| Dance, and… ダイミク。まだお互いを知らないところから。
ひと付き合い、というのは嫌いじゃない。でも、そんなに楽しいものでもなくて……。
ボクは一人、壁の花なんてものをやっていた。
きらびやかな照明。そしてその下で舞うドレスの花々。ボクは父に連れられ社交のダンスパーティーに借り出されていた。
そして結局はいつものポジションに治まっている……壁の花。
最近父がやたらと言うこと……嫁探しをしろ、ということ。会社の跡継ぎを残せというのだった。今回のパーティーに連れ出されたのもそのため。「お前は視野が狭すぎる。世の中の女性ともっと多く出会って、そして人生のパートナーを探すんだ」
そうは言ってもな……。
視野が狭いのではなく、広い視野で見た世界が狭かっただけのこと。
この世に、ボクがこの身を尽くして愛したいと思うほどの価値を持った人間などいない。
ボクが恋なんて、するはずもない。そんな理性外の心の動き、どうしようもなく動いてしまう原始的な感情なんて、ボクには備わっていない。
そんなことを考えながら、ぼんやり踊る女性達を眺めていた。
くるりと回る、美しいターン。回る度に青いドレスとアクアマリンの髪がゆれて空に舞い、それはまるで水が重力から開放されて自由に踊っているようだった。
……美しいな。と、珍しく踊るひとりの女性に視線を奪われて、ボクはその踊りに見入っていた。
男性のリードが上手いのか? 男性の優しく、満足しているような表情が目に入る。
いや、違う。男性はうまくリードしている気にさせられているだけだ。実際は女性が上手く男性を導いている。それを気付かせないほどの技術、余裕。
外見の美しさ、センスもさることながら、その技量こそ美しい。
いつしかボクは思わずその女性ばかりを視線で追っていた。
一人が踊り終わると、次が申し出る。……多少見る目がある者なら分かる。彼女は価値の高い女性だ。それは彼女の後ろ盾とか、そういうものではなく、この社交会では珍しい、本人の中身で勝負できる人間……。
面白い、と思って僕はその女性の動きばかり追っていた。
曲が終わって、パートナーとなっていた男性が手を離す。……つまり、ダメだったと。
なかなか、女性の方も自分の価値を分かっているようだった。
次の男は、なかなか申し出なかった。そろそろだれもが彼女の高根に咲くのを意識して、かなわない自分のプライドを守りにかかったな。
ならば。
「次は、ボクが」
ボクは壁から離れてダンスホールに出て行って、フリーの彼女に手を差し伸べた。
しなやかな白い手が、触れるか触れないか、といった軽さで差し伸べたボクの手の上に置かれる。
そうしてはじめて、女性が顔を上げた。
片方の目の上にフワリとかかったアクアマリンの髪。その髪の色よりも濃い青の理知的な瞳は切れ長で美しく、肌は抜けるような白。その上に連続のダンスで上がった血が、頬をばらいろに染める。
ふうん……美しいな。
と、そこまでおもったときだった。その風貌が記憶に引っかかりはっとする。
あ、れ、まさかこの人は……
「き、君は、まさか、ルネのジムリーダーでは……?」
思わずつぶやいたその言葉に向こうもはっとして、ボクを見とめてさっと顔色が代わる。
「チャンピオンのダイゴ! ……なんでこんなところに」
2人して呆然と立ち尽くしているところにダンスの曲が流れ始めた。
周りのペアが動き出す。
「しまった、抜けられない……とにかく、ダンスを」
と、ルネジムリーダーは言ってボクの手をとり、ダンスへ導く。
音楽はワルツだった。
一回だけ、トレーナー会議で対面したことがある、ルネのジムリーダー。
女性じゃないはず。あの時着ていた、冗談みたいに胸元のはだけた服のその胸は確か平たかったはず。どういうことなんだろう。ボクは驚いて少々混乱していたが、もっと混乱しているのは目の前の彼のほうなようだった。
さっきまでの見事な踊りとリードはどこへやら。出る足が逆。テンポがずれる。おまけにドレスのすそに足を絡めて、転びそうになった。
「危ない」
と、思わず抱きとめていた。
あ、なんて華奢な体だ。
「……しっかり、しなよ。さっきまでの見事なリードはどうした」
そう言うと、転ばないようにと思わずボクの体にしがみ付いていた彼は、はっと顔を上げた。
「……私の、リードだって?」
「そうでしょう? リードさせてる気分にさせて相手の男の気をよくさせる。相手は言葉の通り踊らされてることにも気付かない。……そんな見事な扱いを、ボクも受けたいものだ。……しっかりしてくれ」
