フシギナセカイ

らしくない、樊瑞×孔明


いつものように孔明に今回終わった仕事の報告をして、孔明はいつものように「お疲れ様です」の言葉を事務的に発した。
それでいつもは自分の部屋に戻るのだが……今夜はなぜか扉に行く前に足が止まった。
目に付いたソファのほうが自分を呼んでいるような気がして、気まぐれにそこに座れば孔明は怪訝な表情をする。
「少し、ここで休んでいく。邪魔はしない」
必要最小限のことを告げると、孔明も特に追い出す理由もないようだった。再びすました顔をして仕事に……机の上にあるらしいいくつかの書類に視線を戻した。
それも、ほんのいく時かだった。
孔明の仕事は終わったのだろうか。手に持っていた書類をぱさりと机に落とすと、そのあと「ふう」と区切りのため息をついた。そこから孔明がいつものようにせわしなく机の上の書類をめくる動作はぱたりとやんだ。
視線を上げると孔明は、机の上で手を組んで、そこにあごを乗せ、視線はどこともない宙を見ている。その目はやがてこちらを見た。
「樊瑞殿」
「なにか?」
聞き返すと、その次、孔明が何か言うまでに少し時間があった。
孔明の瞳が、いつもの仕事の時の色合いじゃなく、もっと全然違うものを見ているような気が、その時した。
孔明は妙なことを、口走る。
「樊瑞殿。……ここは、一体どこなんでしょうな」
「?」
不思議そうな視線を向ければ、苦笑いで返された。
「あなたは……元から『ここ』の人間ですかな? 他の世界の記憶などない……」
そうであればこちらこそ妙な事を口走ったもの。忘れてくだされ。と、言う。
首を横にふった。
「儂にも他の記憶があるぞ、孔明」
「そうですか……」とつぶやく孔明の声はどこかほっとしたように聞こえた。
それからしばらくの間。孔明は、何か考えているようだった。
「ここは、一体どこなんでしょうな」
考えた末に、孔明は同じ問いを発した。
「分からん。フシギナセカイだ」
「フシギナセカイ……」
反芻するように繰り返して、「まあその通りですな」と、つぶやいた。
その単語で納得したようだが、孔明の心は落ち着いていないようだった。考えればそのせいで書類を投げ出したのかもしれない。
「私の記憶に、この現代と接点のない中国の思い出がある。……今はもう、ぼんやり霞んでしまっているが。そこで私はBFさまではない誰かに仕え、やはり今のように策を練っていた。……そんな気がするのだが。……不思議なこと。私はここに生きていながら、時折これが自分でないような、変な錯覚に捕らわれる。夢のようなその記憶こそ、私の本分であるようなきがして……」
らしくもない弱音を……孔明は「心もとなくなるのです」とつぶやいて口を閉じた。
「儂もそうだ」
と、答える。
「ここでこうしているほかに自分にはもっと必死にやることがあったような……そんな気がたまにする」
心もとないと、らしくもなくつぶやいた孔明を見やって、苦笑いした。
「ここは一体、どこなのだろうな……儂もたまにふと、どうしようもなく不安に、そして切なくなるよ。だが」
視線の先には、孔明。いがみ合って、疑りあって……だけどこうして供にひとつの目的へと向かっている現在……。
これも悪くない。
もし自分の焦がれる「元」の世界に戻ったとしたら、この世界と分かれたら。
……いまより淋しくなるだろう。
「今はお主と供に生きるこの世界がやはり、いとおしい」
普段の不満や憎まれ口とは程遠い、情愛の言葉が出たことに孔明が素直に驚いて、その表情を慌てて瞬く間に消す。……そういうのが、いとおしいのだ。
こんな言葉は、らしくない。だがそれを言ったら孔明が弱音のようなものを吐いたのだって、らしくない。
こんな夜が、ときおり訪れる。
そういうのも、悪くない。
このフシギナセカイを、ちょっと……いや、かなり。わしは気に入っているのだ。

END


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