| Cross Dream ダイ→←ミク。2人の見る夢は。
何がベストなのかは分からないけど、まだ変化のないこの状態は、少なくとも幸せじゃなくはない。だからこのままでいようと、思って親友としてのなまぬるい日々は積み重なっていく。
そんなある日に。
ふと気がつくと、自分が置かれているのはありえないような状況だった。
夢? いや、ちがうな。こんなに意識がはっきりしている。それに感触が、リアルすぎる。
月明かり差し込む私の部屋のベッドの上で、私は誰かに抱かれて横になっていた。
体を優しく包む、温かい感触……。
「……起きた? ミクリ」
柔らかな声で名を呼ばれ、見上げてみればダイゴの瞳が私を優しく覗き込んでいる。
その瞳に会って、私は息を飲み込んだ。
「ダイゴ……?」
自分を抱いて、目線を同じに合わせて見つめるその相手、ダイゴを認めて、私は一瞬で頭が真っ白になってしまった。
ダイゴ? ……と寝ている? そんなバカな。
「ねぼけているの。そんな驚いたような声上げて」
ダイゴは、この状況がさも当たり前であるかのようにひどく優しい声で聞いてくる。
ち、ちがう。……「ような」じゃない。
驚いてるんだ。……なんだ? この状況は。
意識するととたんに頬が熱くなって、心拍数が上がりだした。
なに? だれか説明してくれ。私たちの間に、何があったっていうんだ。私は何にも知らない。
「夜明けまではまだまだ時間あるから。もう少し、寝よう……」
優しく私を抱きしめて、その体温で包み込んで。ダイゴは耳元で小さくつぶやいた。
「君を抱いて眠れる日が来るなんて、まるで夢みたいだ。……僕は、ずっとこうしたかったんだよ」
聞いたこともないような、甘い、甘い声。
それは……。
私はダイゴの言葉が心にじわりと染込んできて、まるで傷口を海水に浸した時のようなするどい刺激を感じた。痛覚ほどの、鋭い幸福感。それを感じてめまいがした。
それは、わたしのセリフ……。
ひたすら、ひたすらに耐え忍んできた恋が、ほしくてしょうがなかったこのぬくもりが。
どうしていきなり脈略もなく叶う?
親友だからと、強く意識して置いていた距離は説明も脈絡もなく埋められて、
目が覚めたら、ダイゴの腕の中。
こんなに簡単に望みのものがわたしに提供されていいんだろうか?
……
いいんだ。
自分の中での返答は早かった。
もし手に入ったのなら、離しはしない。……もしもこの恋がかなうと言うなら、くだらないプライドに、かまっている余裕は今の私にはもうない。
自分からも手を伸ばして私はダイゴの腰に腕を回し、体を寄せた。
頭をダイゴの胸に預ける。
「……ミクリ?」
驚いたようなダイゴの声。
「お願い、なにも言わないで。……夢なら、どうか、覚めないで……」
何か言ったら、夢が覚めてしまうような気がした。
私は少し上に移動して、強く求めるようにダイゴの唇にキスを。
自分から口付けるなんて、私らしくもない。でも、こんなにこんなにわたしは耐えたんだから。いいでしょう? らしくなくなったって、なんだって……。
しばしの間合わせたままの夢のような口付けはやがて離されて、離れたダイゴの唇が今度はわたしの首筋にそっと当てられた。
「ん……」
触れられたところから、熱くなる。体が痺れる。
唇はそのまま下へ降りていって、はだけた鎖骨をキスがなぞる。そのまま、ダイゴがつぶやいた。
「ミクリ、愛してる」
その一言が、わたしの心臓をわしづかみにした。息が止まりそうになる。
……これはゆめ?
現実?
