。
「……そう」
認めて、それからミクリは抑えきれないように嬉しそうに笑った。
「キス、されてしまった」
右の人差指で自分のくちびるに軽く触れた。
さっきのキスの感触が甦ってきて、思わず甘い溜め息が出た。
だめっていったけど、ほんとはキス、してほしかった。そしたら、本当にしてくれて……。
ダイゴの柔らかいくちびるの感触を思いだし、ミクリは身体の芯が甘くしびれた。
クラボ酒の香りがした。それは思った以上に甘い甘いキスだった。
キスを初めて知った少女じゃあるまいし、自分は何をこんなに舞い上がっているんだ、と落ち着けようとするこころと、どうしようもなくまだときめいているこころがまざりあい、心が揺れる。溜め息が出る。
「はぁ……」
――マスター、彼のこと、好きで好きでしょうがないんですね。
ミロカロスの鋭い指摘にミクリはどきっとした。また、頬が熱くなっていく。
「ミロカロスには、隠せない。そうですよ。わたしはダイゴが、好きで好きでしょうがない」
――彼も……マスターが好きなんじゃないですか。キス、してくれたんでしょう?
「それはダイゴが酔っていたから」
――そうですかね。
ミロカロスの言葉にミクリはふっと、キスをしたときのダイゴの表情を思い出した。
「……そうなんですよ」
ミクリは笑っていった。そこに「もうこの話の展開はやめましょう」という言葉を受け取ってミロカロスは口をつぐんだ。
「……今日は月がきれいですね」
空に輝く月と、それを受けて輝く水面を見渡し、ミクリがつぶやく。
ミロカロスが笑った。
――恋をしているマスターのが、よっぽどきれいですよ。
それはお世辞ではなかった。
「ありがとう」
そうして月がきれいだからという理由で、ミクリとミロカロスはいつもよりのろのろと海を渡ってルネへ帰るのだった。
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