| 朝から災難 アダミク。朝から甘々。
毎朝毎朝、アダンはミクリが起こす。朝ごはんを用意して、ころあいを見計らって起こしに行く。
小さいころはアダンの優しい声で目覚めると朝ごはんが用意されていたのが、いつから立場が逆になり、自分が朝ごはんを用意して起こす立場になったのか、もう結構前のことなのでミクリは覚えていない。
……いつからこんな毎朝毎朝の災難を甘んじて受け止めているのだろう。
アダンはひどく寝起きが悪いのだ。
こんこん、とアダンの部屋の扉を叩く。
当然返事はなく「ミクリです、入りますよ」と断って入った。
ぐっすりと眠りこんでいるアダンを片目に部屋の奥まで行って遮光のカーテンを開くと、今日は晴れ。贅沢な明るさの朝の日差しが部屋を照らし出した。窓を開いて新鮮な空気を入れる。
ベッドの上で眠るアダンはこの部屋が格段に明るくなったことだとか、少し冷たい新鮮な空気が入ったとかいった小さな変化では起きない。そんな些細なことでは起きない。……起きたら苦労はしない。
ミクリはベッドに向かった。
「師匠、朝ごはんできましたけど」
声を掛けつつ、朝の光の中、幸せそうに眠るかなり無防備なアダンに、毎朝のようにミクリはまず見入った。
同棲している相手、師匠のアダンにミクリは片思い。……同棲というのは少し違うのかもしれなかった。師弟としての関係で当然のように長年家族みたいに一緒に暮らしていたわけだから。
この生活の中に、同棲と言う言葉が匂わす色っぽいような展開は何一つなかった。
――この朝の時間を除いては。
ミクリはふうっとひとつ息をついた。
「師匠、朝ですよ。……師匠」
声を掛ける。そんなことで起きない事は分かっているので、ミクリはアダンの肩に手をかけて軽く揺すった。そうするとようやくアダンがうっすら目を開ける。
「……ん……」
寝起きのやたら色っぽい声を出して、視点の定まらない瞳がぼやんとミクリを見た。
この瞬間が、毎朝ミクリをドキリとさせる。恋しているような瞳で見てくるからだ。
ミクリはさっと視線を逸らした。
「あ、……朝ですよ。起きてください」
「ああ……」
重い瞼を何度か瞬きさせて、何度目かで閉じたまま、その目は開かない。アダンはまた眠ってしまう。
「師匠」
再び名を呼んで揺すると、「うぅん……」と不満そうに唸って寝返りを打ち、アダンはミクリに背を向けた。
「……あと、五分……寝かせてくれ」
「五分後にはまた五分、っていうんじゃないですか」
「頼むよ。昨日は寝るの遅かったんだ。知ってるだろう…」
「知りませんよ」
そういうと、アダンは背を向けていたのを戻して、眠い瞳でミクリを見た。
あ、くるな、とミクリに予感が。
「……知っていてくれ、ミクリ。ミクリには私の事、何でも知っていて欲しいんだ……」
まだ半分夢の中のスローテンポの動作でアダンは手を伸ばしてミクリの手をとる。引き寄せて手の甲に口付けた。まるで恋人にでもやるみたいに本気で甘い仕草。ミクリがうろたえたところにオチは、
「……それで朝のこの五分も許してくれ」
ミクリはその手をぱし、と振り払った。
「寝ぼけてないで、いい加減起きてください!」
「わかったわかった……わかった、……から……」
ミクリに振り払われた手を、ぱたりと落としたまま声はゆっくりになっていって……。
今キスされた手のほうに気をとられていたミクリがハッと気がつた時にはアダンは、あっけなくも再び眠りに落ちているのだった。
「ああもう……」
これが災難。
アダンはミクリが思いを寄せていることなど夢にも思っていないようだった。
その上で、朝はこうして少しでも夢の中の時間を延ばそうと、起こそうとするミクリを口説くという手段を使ってなだめすかして眠りを引き伸ばす。
好きな相手から心も知られずに冗談でこんな風に口説かれてはたまったものではない。それも、アダンはやたらと口説くのも甘い雰囲気を作るのも手馴れていてうまいのだった。
それを自分で分かってて、朝目覚めるのを阻止するのに有効な手段として、使ってくるなんて。
――こんなの生殺しだ。
思ってミクリは口付けられた手の甲、それからまた寝てしまったアダンを見てフウとため息をついた。
嫌なのじゃない。こんなひとつの動作にさえときめいて、単純な自分はよけいに惹かれてしまうからただ厄介だと思うだけ。