言って体をそっと離して、代わりに手をとった。反対の手は腰に添えて、ふたたび彼を引き寄せる。
そしてボクは有無を言わさず彼をリードし、踊りに一歩踏み込んだ。
調子を崩していた彼が、ボクのリードでやっと我に返ってダンスに乗る。
ダンスに身をゆだねた瞬間、ふっと彼の表情が変わったのが、横目で見ていて分かった。
女性さえもかなわないであろう、ふしぎな色気と余裕をまとった魅力的な表情になる。
「……ありがとう。ちょっと取り乱してしまっていた」
そうつぶやいた彼は、さっきまでとは打って変わった、フワリとした見事な身のこなしを見せた。
ぐん、とボクが引っ張られる。ダンスのテンポの中へ。
え、なんだ?この感覚……。
ボクは驚いた。
まるで羽が生えたみたいに、体が軽い。余裕のできた足が上手くステップを完成させて、相手を巻き込み、ダンスを2人のものにする。
自分から考えなくても何かが次の踊りを紡ぎだして……。
彼か。
ちょっと信じられなかったが、多分そうだ。
彼がボクを踊りに巻き込んでいる。
ボクの力加減で相手が上手くターンを決めたように見えて、実はそのターンに引き込まれるようにして自分の中のダンスが迷いもせず形作られていく。
見事だ。これでは相手をする男がいい気分になってしまうのも無理はない。
驚いた顔をしていると、ターンを決めて再び腕の中に納まった彼が、どうだ? とでもいいたげな表情でにこっと笑った。
その表情のあまりに魅力的なのにも驚いて、呆然としてしまっていてもダンスは難なく続けられて……。
ボクはその踊りに身をゆだねながら目を細めた。
……楽しい。
音楽が、ダンスのステップが、心拍数を心地よく上げていく。
こんなに、誰かと踊るのが、心地よく楽しいものだなんて。ダンスが、楽しいものだなんて、ぼくは知らなかった。
くるくる、世界が回る……。
まるでここが世界の中心なような気がした。少なくとも、今ボクにとっては踊っているこの時間、空間が全てだ。
ルネのジムリーダー……。ボクにこんな踊りをさせる、君は一体? ボクは君の事、全然知らない。
横目で見やった彼は頬を上気させて、踊りに夢中になっている。子供みたいにきらっと瞳に光が宿って揺れる。
その瞳がふとボクをとらえて、視線があったことに気付くとはっと慌てるように逸らされた。
それではじめて自分が男に向ける視線にはふさわしくない類の視線を浴びせていたことに気付く。
ボクも視線を離した。
視線を合わせないまま、だけど踊る鼓動はシンクロする。
わくわく、ときめく。なんだか楽しい。……君もそうだろうと、思ってしまう。
こんなにダンスが同調していて、このときめきも、楽しい心も共有しているだろうと思ってしまう。
でもそれは、きっと今までこの上手い踊りに乗せられてきた男の誰もが思っていたことで。
ダンスが終わればボクも彼らのように、手を、離されてしまう?
だったら……どうか、音楽よ、終わらないで。もう少し……。
無駄な願いはやっぱりむなしく、そう思ってすぐにも、ワルツの曲は終わってしまうのだった。
曲が止んで、お互い礼をして、なんだか名残惜しくも離そうとした手をボクは軽く握られ、引き寄せられた。
「?」
「ちょっと後で話がある……一度ここで別れて、時間を置いてから西のバルコニーで落ち合おう」
周りに聞こえないくらいの声で言って、彼は手を離した。
☆
西のバルコニーは、人気が全くなかった。……というよりボクは、こんなところにちょっと外へ出られる出入り口があったなんていわれるまで気付かなかった。
他よりつくりの小さいバルコニーに出ると、そこにはもうダンスホールの喧騒は届かない。あそこより空気もひんやりしていて向こうのむせ返るような熱気が冷まされる気がした。
「わざわざ呼び出したりして、ごめん」
声が掛けられそちらを見ると、大理石の手すりに寄りかかるようにしてこちらを見ているルネのジムリーダーがいた。
「いや、いいけど」
「ちょっと言っときたいことがあって……」
と言いながら彼は手すりから離れ、ボクのすぐ近くまで来る。月明かりだけで青く染まるこの夜の光景に、彼はよく似合った。
目の前まで来た彼は、胸元を押さえる。
「……これ、趣味じゃないからね」
「は?」
「誤解されては、困ると思って。……君はちょっと遠いところにいるが、仕事としては同じ線上の者。変な噂を流されては困る。……女装は、趣味じゃないぞ」
女装……ああ、そのことか。
あんまりしっくりきているもんで、ボクは彼が女装してることなんてすっかり忘れてしまっていた。
