桜吹雪さまのサイト「黎明」で3000hitを踏んだ時にリクエストしたダイミク小説。
眠る獅子
階段がある。
下へ下へと長く続く階段だ。
その階段を下りていくと扉がある。
見上げるほどの高さの扉。重く冷たい扉。
その扉の奥に獅子がいる。
「僕はサイユウに行こうと思っている」
唐突に言われた言葉にミクリは少しも驚きを示さなかった。
目じりの少し下がった目をチラリとダイゴに向け「サイユウ…ではリーグ戦に?」と確認するように言っただけで、特に反応はなかった。
ダイゴがジムバッジを8つ揃えただけで満足するような男ではない。
いつか言い出すに決まっている。
そして現実になった。ただそれだけのこと。
驚く理由などありはしない。
「ああ」
低い声で短く返事をしたダイゴは夕焼けに染まった湖を見ていた。
時折 吹く風で揺れる水の動きをジッと見ている。
その目には迷いなど微塵も感じられなかった。
「資格は得た」
……資格。今は見えないがダイゴのスーツの裏につけられたキラキラと輝く8つのバッジ。
それらには傷はない。
そして、重みもない。
ジム戦で勝ってもダイゴはバッジを見せるどころか得たことも言わなかった。
ただ時々、ミクリが「とったのか?」と尋ねると「ああ」と頷くだけだった。
ダイゴにとってバッジは その程度の価値でしかない。
自分の高みへのパスポートでしかないのだ。
常に高い場所を見続ける男。
自信に満ち溢れた男。
「僕は頂点に立つ」
いったい、どこからその自信が溢れてくるのか。
燃える炎のたてがみを持つ獅子。
その目は星の輝きよりも強い光を持ち、その牙はダイヤモンドよりも硬く刀よりも鋭い。
そして その咆哮は雷鳴よりも激しく、大地を震わせる。
金色の体は 一度 姿を見せようものなら荒波が起こり、風を唸らせながら世界を駆け巡る。
そんな獅子が自分の中で眠っている。
そう思っていた。
頂点に立つ。
紡がれた言葉の重さ。
それをダイゴは感じていなかったようだ。
どこからか溢れてくる絶対的な自信。
それが重みを無にしている。
「…まったく、お前のその自信はどこから来るんだ」
苦笑しながら再度自分を見たミクリを、ダイゴは静かに見返し、目を細めて笑った。
不敵と言う言葉が良く似合う笑みだ。
そして笑ったまま指先をゆっくりと自分の胸の真ん中に向けた。
「いるんだよ」
呟いた言葉の意味をダイゴは言おうとはしなかったし、ミクリも訊こうとは思わなかった。
それはミクリがその意味ありげなダイゴの言葉に興味がなかったのではない。
ダイゴが訊いても話さないということを知っていたからだ。
自分の中で勝手に話をつける。
ダイゴがそういう男だということは良く分かっていた。
「そうか」
意味も分からないくせにミクリは納得したように頷いた。
頷いてから、またダイゴを見た。
ダイゴは夕日に背を向けていた。おかげで顔が見えない。
「いつか目を覚ます」
また妙なことをダイゴが言った。ミクリは義務的に「そうか」と頷いた。
それからダイゴの背後にある夕日が変に眩しくて目を細める。
視界に映ったダイゴの指に はめられた傷のない鋼の指輪が、見事な茜に染まっているのが妙に美しく見えた。
階段を下りた先に扉がある。
見上げるほどの高さの扉。重くて冷たい扉。
その扉の奥に眠っているのは金色の獅子。
そいつを起こすために扉を叩く。
さぁ、目を覚ませ黄金の獅子よ。
その牙はどこまで貫くことができるのか。
その雷鳴はどこまで響くのか。早く目を覚ましておくれ。
目を覚まして世界を引っくり返してやろうじゃないか。
「どうだい」
白いマントは あまりダイゴには似合っていなかった。
だが、チャンピオンの台座は良く似合っていた。
「自意識過剰の人間にはふさわしい」と皮肉を言ったミクリにダイゴは「そうかもしれない」と笑った。
そして、「じゃぁ お前も似合うだろう」と口の端をあげて言った。
あまり笑えない返し方だった。
「お前の夢が叶ったな」
つまらない皮肉のお返しをミクリは聞かなかったかのようにダイゴに笑いかける。
ダイゴも少し笑った。だが、その顔に満足した様子は見られなかった。
どちらかというと空虚のある顔だった。
感情は読み取れなかった。
だが、その顔を見てミクリは こう思った。
ああ、お前は ここよりも高い場所を見ているのかと。
獅子を起こそうと扉を叩く。
冷たくて重い扉は叩くたびに鈍く震え濁った音を出した。
まるで煩悩を払う鐘のような音だ。
響く音は止まらない。
今すぐにでも獅子を目覚めさせたい一心で扉を叩く。
やがて扉を叩く手が血まみれになった頃、ようやくギィ…と扉が開いた。
「…頼む」
差し出されたマントの意味を最初、冗談だと思った。
「どういう意味だ」
綺麗にたたまれたマント。