親友としてじゃなく、恋の対象として、ダイゴが私を、求めてくれる、なんて。
そんなそんな、期待さえも許されなかったシチュエーション。
その中にいて、うそみたいで涙が出そうになる。
わたしも……
「わたしも、あ い し て……」
「はっ」
目が覚めた。
目覚めれば私は一人、ベッドのふとんの中。
体が、痺れたようになってる。心拍数が寝ていてありえないくらいに高鳴っていた。
「……ゆめ……」
やっと状況を把握して、私は息を整える。
すぐにどうしようもないむなしさと、自責の念が私を襲った。
「私は、なんて夢を……」
親友であるダイゴに恋してしまってもうどれくらいになるのか……。
ダイゴが出てくる夢は見てもこんな自分勝手な、淫らな夢は見たことがなかった。
とうとう夢になるまで願望が、高まっているというんだろうか。……最近はダイゴの手を見ればその指で肌に触れてほしいと思ってしまうし、唇を見ればキスのことばかり考えてしまう。
相手は大切な親友として自分を思ってくれているというのに、わたしのこの不純な思いときたらどうだろう。
「はあ……」
突っ伏して、枕に顔をうずめた。
「せめて夢なら、もう少し先まで……」
つぶやいた声が耳に響いて私を驚かせる。何を言ってるんだ。
けれど、今のはなんて、なんて幸せな夢……。
ダイゴの体温、あれくらいなんだろうか。
実際ダイゴとのキスはあんなに気持ちいいのか……。
思い出して、たまらずため息をつく。
気持ちが高まって、眠れやしない。
「こんな状態で、明日は会えないな……」
明日は一緒にミナモまで買い物に行く約束をしていたのだった。でも、あんな夢を見てしまった後で私は平然とした顔でいつもどおりの対応なんてできそうもない。
断っておこうと思って、枕もとのポケナビに手を伸ばし、なにも考えずにコールする。
プツン。
いきなりポケナビの通信は不自然なかたちで途切れた。
「……?」
着信拒否でもない。電源が切れたわけでもない。不自然な切れ方。不思議に思いつつも正気に戻って、時計を見れば朝の3時。
なんて時間にかけようとしていたんだ。
ため息をついた。
……本当は、明日、会いたい。明日じゃない、今すぐにでも。会いたい……せめて声を聞きたい。
非常識な時間と分かった上で高まる思いのままに再びコールする。
プツン。
通信はまた、不思議な切れかたをした。
……なんだか拒否されたような。
「ダメだって、いうのかダイゴ……」
当然だな、と苦笑いしてポケナビをベッドの上にほうり投げ、ふとんをかぶる。
体が熱くてすぐにふとんをはいだ。
ため息をついて、またちらっとポケナビを見る。
こんなとき、ダイゴのほうからアクセスしてくれたら……私は。
★
気がつくとこの腕にミクリを抱いたまま、横になっていた。
何だこの状況? ……ありえない。
例え僕が想いに耐え切れずにミクリを抱いてしまったとして、それはまあ、あったとして。
あのミクリがおとなしく身を許すなんて、そんな夢みたいなことあるわけがない。
……どうせ、夢だろ。
いや、でも、夢にしてはやたらと感覚がリアルすぎる。右の腕にのったミクリの頭の重さも、左の手で包むようにして抱いているミクリの体の少し低い体温も……僕の想像で補ってるにしては妙にリアルすぎる。
思っているところに、ミクリが少し、動いた。どうやら目を覚ましたらしい。
動いたと思ったら凍りついたようにしばし動きを止めて……。
「起きた? ミクリ……」
思わずそっと声を掛けてみた。掛け声に、ゆるやかにミクリが頭を上げて僕を見る。
その瞳が、驚きに見開かれる。
「……ダイゴ?」
信じられない、とでも言うような呟きの声でミクリは言った。
……どうしてだ? 君もこの状況、把握していないのか?