気を取り直してミクリは再びアダンを起こしはじめた。
「師匠、いい加減起きてくださいよ。せっかく作ったオムレツ冷めちゃいますよ」
そういうとうっすらとアダンが少し、目を開ける。
「……そんなの、いいじゃないか。私もミクリも猫舌だし、冷めるまで待っていれば……卵は、冷めたほうが味が引き締まる。ミクリの味付けは最上だから、それなら冷めてから食べた方が、料理の、味を、生かせるという……もの」
眠そうに、けれどもどこの脳が働いているのか詭弁を働かせつつ、ゆるやかにアダンの手はミクリにの腕をつかむ。
「……と、言うわけで。オムレツが冷めるまで、もうすこし。一緒に寝ようじゃないか、ミクリ」
ぐい、と引っ張られ、ミクリは簡単にアダンにベッドに引きずり込まれた。
どうなったのか分からない。どうして腕を引かれただけで上手くアダンの隣に倒れこんでしまうんだろう。ミクリは慌てた。
「ああ、あ、なにするんですか」
逃れようとしたところをベッドの上で抱き込まれて思わずミクリの思考が吹っ飛んだ。
「最近、一人寝ばかりでさみしくて。昔は自分の方から入れてくださいって入ってきたくせに、最近は冷たいじゃないか」
「ななな、何言ってんですか。もう子供じゃないんですから当たり前ですよ。放してください」
「子供じゃないからこそ」
「え……」
それはどういう意味……と、視線を上げれば、自分を見つめるアダンの視線とばちんとぶつかる。
ミクリはどきりとして身動きも出来なくなってしまった。そこに、やたらとあらたまった感じのアダンの声がかかった。
「いつまでこんな関係、続けているんだ」
「え?」
「ミクリ、そろそろ、結婚しよう」
「え、はぁっ……?」
ミクリを抱き寄せたアダンが、優しく額にキスをしてくる。額……それから頬。それから首……。
びく、と敏感に反応してから、ミクリは体を硬くし、ぐい、とアダンを押しのけた。
「こういう冗談は、嫌いです」
「冗談じゃなければいい?」
その言葉に、心を捕らえられそうになるところをミクリはきわどく逃れた。
「寝起きの師匠の言葉なんて…………全部冗談みたいなものじゃないですか……」
これは、ちがうよ、という言葉をどこかで期待していたのに、
「はは、そうだな……」
と、アダンはあっけなく肯定する。
そうしてそのままふっと力を解いて、アダンはまた眠りについてしまうのだった。
壊れそうなくらい高鳴る心臓を押さえて、ミクリは肩で息をした。力の解かれたアダンの腕から逃れて起き上がる。
「やっぱり冗談なんですか。寝ぼけてるだけなんですか」
眠るアダンは答えない。
「なんで、起きてる時に言ってくれないんですか。好きじゃないなら、なんで冗談なんかで私を口説くんですか……眠りを引き伸ばすため、だけに…」
ミクリは今さっきアダンの唇が触れたせいでまだ疼いている首元を、その感覚を消すようにぐい、とぬぐう。
そのままひととき、ふと動きを止めてアダンが眠りについたのをいいことにその顔に恋心のままに魅入った。
好きなのに、からかわれているだけなんて。
それも毎朝。
……耐えられなくなりそう……。
ベッドの前で身をかがめて、心のままに眠るアダンの頬にそっと口付け、ようとして……思い止まって、やめた。
代わりにミクリは手を伸ばし、きゅっとアダンの頬をつねった。
「あいたた、たっ……!」
痛覚を通じて、やっと、アダンが往生際の悪い夢から本気で目覚める。
「師匠、朝です。……まったく、毎朝、毎朝、私をてこずらせないで、目覚ましひとつで起きてください! ……もう起こしませんからね。オムレツ冷めても、ジム遅れても知りませんから」
ミクリの不満のままに、バタン、と、音を立ててドアが閉まった。
「……今朝はちょっと、調子に乗りすぎたな……」
本気でつねられた頬を撫でながら、アダンはつぶやき、大きなあくびをひとつして起き上がった。
「ふああ、早く行かなきゃ……ミクリのオムレツが冷めてしまう」
END
6月に花嫁企画とかやろうと思ったときに書きかけたものだから
アダンがいきなり「結婚しよう」とか言い出すわけだ。
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