ひさしぶり。

センリ×アダン。


久しぶりに会った、目の前の男、センリはまえよりいくらも年をとって……というよりは貫禄をつけて、少し低くなったように思える声で話しかけた。
「まだ、一人身でいたのか」
「ええ、まあ。私に結婚は無理ですよ」
アダンはふ、と笑って答えた。


ジョウトにいたセンリはこのたびジムリーダー就任と言うことでこのホウエンへと移り住むことになった。何の巡り合わせか、アダンが最近ふたたびジムリーダーを勤め始めたこの地に。
そうして久しぶりに会ったアダンとセンリの二人。
センリが家庭を持ったときに関係を切って、それっきり、アダンの方から全てを拒んで合わないようにしていたのだから、もうずいぶんな長い時を会っていなかったことになる。
アダンはその時間の長さを、想おうとしてやめた。長かったような、短かったような…それでいいじゃないか、と。

「……というか、」
その言葉とともにアダンはすぐに笑いを消して、至極まじめな瞳でセンリを見つめなおす。
アダンのまじめな瞳が向けられる相手というのも、それを受け止めることができるのも、おそらくこの世でただ一人、センリだけだった。
だから、普段は心を見透かせないような深い色で物事を静かに見つめているアダンの瞳が、まっすぐ向けられた時にだけ海の底のような美しい青を帯びているのを見せるのを知るのはセンリしかいない。
「なにを考えて、あなたはそんな言葉を私に向かって言うのですか。まだ一人身で、などと」
「……すまない」
小さく謝罪の言葉をつぶやくセンリは、先の言葉をおもわず、と言った感じで言ってしまったのだった。
本来ならばもうそろそろ身を固めるべき年に、目の前の男は安易に落ち着いてしまいもせずにいまだ持て余すほどの色気を帯びたまま。所帯を持ち、落ち着いてしまったせいでここ何年かでぐぐっと年をとった自分と正反対に、アダンはあのころとほとんど変わらぬ精神、姿を保っていた。
うらやましく思う。自分がとった選択はまちがっていたのかと思ってしまう。
だけど、しょせん自分はただのしがない小市民でしかないのだ。
彼のように特殊な生き方を貫くことはできなかった。
「あなたと違って、私は女性を愛することはできない。うまく子孫を残せるあなたが、うらやましいですよ」
無意識にも皮肉のような口調で言ってしまっていた口をアダンははっと押さえる。
「……すみません、久しぶりのあなたとの再会で、こんなことをいいたいわけではない……」
うそだ、とアダンは思った。
その皮肉こそ本音。いつだって、自分はセンリに文句ばかり言いたい。
あのころもそうだったし、今だって……。
アダンはセンリにくるりと背を向け、窓辺に立って見るともなく窓の外を眺めた。
自分のうちから聞こえる心臓の鼓動が、確実に速くなっていた。
この恋心、忘れたはずだったのに。久しぶりに会ってみて、もう冷めた恋を確認するはずだったのに。
……甘かった、か。
久しぶりにこうしてセンリにあって向かい合って。いくらか言葉を交わしただけで自分のこの動揺。
枯れた泉が、その枯れていたことも何もかも忘れて再び水をたたえるように、恋の心が蘇ってきて、忘れようとわざわざ置いたこの時間の長さをものともせず。
恋なんて、いくつもしたのに。ついこの間までだって、違う誰かと恋仲にあったというのに。
そんないくつもの誰かとの恋なんてまるでお遊びだったとでも言うように。
どうしようもなくセンリに向けられるアダンの恋心は特別なものだった。
「私と、……世間体や常識なんてくだらないものと。秤にかけて、あなたは私を選んではくれなかった……」
あの時言わなかった言葉が、いまさら。
言うつもりもない言葉が、おさえ切れなくて出てくる。
「……」
「それともあの時秤に掛けられた私の相手は、世間体なんてものではなく、あの女性そのものだったのですか。人の目を気にしてではなく、単にあなたが私よりもあの女性を好きだった、と……」
そうだとしたらもはや絶望的なことだと、思ってアダンは苦しくなってきた心を飲み込むようにして誤魔化す。
いや、むしろそっちの方が諦めが、つくだろうか。
……諦め……。
