| ヒマなリーグにシロナの本 オーバ×ゴヨウ。シロナが腐ってる……。
「今日は挑戦者……誰かくんのかね」
コーヒーをその手に持ったオーバが、ソファーの、本を読んでいるゴヨウの近くに腰掛けた。
ここは四天王のための休憩室。
ここには二つのソファーとその真ん中に机。それから常に熱湯の供給されている電気ポットといくらかの飲み物のセットがある。
そのセットのインスタントコーヒーを入れてソファーに向かったオーバが、元から座っていたゴヨウの向かいではなく同じソファーの隣に座ったのは、特に意識してのことではなく、なんとなくの気まぐれだった。
けれど今日は、その無意識の行動がひどくゴヨウを焦らせていた事なんて、今入ってきたばかりのオーバは知る由もない。
「ええ、来てほしいものですね。待ってるばかりでこんなにヒマしていては給料泥棒と言われてしまう……」
至極落ち着いた声でそう言って、本から目を離してちょっとオーバを見て。
ゴヨウは再び本に目を移した。
それはシロナから借りた本。
借りたのはほんのちょっと前のことだった。
オーバが来る前に、ここにはシロナが来ていて、今のようにゴヨウは本を読んでいた。
向かいの斜めの位置で、シロナはやはりコーヒーを飲んでいたのだが、ゴヨウはそうして二人でいる間に自分の持ってきた本を全て読み終えてしまったのだった。
今日はこの本しか持ってきていない。ゆっくり読むようにしていたのに、とうとう読み終わってしまった。
何もかも、挑戦者の少ないのが悪い。
ゴヨウはパタンと本を閉じてため息をついた。
「あら、本読み終わったの?」
「ええ、今日はこれしか持って来てないのに読み終わってしまいました。あーあ……」
本を机の上に置き、代わりに机の上のぬるくなった緑茶を取ってこくんと飲む。
その様子をシロナが見ていてはっと何かに思いつき表情がいたずらを思いついた子供のようなものになったのをゴヨウは見なかった。
「わたし、丁度読み終わった本持ってるんだけど貸してあげましょうか」
見上げたゴヨウにシロナはにこっと親切そうに笑いかける。
「本……何の本ですか?」
「恋愛モノなんだけど、これがなかなか面白くって。ゴヨウは結構なんでも無節操に読むでしょう?」
「ええまあ、何でも読みますが……」
その答えに満足そうにうなずいて、シロナは持ち物の中から文庫本を取り出して机の上に置く。買った本屋のカバーがしてある、ページ量もふつうくらいなもの。
「うふふ、これ、面白いわよー。ぜひ全部読んで感想聞かせてね」
そういうとシロナは立ち上がった。
「ちょっと仕事思い出しちゃった」
そういってカップを片付け、そそくさと休憩室を出て行く。
出て行く前にまだ本を手にとっていないゴヨウをちらっと振り返って、ニコーっと笑った。
ゴヨウはそのとき、なにか嫌な予感がしたのだった。
シロナが出て行った一人っきりの部屋で、文庫本を手にとってパラパラとページをめくってみたゴヨウはところどころに挿入されているイラストに、思わず視線を奪われ、そのまま固まってしまった。
漫画のようなイラストで描かれていたのは男同士が絡み合っている露骨な描写……。
本はBL小説だったのだ。
いくら無節操に読むといったって、さすがにこの辺りの分野に手出しはしない。
「シロナさんも、しっかり腐ってたんですね……」
いきなり見た露骨な描写のイラストにまだどきどきいっている心をぬるい緑茶でなんとか落ち着けて、ゴヨウは机に置いた本の地味なカバーのかかった表紙を眺めた。
ちょっとカバーをはずしてみる。
表紙では黒髪の青年が強気な瞳でこちらを見ている。腰に手を回され、今にも押し倒されそうなもう一人は金髪で、泣きそうな、けれど恍惚とした瞳を宙に彷徨わせる……。
カバーを直した。
これはちょっと、読めない。
読んじゃいけない。
そう思い、ゴヨウはその本を遠ざけた。
……けれど、このリーグタワーのあまりのヒマさと、好奇心と、ゴヨウの本好きの性質は、再びその本をゴヨウの手ににとらせてしまうのだった。
