| いねむり忍者 孔明←レッド。レッドがなんか幼い。
「またこの部屋に入り込んで……」
うんざりするような表情はただの一瞬。孔明は、いつものように口元で翻した扇の動き一つですぐにいつもの内心読めない無表情に切り替わった。同時に今見た不快なものも見なかったことにしてしまう。そんな余計なものにかまっている暇はないのだといわんばかりだ。
ソファで寝ころがっていた、孔明の思うところの余計なもの――レッドは、同じく一瞬だけ部屋に帰ってきた主、孔明を見て、ふたたびその目を閉じた。
孔明は仕事机に向かう。レッドは依然ソファの上に居座る。……ここの所、よくある光景だった。
策士孔明に、レッドの思惑は量りかねる。
なんでこの部屋に居座っているのか。その利点は? 狙いは? ……
だが、こういうわけの分からない行動をする人物もこの世には思いのほかいるのだということを知っていて、必要以上の余計な詮索に時間をとらないところがこの策士の有能なところであるらしかった。
この手の奇抜な人物は、マイナスになる点だけ注意して警戒しておいて、あとはどんなに不可解な行動に出ようがほおっておくに限る――諸葛孔明の持論である。
そんなだから孔明は、ざんねんなことに残忍な殺人マシーンであるレッドの、だれも見たことのない(そして誰もが興味がありそうな)あまりにもゆるく甘い恋の一面なんてものなど、ついぞ気付かぬままに終わってしまうのだが。
それはレッドの望むところでもあるのだから理屈上、ことはすべてうまくいっているのだ。
レッドはソファに横たわったままでちょっと顔を上げ、孔明の方を見やった。
あいかわらず策に必要な、こまごまとした書類に目を通しているのだろう。その背中は微動だにせず。ときおり思い出したように中国のお茶に手をかけ飲む、そしてまた動かぬ石像のように書類に向き合う。
面白くもない、変化のないその背中。
けれど孔明がそんなふうで、振り向きもしないのをいいことに、レッドはその背中を思うさま、淡い想いを抱えてぼんやりとながめた。
レッドは恋をしている。策士・諸葛孔明に。
恋と知ったのは最近だった。そして恋を知ったのも最近だった。
それまで、人はすべていつか自分が命を絶つものと思っていた。
だが。
はじめてその命を終わらせないように、と自分の思考が働いた相手が現れた。それは諸葛孔明だ。
この人間を、死なせない。
そう思った心、理不尽に相手を大切だと思った心が、巷で言うところの恋だと知ったとき、レッドは不思議な心地がしたものだ。
任務でもない、仕事以外の余計なもの……それは、はじめて働く自我、はじめてのレッド自身の感情だったかもしれない。この心の動きがまぎれもない自分のものだと思ったとき、
レッドは孔明に恋したことを、とても気にいった。
レッドは孔明を死なせたくないと……いつまでも彼の下で働いていたいと思う。
それで、人を巧みに殺害こそすれ「守る」ということに関して経験の薄すぎる彼の思考で考えた末出した単純な結論……手が空いたときには孔明の近くにいて彼を守ろう、ということだった。
コ・エンシャクがいても、BF直下のアキレスがいても、まだまだ守りが甘い。
守りを固めてすぎることもない。自分も孔明を守る。
守ってやるぞ……
「すぴー……」
「まったくなぜここにくるのだか。寝るなら自室で休めばよい」
ソファの上であまりに心地よさそうに眠り入る忍者を、孔明は不可解なものを見る目つきで眺めた。忍者とはこんなに無防備に眠るものなのか。自分が書物で読んだ忍というものとは程遠い。
レッドはここに来ると、寝たふりをして守りをきかせるつもりでなぜか本当に眠ってしまう。
それもそのはず。ここは孔明が効率よく働けるように空調湿度、その他何もかもが繊細に快適にできている。そしてレッドが守るまでもなくものすごい警備システムに守られちょっとした要塞並の防御力なのだ。その安全感に無意識に気がゆるんで、レッドがくつろぎ寝入ってしまうのもうなずける話だった。
やれやれ、と孔明は持ってきた上掛けをレッドの上にかける。それからクーラーの温度を1度上げてやった。
――自分勝手に動き回るかと思えば疲れてどこでも眠ってしまう、これはなんてことはない、大きいガタイを持った、ただの子供だ。
レッドが恋する相手は、どうやら彼のことを手のかかる子供だとしか見ていないらしい。
「こーう……め い」
むにゃむにゃと寝言の口でいきなり自分の名を呼ばれ、さすがに孔明はどきりとした。
「何の夢を見てるのだか……」
自分が殺される夢、なんてふと想像してみて、いやだな縁起でもないと眉をひそめて首を振る。
せっかく守ってやろうとレッドが珍しい真心を発動されているのに、こう誤解されたままでは報われない。が、結局守ってやるどころかただ寝ているだけなのだから仕方がないのだ。
孔明は仕事机に戻った。
END
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