姫君の妄想

ドラゴンクエストTの小説を読むゴヨウ。
多少ゲーム内容のネタバレになってるかもしれない。


――とらわれの姫の居場所は大体見当がついている。
勇者は掲げたたいまつに照らし出された大きな鉄の扉を見上げた――

恋をするとそれが読書に露骨に影響してしまうことが、ゴヨウにはよくある。ゴヨウはほとんど読書中毒だから、文章の本質を邪魔するそういうことがあるのはちょっと困るのだが、恋は生理現象だからしょうがない。
ゴヨウは今、恋をしていて、そして読書をしていた。
その本、とあるRPGのノベライズ……最近ゴヨウはレトロなそのゲームを思い出したように始めて、さっとクリアし、そういえば小説化されたものがあったなと思い出してそうして今そのゲームの小説を読んでいる。これがなかなか面白い。
ゲームの小説化は当たりはずれが激しいものだが、これは当たり。
だがしかし……。
困ったな、とゴヨウは思った。
小説の情景を思い描くときに、最近見た映像の人物や、ごく近くにいる人が登場人物に当てられることはよくあることだ。それで今回は、と言うか今回も、なのだが、このRPGの主人公には最近割りとよく近くにいる人のイメージが、あまりに自然に当てられた。
この主人公、……つまりゲームの主人公の勇者に、絶対合わないはずなのに姿を当ててしまった。
その人物は、オーバ。
「これはないよなあ……」
こういうところにすぐに本音のようなものが出てしまう自分にうんざりする。
ゴヨウは、オーバに思いを寄せているのだった。
熱烈な恋、と言うわけではない。でも、気になっている。暇なときはオーバのことを考えているし、彼が近くにいればなんだかどきどきする。
そんなわけで、今一番気に入っている人物が主人公に当てられて、結果、勇者はオーバになったのだった。
まあしかたない。一度当てられてしまったのだからイメージ修正は難しいし、それでもこの小説は読んでおきたいからこのままオーバで行くことにしようと思った。この世界観に似合わない赤いアフロなんてものは兜の中に隠して……よし、何とかなりそうだ。
なんだ、アフロ隠すとそれはそれで男前じゃないか、とここに来て気付く。
そうしてまた少し、ゴヨウはオーバに惚れてしまう。
そんなこんなで、恋の心も織り交ぜつつ、ゴヨウの読むRPGノベライズ――ドラゴンクエストT――の物語は進む。

…………


旅立った土地からリムルダールの街のあるの大陸へと渡る手段といえば、今は二つの大陸の地下に掘られた古い通路を通ってゆくしかない。そこは今は沼の洞窟と呼ばれている。
運河を船で渡るなんて手段は海にまで魔物がはびこりだしたとうの昔に人々に諦められてしまっている。地下のその道にも魔物は出るから、実質ほとんど大陸間の人の行き来はないことになる。
そんな地下道を、竜王を倒す手段を求めて世界を旅する勇者は必要に駆られて何回か通ってきた。
その何回かの中で、気になっていたことが。
この通路はもともとはちゃんとした一本道だったらしいが、どういうわけか、いくつも枝分かれしている。
枝分かれしたその道の先に、オーバはひとつ、不可解な扉があることを知っていた。
一番最初にこの通路を通った時、さんざんさまよった先で見つけたひとつの扉だった。そのときはこの世の扉を開けるカギのこともよく分からず、結局開かなかったその扉をあまり疑問にも思わなかったが、その扉のことが、今更ながらに気になるのだった。

どこか……あれはガライの街の人だったか、が、言っていた。
「あの日ラダトームの城を襲った魔物たちはその後、城の東へと向かった」
それからこれはどこの誰が言っていた言葉かは忘れたが、記憶に残っている。
「沼地の洞窟の奥で、確かに女性の声を聞いた」
そして、旅人達の疑問。
「あの洞窟の奥の、扉はいつからあったのか、そしてあれは何なのだろう」

この扉は何なのだろう。
地下通路の奥、いかつい鉄の扉に面してオーバは思った。
何となく、予想はついている。オーバには確信がある。
そのむこうには、ラダトームの、さらわれた姫がいるのではないか……?
自分の中の何がそう告げるのか分からない。でも、勇者オーバはラダトームの姫を求めていた。
もともと惹かれあうようなシステムなのだろうか……。何故か分からない。でも、オーバにはラダトームの姫が必要で、それは同時にこの世界の平和のためにも必要なことのように思われた。
そしてオーバは、その必要な姫の居場所の予感を掴んだ。
ここにいる気がする。
オーバは沼地の洞窟の奥、扉の前に立ち尽くして思う。
手にはこの世の全ての戸を開ける魔法のカギがあった。
世界を旅してやっと手に入れた、閉ざされた扉を開けるアイテムだった。
腰の道具袋の中の魔法のカギをひとつ、取り出す。これは使うと壊れてしまう、不完全なカギ。だが、これでも最先端の技術だ。これによって、目の前の開けられない扉をも開くことが出来るはず。
勇者オーバは魔法のカギを手に取り、扉の鍵穴に差し込んだ。