驚いてるのは僕のほうだ。
少しの瞬間に、頭がフル回転した。
まずこれ以前のことを思い出そうとする……でも、思い出せなかった。僕たちの間に、なにかあったんだろうか? 普段は気心知れたただの親友。そんな2人がベッドで抱き合うことになるようないきさつ? 気になるけど思い出せないものはしょうがない。それで、ミクリが気づいた今、どうすればいいかだ。……彼にもこの状況は分かっていない……? だったら、悪いけれど、好都合。うまいぐあいの何かがあったことにさせてもらおう。
何でいま、こんな状態なのか知らないけれど、こんな一世一代のチャンス、僕は逃すわけにいかないんだ。
「ねぼけているの。そんな驚いたような声上げて」
いかにも、これが当たり前、というような言い方でささやく。驚くのがむしろおかしい、とでも言うように。こういう関係が当たり前じゃないかと思わせるように。
こういう関係が、当たり前……はは、それは僕の側のものすごい願望だ。
ミクリの混乱が手に取るように分かった。
頼む、ミクリ。なにも言わないでくれ。逃げないで。
ミクリが何か言う前に、僕はぎゅっとミクリを抱きしめた。
手に力を込めて始めてわかる、思ったよりよけいにはかなくてしなやかなミクリの体。その抱き心地に酔わされる。
「夜明けまではまだまだ時間あるから。もう少し、寝よう……」
意識を戻して抵抗するくらいなら、もう一度寝ていてくれ。
でも、寝る前に。
伝えておきたい……聞いてほしい。
「君を抱いて眠れる日が来るなんて、まるで夢みたいだ。……僕は、ずっとこうしたかったんだよ」
最大限の想いをこめて。耳元でこれでもかってくらい甘く、甘くつぶやくと、再びミクリの体は凍りついたように動きを止める。
言葉が及ぼした影響を考え、僕も身動きが取れないまま、ただ二人の小さく息する音が室内に響く。次の瞬間、信じられないようなことが起った。
動きを止めていたミクリの腕がそっと伸ばされ、僕の腰に回される。
相思相愛、とでも言うように、ミクリのほうからも僕の体を抱き、すがり付いてくる。
ちょっと……こ、これは予想外。
「……ミクリ?」
自分から僕の胸にあずけられたミクリの頭にドキドキしながら名前を呼ぶと、かすかな声が、返ってきた。
「お願い、なにも言わないで。……夢なら、どうか、覚めないで……」
つぶやくとともに、少し伸び上がって、求めるように口付けてくる。
……え?
「……ん……」
混乱したまま、戸惑ったまま、唇に柔らかな、けれど熱い思いのキスを受ける。
……これは……、 夢なのか? ミクリのほうから、僕を求めてくれるなんて?
それは僕の立場だぞ。求めても求めても、報われることのないはずの君への想い。
僕から求めて拒絶されることこそあれ、君から求められるなんて夢のまた夢。
キスの感触は、うっとりする、なんて安直な言葉では表しきれないほどの、ひどく甘美なものだった。
しばらくそうしていて、なんだかそれだけではもどかしくてそっと唇を離した。
それから僕のほうからミクリの首筋に口付け。
女性のように柔らかな首の皮膚のしっとりとした感触が、敏感な唇の神経を通して、何よりもリアルに僕の感覚として捕らえられる。
「ん……」と、うめくミクリの色っぽい声。
こんな……こんな色っぽい声を出す君がいつもあたりまえのように隣にいて、友達でいるなんて、無理に決まっている。こんな魅力的な君が近くにいて、惚れるなというほうが無理な話。
「ミクリ、愛してる……」
なにも言わないでといわれたけれど。
言ったら夢が覚めてしまうような気がするけれど、でも、言わずにいられない。
想いが余って、つくため息に言葉が混じって心を伝えた。
わたしも……
と、うっとりするような甘い声が、小さく言葉を紡ぐ。
え……?
あ い し て……
望むことさえ考えられなかった言葉が僕の鼓膜をふるわせて……あと一文字、というところで。
「……はっ」
目が覚めた。
腕の中の少し低い体温が、掻き消える。残ったのは熱い自分の体のみ。
心臓がめったにないくらいドキドキ高鳴っていて息苦しかった。
僕は何かをつかもうとしてミクリのいなくなった空を抱きしめて、そのまま自分の体を抱きしめる。
夢か。当たり前だ。
ちくしょう、夢ならもっと色々やっとくんだった。
……いや、何考えてるんだ。
自分を抱いた腕をといた。もうこんなところにミクリはいないんだから。
いい夢を見すぎた。
僕はため息をついて仰向けになり、両手を組んで頭の下にしいて天井を眺める。
夢は願望が現れるものだって、いうのならなんて露骨な願望を僕は抱いているんだろう。
ミクリを抱きたいと。彼にも恋愛対象として想われたいと。
いや、レベルの低い願望だな。それだけのことなんだけど、だけど叶う望みはない。
結局親友、なんだよな……。
ミクリの僕を信頼しきったような瞳を見ると、彼の繊細な心を思うと、とてもじゃないが思いを打ち明ける気にはならない。
大切なのは繊細な、ミクリのこころ。何よりも。僕の勝手な恋心なんかより。
一方的な思いを打ち明けて押し付けて満足なんてできるはずはない。
彼を傷つけないよう、僕は細心の注意をはらってるつもりだった。
だけど、ああもう、それもきわどくなるほどに、ミクリを好きになってしまってしょうがない!