「だったら、趣味じゃないならなんなんだ?」
思わず聞くと彼は笑った。
「カモフラージュだよ」
「カモフラージュ?」
「そう……君は、ルネジムリーダー前任のアダンって人物を知っている?」
「ああ、知ってるけど。話では君の師匠ということだが」
「そう。で、実はこのダンスパーティーには彼も来ていて、私はアダン師匠の恋人って事になっている」
「恋人……のふり? 何でそんなことを」
「アダン師匠はやたらと女性にもてる。だからこういったパーティーに出る度女性が寄ってきて、対応しきれないので若い美人の恋人がいるってことにしてるんだ。それが私。容姿にはちょっと自信があってね。どう? そんじょそこらの女性よりよっぽど美しいだろう」
冗談っぽく言って、月明かりの下でドレスをつまんでくるりと回ってみせる。ボクは思わずその姿に目を奪われた。
「確かに……」
感嘆のため息とともにつぶやく。
「……でも何でわざわざ君が。本当の恋人を作ればいいんじゃないか?」
聞くと彼はちょっと色っぽい感じで笑った。
「そこがもう一つのカモフラージュなのさ。……アダン師匠はソドムなんだ。女性は愛さない」
「だとしたら……まさか君はほんとの恋人なのか?」
思わず聞くと、彼は、驚いた表情をして「まさか」と言った。
「師匠には恋人がいる。同期でジムリーダーだった、トウカの……」
そこまで言ってはっとして彼は口をふさぐ。
「……しゃべりすぎた。今のは忘れてくれ……とにかく、そういうわけでこんな格好をしている。まさかこんなパーティーで知っている人に会うとは思いもしなかったから、君にあって、驚いて取り乱してしまった。……最後までひどいダンスだったでしょう?」
ふふ、と苦笑いして彼は言う。
……あれでひどいダンス?
「ボクにはいままであったなかで最高のダンスだったけど」
偽りもせずにそう告げていた。
その言葉に、え? と自分を見た彼が、はっとしてすぐに視線を逸らした。
それでボクまたもや気付かされた。彼を見る目が、真剣すぎた。
まいったな……無意識にやってしまっている。
「……とにかくそれだけ、私は言っときたかったんだ。こんなことで呼び出してごめんね」
彼は申し訳なさそうに笑顔を作って言う。
「ああ……どうせヒマなパーティーだったんだ。」
ヒマなパーティー。でも、その中で出会ったダンスは信じられないほど楽しいものだった。
……思ってたのはボクだけなのかもしれないが。
用件が済んで、男が2人、こんなところにいるのもなんか変だろうと思ったので、ボクはまたダンスホールへ戻ることにした。
「それじゃ……」
片手を挙げて、くるりと背を向ける。室内へ一歩踏み出したところに、
「あのさ、」
と後ろから声を掛けられた。ボクは首だけ振り返る。
「ダンス……楽しかったよ」
言った彼は月明かりに照らし出されて美しく。
物語のワンシーンが、ここで繰り広げられているような錯覚がした。
「……え?」
「さっきまではあまりに面白いように男が落ちていくので、よし、次も上手く落すぞって、そんなくだらないことばかりに夢中になっていた……。でも、君とのダンスでは、私はそんなことを考える余裕もなく踊りに夢中だったんだ。君と踊っているその時間に夢中になっていた…….楽しかったよ」
伏せ目がちだった彼の目が上げられて僕の目をとらえた。
「ありがとう。ダンスの面白さを思い出させてくれて」
それは……こっちのセリフだ。
ボクは苦笑いして、無理矢理魅力的な視線から目を逸らした。室内へ向き直る。
「また機会があったら、ぜひ……」
そうつぶやいてボクはバルコニーから室内へと戻った。
ダンスホールへの廊下を歩く。
心臓がトク、トク、トクと、心地よく早く鳴っていた。
その心を、加速する鼓動を、理性で押さえ込むことができないなら、きっとこれは恋心だ。
まだ淡い……でも確実に自分の心に小さな火がともったのをボクは意識した。
ルネのジムリーダー。確か……名前をミクリといったはず。
「ミクリ……」
つぶやいてその名前の妙に甘い響きにボクはため息をつく。それはあまりに彼の名としてふさわしいように思えた。
確かにボクは視野が狭かったんだ。……思って一人笑う。父さんの言ったとおりだった。
だが。
広い世界で恋するにふさわしい相手を見つけたが、ボクがどうがんばっても跡継ぎは作れなさそうだ。
「ごめん、父さん」
思ってもいない謝罪の言葉を誰もいない廊下に言って、ボクは一人心地よい恋の予感に微笑んだ。
END
|