自分は何をやってるんだろうと思いつつ読み始めた小説は以外にも面白く、文も簡単なのでぐんぐん読みすすめてしまう。
自分は恋愛小説はあまり好きな分野じゃないはずなのだが……。
読みながらゴヨウは変に、感情移入してしまっていることに気付いた。それはあの表紙の金髪の青年で、思わず一緒になって心動かされ、ドキドキしてしまっている。
恋愛小説で感情移入したことなんて今までなかったのに、とゴヨウは不思議に思って、同時に焦る。
やばい、ハマってしまう……。
何でこんなものにハマってしまうんだろう。いくらなんでもそれはヤバイし理性が許さない……ゴヨウが焦って、けれど読み手を引き込むうまい展開に読みやめることが出来ずにいるところに。
オーバが入ってきたのだった。
それはあまりに今まで読んでいた話の展開に似すぎていた。
金髪の青年がひとり時間をつぶしていた狭い休憩室に、黒髪の青年が入ってくる。
ハルはどきりとした。……さっき去ったアリナがまた戻ってきたのかと思ったのだった。
けれど現れたのはいつものようにけったるそうに歩くアリガ。
アリガは入ってきて部屋のハルに気付くと、「おう」と片手を上げ「お前もヒマなのか」と苦笑いした。
いつもの自分のマグカップを取りに行き、いつものようにインスタントのコーヒーをいれ、……そして、いつもとはちがってハルの隣に座る。
そのことにハルは慌てた。
――なんで、今日に限って隣に座ってくる……?
「全く、暇で暇で飽き飽きする……また読書か。いいな。こうした時間を有効に使う手段があって」
オーバは隣のゴヨウを横目で眺めてため息をついた。
「ええ、まあ」
なんとか平然を装ってはいたが、ハルに感情移入してしまい、恋心を揺さぶられているゴヨウは動揺していた。
こうして休憩室でだれかと二人っきりというのは結構あるシチュエーションだった。
リョウやオーバと二人っきりと言うのも、確率的に少なくはないことだ。
だけど今日は、こんな小説読んだせいでこの男二人っきりというシチュエーションがゴヨウはなんだか気になってしまってどうしようもない。
しかも今日に限って隣に座ってくるオーバ。
「何読んでんだ?」
「えっ……」
オーバが距離を詰め、本を覗き込もうとしたのでゴヨウは慌ててパタンと本を閉じた。
あんまり知られて心地いいものではない。……というより、自分がこんな本読んでるなんて絶対知られちゃダメだ。
「……ひみつ、です」
閉じた本をオーバから遠ざけ自分の後ろ、ソファーの端に追いやる。
その露骨な隠し方が、オーバの興味を引き立てた。
「人に見せられないような本? 官能小説か」
にやりと笑ってオーバが言う。
あながち、間違いでもないな……とゴヨウは心の中で苦笑いした。
「違いますよ。ちょっと風変わりな本なんで、人に見せて変な誤解を受けてはこまる」
「ふうん?」
オーバはわりと近くでゴヨウを見ていてあれ、と思った。
何か今日は雰囲気がちょっと違うような。
本を後ろに隠したその仕草も、自分を見る目の感じも、なんとなくしなやかで柔らかく色っぽい。
なにかあったのかな、とオーバは考えた。
今後ろに隠した本がそのことに関係あるような気がして、やはりどうしてもその本が気になる。
オーバもヒマだった。目の前に転がる面白そうなネタをほおって置く手はない。
「べつに、変な誤解なんか、しない、さ」
といって、ゴヨウの後ろに隠す本に手を伸ばした。
オーバがゴヨウに体を寄せる。腕がゴヨウの前を横切り、後ろにやった本をつかもうとして体に回された。
「ちょっと……オーバ!」
本人の意思でないにせよまるで抱き込むようなその姿勢に、さっきまで読んでいた小説のワンシーンがふいに蘇る。情景が重なってそのときの主人公の感情が蘇り、流れ込んできて、感情を混乱させる。ゴヨウはどきんと心臓が強く鳴るのを内に聞いて慌てた。
「……とった、」
と言って捕らえられた本を、ゴヨウは後ろ手に急いでつかんでとどめた。