ガシャンと、音がしてカギが開き、手の中の魔法のカギは力を使い果たしたように砕け散った。
緊張感が、高まった。オーバのカンが、その向こうに息を潜める何か大きなものの存在を予感する。……剣の柄に手をやりつつ、オーバは扉に手をかけた。

扉が開く。

その先に待ち構えていたのは、予想していた通り、その部屋を守るもの――緑の美しい鱗を最上の鎧とする魔物、ドラゴン――
あっ、と思ったときには息つく暇もなく、その口が大きく開かれ、ためらいもなく灼熱の炎が吐き出されてオーバを襲った。
「うあっ!」
左腕をあわててつきだせば、装備した水鏡の盾がドラゴンの炎を左右に裂き、内のオーバを守った。
その避けた炎の奥から、何かがキラリと光って迫る……幾度となく重ねられた戦いの経験から、オーバが右手に持った剣を無造作に突き出すと、ガキイっと鈍い衝撃があった。
吹き出す炎がやんで、見ればドラゴンの鋭いツメと自分の鋼の剣が交わって火花を散らしている。
強力な、力だ……炎を防ぐ必要のなくなった左手を急いで剣に添え、懇親の力でツメの押す力にオーバは堪えた。しかし、それも一瞬のこと。
ドラゴンのツメがさして造作もなく横にひねる動きを見せると、オーバの鋼の剣はまるでガラスか何かのようにはかなくパキンとへし折れた。
「あっ!」
折れた剣を唖然として見つめるオーバに容赦なく、ドラゴンがふたたび炎を吐きつける。
オーバは一瞬炎の熱気をくらい、あわてて盾で防ぎつつ後退した。
「なんて強さだ、敵わない!」
「……だれ……?」
その時。
ドラゴンの向こうで奥で、声がした。この戦いの場にはおおよそふさわしくない、それは透き通るような清らかな声だ。
オーバは炎に撒かれつつ、はっと視線を上げた。目の前にはまばゆいばかりの灼熱の炎。その向こうに炎を吐き出す主、鮮やかな緑のドラゴン。そして、その向こうには……

読んでいた文字の並びからゴヨウはハッと視線を上げた。
今……?
確かに炎に撒かれながら視線を上げた勇者の強い瞳と、目があった。
勇者の瞳が自分を見た。
読んでいつつ、いつしか自分の視点が移動していたことにゴヨウは気付いた。いつのまにか、場面のアングルが変わっている。
そこは、ドラゴンが守る内側。自分の視野には四方を囲まれた狭い洞窟の壁があり、その一方を塞ぐドラゴン……その先に、炎にまかれる勇者。

勇者は自分の姿を認めるとその目を細め、叫ぶ。
「……ラダトームの姫かっ……?」
「そ、そう。あなたは?」
「勇者。あなたを、助けにきた!」
ドラゴンの炎の轟音の向こうから、オーバの声は思いを乗せてわずかに、けれど確かに強く届いた。
「待っていてください……今は敵わない、でも、いつか、必ずお救いいたします……!」
その声は長らく閉じ込められて絶望の淵にいた姫の心をわしづかみにした。
「いつか、かならず……!」
盾で防ぎきれない炎に苦戦しつつ、それだけ叫んで、武器を失ったオーバは後退した。
炎の中のその姿が、小さくなる。ドラゴンの強いひと吹きの息と供に、勇者は外に追いやられ、同時に重い扉がバタンと閉じた。


そこでゴヨウはふたたび視線を上げた。
ゴヨウの心臓は、どくどくと高鳴っていた。
久しぶりに不思議なほど物語にもぐっていた。それも、かつてない感覚。視点が移動して、語られていない登場人物の視点へシフトした。
自分は確かにローザ姫だった。
なんて配役――恋から起こる自分の想像力は、いくらかの文章を使ってこんなにも巧みに、ヒーロー(オーバ)とヒロイン(自分)の出会いの場を魅せてしまうものか。

はあ、と深く潜った物語世界からの息継ぎのように溜息をひとつ。
――挑戦者はまだ来ない。ゴヨウは高鳴る鼓動も収まらないままに読書を再開した。

END


 

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