僕はそろそろもうだめかもな。
明日、会う約束をしていた……。でも。こんな夢見た後であっては、なんかいろいろと……おさえきれない気がする。
会ったとたんに抱きしめたりとか。
夢のミクリのあの体温と、しなやかさと……たとえ夢でも、味わってしまったら、覚えてる限りはもう一度、ほしくなってしまう。
ダメだ。会ったら僕は十中八九ミクリを抱きしめる。
ポケナビに手を伸ばした。
こんなところで今まで耐えてきた僕の努力が水の泡になっては嫌だから、明日の約束は断ろう。
ミクリ指定でコールする。
プツン
「え?」
通信は不自然な形で途切れた。
着信拒否じゃないな……。なんだろう? と考えてふと時間を見れば夜中の3時。
冷静になって考えればミクリなんかとっくに深い眠りについている時間だな……。
彼は、どんな夢を見ているのだろうか。
僕は、君の夢なんか見てしまってもうたまらなくなってるわけだけど。
声を、聞きたい……。
あのやさしく柔らかい声を。今聞きたい。どうしても。
迷惑な時間と分かっていた上で、高まる心のそのままにコールする。
プツン
通信は再び不思議な形で途切れた。
「……」
ポケナビをきっとにらむ。お前まで僕の恋路を邪魔するのか。恋というか、ちょっと声を聞きたいってだけの小さな望みを。
というか、ムリだから止めとけって忠告でもされているのか?
……
くそ、負けないぞ。
三度目の正直、とばかりにもう一回ミクリにコールした。
今度は切れない通信の、電波が夜の中を走る――。
「は、はい……ダイゴ?」
今度はすぐに出たミクリの、少し焦ったような声が静かな部屋に響いた。
「あ……ミクリ」
つ、つながった……。
なんだかつながるなんて思いもしなかったのでいきなりのミクリの声に心臓がどきんと高鳴る。
ミクリの声、柔らかい。いつもよりも色っぽく聞こえてしまうのはきっと僕のさっきまでの夢のせいだ。
「……なに?」
「い、いや。ごめんこんな時間に」
「いいよ。べつに。ダイゴまだ起きてたの?」
「ああ、あのさ……」
あ、そうだ僕は明日会うのを断ろうとしてたんだった。
そんな、通信をかけた本来の目的を思い出して、でもやっぱり明日は会いたいかもしれないと思いかけているところに、
「あの」
とミクリの声。
「あの、あした……」
「うん?」
「あした、行くの…………楽しみに、してる、よ」
その言葉を聞いて僕は考えもなしに、
「ああ、僕も」
と、返していた。
「僕も今それを伝えようと思って……」
そういうと通信機の向こうから、柔らかな笑い声が聞こえてきた。
ああ、ミクリの笑い声は、いつだって柔らかくて魅力的で、僕の心を震わす。
「そう。奇遇だね。ふふ、なにやってんだ、ダイゴ。友達同士の買い物で、そんなに、明日が楽しみなんてこと伝えるためだけにこんな時間にコールするなんて」
「会いたい」
「…………え」
「あ、いや。明日……そう、あいたいよ」
そういうと、ポケナビの向こうでしばしの沈黙が起こった。
しまった。僕は思わず心のままの言葉を。……変に思っただろうか。たかが親友に、切羽詰ったような「会いたい」の言葉。
それ以上のフォローを入れるわけにもいかず、ただドキドキしながらミクリの反応を待っていると、ポケナビの向こうから、思ったより普通の「うん、」という言葉がかえってきた。
……僕の思い込みかもしれないけれど、ミクリのその声は、普通だけど、普通よりもやさしく、甘い感じがした。
「うん、……それじゃあ、明日に」
とミクリが続けて、それから明日の待ち合わせの確認をして、ポケナビの通信は切れた。
しばらくポケナビを見つめていて、声の雰囲気は余韻を残していて……。
確信も何もないけれど、なんだかこの恋はかなうような、予感を胸に僕は横になって目を閉じた。
明日は、ミクリとデート。
……きっと、楽しい。
END
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