そんなの、たったいまつけることができないといやがうえにも思い知らされたばかりではないか。
自分の心に精一杯で、アダンは近づいたセンリに気付かなかった。
いきなり後ろから抱きしめられて、おどろいて息を呑む。
「……アダン」
丁度耳の位置に来るセンリの口から呼ばれた名はあの頃と変わらず優しく甘く切なく。
もうずっと忘れていた燃える恋心を簡単に呼び覚ましてアダンの体を熱くさせる。
「……愛のない結婚だとは言わない。でも、それは、あなたと一緒にいるためにどうしても片付けておかなければならなかったことを一つ片付けた、とそういうつもりだった。所帯を持っていれば、世間での役割は果たしたことになる。それで落ち着いてあなたと付き合える、と」
「世間での役割……またそれですか。そのために、あなたは、平気で私以外の誰かを抱く?」
「わかってくれ。あなたのように、自由気ままに恋に生きる、貴族のような生活は私にはできない。それでもあなたを好きな気持ちはやはり変わらない。この空白の時を、私はどうしてもあなたを忘れることができなかった。……まだ好きでいる。アダン、やり直せないのか」
やり直す、の言葉に、アダンは心を抱かれるような心地がした。しかし、すぐに自分の気高い理性がブレーキをかける。
「あなたが妻をもったままで……?」
アダンが聞くとセンリは「ああ」と苦しそうに答えた。
「……いやです。私と恋仲にありながら、あなたが私以外の誰か、それも女性と公式に結ばれているなんて。そして知らないところであなたが私以外の誰かを優しい目で見るなんて、そんなのは嫌です。そんな中途半端な恋、私はいらない」
「その潔癖さ、どうにかならないのか。あなたの、恋にかける誇りは、私といることよりも、大切なのか……!」
センリのアダンを抱く手に力が込められた。
ぎゅっと抱かれる感触。想いを直接行動に移してくるセンリの抱擁に、アダンは一瞬言葉を失った。
そしてかつて、愛し合ったときのように強く求めるセンリの手が服の上からアダンの体をなぞってくる。
「あ……いけない……やめな、さ…い」
その愛撫にすぐに体が熱くなり、反応して、求めてきてしまうのに抗ってアダンはつぶやいた。
「ひどい……なにを考えているのですか、センリ。今の生活を手放す気もないのにわたしの体に触れるなど……」
センリの手がなぞっていくうちに体はすぐに応えた。痺れを伴う快感が、上りあがってきて体の力を抜く。たったこれだけのことで。
情けない、と思ってアダンは唇をかみ締めた。
「……やめなさい」
強くかんだ唇がわずかに切れて、じわりと血の味が舌に広がったところで、アダンは渾身の力でセンリを振りほどいた。
「やめなさい」
「……」
振りほどかれたセンリは、体から離され行き場を失った自分の腕を、ゆっくりと下ろす。
ほんのひと時だけだがアダンを抱いた感覚が、あまりに名残惜しく腕に残った。
苦しさから漏れるため息を吐き出して、センリはふい、と視線を逸らした。
「……無理なのか」
その一言に、センリが諦めようとしてしまっている雰囲気を感じ取って心をズキズキと痛ませながら、小さな声でアダンが「ええ」と答えた。
「身分違いの恋だったのか。あなたは残酷だな。自分で誘っておきながら、恋に落としておきながら、その誇り高さで拒絶する」
アダンの内には色々な言い訳が、そして引き止め、すがる言葉が浮かんだがそのどれも口から出されることはなく。
「ええ」
とだけ答えた。
視線を移さないでいるセンリから、深いため息が聞こえた。
「……久々に合ったところで、いきなり、変なことをしてすまなかった。だが、言っておきたい。私はたぶん、妻を持っていても、その妻との間の子供をどんなに可愛いと思っても、あなたのことを忘れることはできないだろう、と。……失礼。また会う機会があれば」
静かな部屋に、バタン、と背後で戸が閉まる音がした。
その音と同時に心がショックを受けたのを確実に感じて、アダンはどうしようもなくなって窓際にもたれ、小さくセンリの名をつぶやいた。

いつのまにか窓の外は暗くなっていた。

END


戻る

inserted by FC2 system