これを見られるわけにはいかない、と必死で手先に力を込めて取り上げられないようにする。ぐぐ、ぐ、と抱かれているような変な体勢を保ったまま、2人して本の引っ張り合いが続けられた。
ゴヨウは片手で本を引きながら、片手でオーバの肩を引き離そうと押しやる。
オーバはほとんどヤケで、もう片方の手がで、引き離されまいとゴヨウのニの腕をつかむ。
「いいだろ(読ませてくれたって)……!」
「だ……だめです!」
ぐぐ、とゴヨウがとられまいと遠ざけるのを追って、オーバが腕で追うに従い、やや、ゴヨウが力に負けて押し倒されるような格好になった。
力が入らない。あ、とられてしまう! ……と、ゴヨウが思ったときだった。
カタン、と入り口で何かの音。
はっとして2人で音がしたほうを見ると、目を見開いてシロナが立ちすくんでいた。
しばしの沈黙……。
「あ……! ごめんなさい。気にしないで。続けて」
シロナはパタパタと手をふると、頬を染めて、にまーっと表情がにやけた。
「うふふ、邪魔者は、消えるわね」
と言ってきびすを返し、さっと駆け出す。
「あ、まって! ちがう……」
ゴヨウがとめる言葉はもはや届かず。それから廊下に響く声が……
「ちょっとおばーちゃん! きいてきいて――! オーバとゴヨウが……」
「ああもう、何でこんな事に……」
押し倒されたような状況のまま、ゴヨウが諦めの深いため息をついた。
さすがに本からは手を放したオーバがまだそのままの体勢で続いて呆れたようにため息をつく。
「……たく誤解しやがって。何で女はあんなにホモが好きなんだ」
つぶやいて、ふと下を見ると、あまりによくできすぎた自分達の体勢だった。
これでは誤解されるのも無理はない。
自分に押し倒されているゴヨウ。
オーバは今になって急に冷静になってこの場を見た。
同時に冷静じゃなく体の底で何かがぞわりと動くのを感じてはっとする。
……髪が乱れて広がって。
さっきまでの変な取り合いのせいでゴヨウの息は上がり、頬が上気している。
その姿の妙な艶っぽさに、知らずオーバは視線を奪われていた。
「ちょっとオーバ。いい加減放してくださ……」
廊下から視線をオーバに戻したゴヨウは、自分を見つめるオーバの視線に出会い、思わず言葉を止めて息を呑みこむ。
視線が合わさって、何だかよくわからないけど、お互い視線を離せなくなってしまった。
よく分からない心持ちのまま、しばらく視線は交わったままで……。
オーバが先にはっと我に返って視線を逸らした。
押さえつけるようになっていたゴヨウの体もぱっとはなす。
「悪かった……」
ゴヨウはまだソファーの上に体を横たえたまま瞳をぱちくりさせている。
「……いえ」
今は本は、背中の下。
せめて見られなくてよかったと、とりあえずそれだけはゴヨウをほっとさせる。
むくっと体を起こして、少し乱れた髪と、服とずれためがねをささっと直して、本はすばやくスーツのウラに隠した。
心を落ち着けようと、もはや冷たくなっているお茶を喉に流し込む。
「誤解を解きにいかねーとな」
「ええ、大変そうです……」
おしゃべりなシロナのことだ。明日にはとんでもないとこまで変な噂がいきわたっていることだろう。
ゴヨウはため息をついた。
ため息をつきつつ、まだおさまらないこんなにも上がっている心拍数は、本の取り合いのせいだけではない、と、心のどこかで思う。しかしはその原因を追究しようとする思索にゴヨウは慌ててストップをかけた。
後にゴヨウが読んだそのBL小説の続きは、打ち合わせたかのようにこの展開と同じで、ゴヨウは笑えないな、と思うのだった。
もう二度と、BL小説なんて読まないと心に誓う。
そしてリーグはウワサを面白がった女性トレーナー達でその後毎日のように挑戦者が途切れず、結果、ゴヨウはBL小説どころかほかの小説を読む暇もないくらい忙しくなるのだった。
END
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