| ヒョウタとゲン CPじゃなくて、なんとなく二人でいる。
ほぼ書きなぐりのまま。
久しぶりにミオの家に帰ると、そこには父さんはいなくて、代わりにもうちょっと見心地のいい青年がいた。キッチンの方からエプロンで手を拭きながら出てくる。
「ゲンさん、ただいま」
「あ。おかえりヒョウタ君、ひさしぶりだね」
うちの居候、ゲンさん。
彼はずっと昔から、この家に。僕には家族のようなものだった。
いつからだったか…… 彼がこの家に住むようになったのは。
僕の記憶が始まるころからだ。
家には、ゲンさんしかいなかった。その状況に、僕は焦る。
この時間帯なら絶対父さんはいると思った。だから自分にあんな決まりをして帰ってきた……。
トウガンさんはいま、こうてつじまの方にいて、もうすぐ帰ってくるから、今から夕飯作るところ。
そういってまたキッチンの方へ戻っていく。その後を追った。
キッチンにはいって、ゲンさんのやってる作業を覗き込む。
切られた野菜。にんじん、じゃがいも、……。
「……僕も何か、手伝うよ」
「そう? じゃあね、たまねぎ切ってくれるかな」
「わかった」
こうして、ほとんど背の変わらないゲンさんと肩を並べて夕飯のしたくをはじめた。
肩を並べて……。このキッチンは狭い。
料理を作るという口実の元、男二人がこんなに近くにいることに違和感がなかった。
いや、相手がゲンさんだからか?
――父さんはまだ、帰ってこない。
そのことが頭に浮かんだ時に、心臓はどきりと一つ大きく鳴り、そのまま高鳴りだした。
これは、好機じゃないか。
あのこと、を、聞くのに……。
僕はちょっと前から、気になってることがあって。それはゲンさんのことで。
それをどうしても、確かめたいような。
確かめるのが怖いような。……そんな思いを抱えて今回は帰ってきたのだった。
……そうだ、ミオの町に入るときに自分に決めたじゃないか。
もし、父さんがいたらそのまま。
もし、父さんがいなくてゲンさんだけがいたときには、この問いを……
「ヒョウタ君?」
考えてるところに聞かれてそれこそ心臓が飛び出るかと思った。
「なに、ゲンさん」
「どうかしたの、そんな深刻な顔してタマネギと向き合って」
「い、いえ」
疲れてたのに頼んじゃって、悪いねとつぶやき笑って、ゲンさんはまた自分の進めている炒めものの方に戻った。
その光景は、もうずっと前から見てきた光景だった。
――僕が子どもの時から。
子どもの時からゲンさんはいつも……ゲンさんだった。
(姿が、かわらない……)
むかしはあんなに高いと思っていた身長は、いつの間にか僕が追い上げてきている。
昔から、ゲンさんは、あの歳、あの背の高さだ。
変わってないかもしれない、と気付いたのは最近のこと。
小さいころから見てきたその身長、年頃に、ふと気付けばいつのまにか僕の年が、追いついてしまいそうな、背の高さも、同じになりそうな……
追いつく、だって?
ありえない。二人の間の歳の差は、埋まっていてはならないはずのものじゃないか?
でも、いつの間にか僕はゲンさんと同じくらいの歳で、このままでは、それこそ追い越してしまいそうな……そんな気がしてしまう。
追い越す、なんてありえない。なのに、なぜか予感と確信がある。
なんで? 気のせい……?
炭鉱に働く男達の間に、ひとつの伝承のようなものがある。
働きづめで疲れ切ったときに炭鉱の最深部のあたりをうろついていると、カンテラのアカリが一瞬ふうっと、暗くなり、柔らかな笑い声とともに声がかかる。
――お疲れでしょう
と。そして、明るさを取り戻したカンテラを声のした方に向けると、いつからそこにいたのか、この炭鉱に場違いな雰囲気の美しい女性がこちらを見ている。
そこで、返事をしてしまうと取り付かれる。
炭鉱の精霊にとりつかれる。
……と、いっても、何か悪いことが起こるわけではない。
精霊たちは、本当にこの炭鉱と、そこで働く人達のことを大切に思っている。
炭鉱の精霊はここで働く者が疲れきって死んでしまわないように、とりついて、恋人に、あるいは母親となってその者の心を癒す。
ぼくは、ふと、思ったんだ。
いつか、疲れた父さんは、炭鉱の奥で、返事をしてしまったのではないか、と……。
そんな馬鹿な考え。何で唐突に思いついたのか分からない、
だいたい、伝承に出てくるのは美しい女性じゃないか。
ふと視線を上げゲンさんの横顔を盗み見る。そんなわけない。
でも、何故かそんな気がしてしまって……。
それで今回帰ってきたら、確かめてみようか、と。
正気で考えたら、おかしなことなんだけど。
「あのさ……」
と、勇気を振り絞ってひとことつぶやいて、それから、どう切り出せばいいのか良く考えていないことに気付いた。
伝承にはそんな話はなかったけど、雪女のように、そのことをしゃべってしまったら、消えてしまうんじゃないかと、そんな気もした。
聞いてどうしようってんだ。
何だか僕は自分が何を確かめたかったのか、ここに来て良く分からなくなってしまった。
正体がなんだって、ゲンさんはゲンさんじゃないか。
ちがうんだ。確かめたかった、そのことの先。つまり、僕が言いたかったこと、不安に思っていたそのことは……。
「……ゲンさん、いつまでも、いなくならないでね」
そうだ。ゲンさんがなんだってかまわない。
ただ気になるのは、……ずっと、ここに、この家に居てほしい、ということ……。
ある日ふっと消えてしまいそうな彼の雰囲気を、僕はいつだって気にかけていた。不安に思ってたんだ。
ここはもう幸せだから、大丈夫だね、と、消えてしまうのが怖かった。
ゲンさんは不思議そうな顔をして僕を見た。
唐突に、へんなことを言ったものだ。何だか恥かしくなってきたところに、しかし彼は瞳を閉じてただ、ウン、とやさしくうなずく。
「いなくなったりなんか、しないよ」
そうしてこの場は何事もなかったように、唐突に聞かれたその言葉もなかったかのように、いつもの調理の風景へと戻った。
玄関で乱暴に戸の開く音がした。
「おーい、今帰ったぞ、ヒョウタ、来てやがんのかあ」
父さんが帰ってきた。
END
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