あまりダイゴには似合っていなかったマント。
冗談のつもりで「誰かに似合わないと言われたのか」と尋ねたら、ダイゴは苦笑した。
「笑えないな」と一言だけ言って。
それは、昔のように自信に満ちたものではなく、どこか喪失感のある笑みだった。
ダイゴがチャンピオンになり、ミクリが夢が叶ったな…と言った時。
あの時に見た笑みに似ていたが、こちらの方が深刻のように見えた。
失望に包まれた笑み。
「理由は?」
下を向いたまま、理由も話そうとしないダイゴにミクリは少しだけ怒気を含んだ声で尋ねる。
多くは語らず、自分の中だけで話をつけるダイゴ。
悪い癖だ。
何の相談もなしに全部決める。
フツフツと湧き上がる怒りをミクリは無理矢理
押さえ込む。
こいつは そういう男だ。そう何度も自分に言い聞かせる。
だが、同時に湧き上がる思考。
やはりホウエンの頂点に立っても尚、満足できなかったのか。
どこまで向かえば気が済むんだ。
ギリギリと噛んでいた唇から、少しだけ息を吸おうとしてミクリは口を開けた。
息を吸うつもりだけだったのに、自然と怒りが口からもれた。
「お前が捨てたものを私に拾えというのか」
言ってから、しまった…と思ったが遅かった。
ダイゴは、ゆっくりと顔を上げる。
ミクリの怒りに揺れる目を見て、「違うんだ」と弱々しく首を横に振った。
マントを差し出してきたダイゴの手に
はめられた鋼の指輪は傷だらけでキラリとも光はしない。
こんなときなのに、ミクリはふと指輪がかつて茜色に綺麗に染まったことを思い出した。
あの時のダイゴと今のダイゴは対照的だ。
何がどうなってしまったのだろうとダイゴの顔を見ていると、その唇が静かに開かれて言った。
ただ一言。
軋みながら開いた扉の奥。
暗い部屋。
そこは広く、真ん中だけ光が当たっていた。
まるで人生を照らすように光が降り注いでいた。
だが………
「いなかったんだ」
ダイゴが姿を消した。
元々、突然居なくなるような男だったのでミクリも心配はしていなかった。
むしろチャンピオンの座をミクリに押し付け、自分は好きなようにホウエンを駆け回っているということを理不尽に思っているくらいだ。
たまに顔を出したかと思えば、ろくに話もせずに帰っていく。
無駄にあちこち歩き回るせいで、当時チャンピオンだった頃よりも遥かに強くなっている。
最近、熱を込めているのがリュウセイの滝と呼ばれる場所だそうで、熱心にグランメテオがどうとか言っていた。
内容は忘れた。
専門的なことを言っていたことは覚えているが、あまりにも入れ込んでいる話だったから聞き流してしまった。
ダイゴも聞いてもらうつもりもないようだった。
ただ嬉しさを話したかっただけなのだろう。
「いい加減に本来の場所に戻れ」と言ったミクリにダイゴは「僕にはそのマントは似合わないな」と真顔で言った。
「そのマントは自意識過剰な人間に似合っている」と、昔
ミクリの言った皮肉をそのまま使って、からかうように笑った。
その笑顔にチャンピオンの座を自ら降りたときに見せた喪失感はなかった。
昔ほどではないが、自信も溢れている。
結局、ダイゴの言っていた 『いる、いない』の話が何だったのかミクリには分からない。
分からないが、気にならなかった。
気にしたところでどうしようもないし、今のダイゴは楽しそうだ。
あの時のように喪失に追いつめられたような顔はしてはいない。
ミクリは目に見えるそれで十分だと思っている。
それに何よりミクリ自身、時期になると集まるリーグ挑戦者を相手にするのも楽しかった。
「次はムロの…うん、石の洞窟が良い」
来て早々、もてなしで出した紅茶も一口しか口にしないままダイゴは立ち上がった。
「じゃぁ」と、言いながら、軽く手を挙げ背を向けたダイゴ。
去り際に「紅茶はストレートならアッサムよりダージリンだ」と言っていた。
指に はめられた傷だらけの鋼の指輪。
それは日の光の中で、鈍くはあったが確かにキラリと光っていた。
その背を見送りながら、ミクリは1人で紅茶の香りを楽しむ。
次にダイゴが来た時も、アッサムを出してやろうと思いながら。
眠れる獅子。炎のたてがみに星のように輝く目。
刀のような牙。雷鳴の咆哮。金色の体。
それら全て空想だと分かったのは、あの時。
獅子が目覚め、何かが変わると信じて頂点に立ち、その台座に座った時。
何かが変わると思っていた。
だが何も変わらなかった。
開けた扉の先に獅子はいない。
あるのは天井から降り注ぐ光だけ。
それでも今は、光の中で立つ自分を見つけた。
だいぶ想像と違っていたが、そいつが獅子だと分かったのは、つい最近の話。
……………………………………………………
これは……ちょっとすごい。テーマが、うまく組み込まれていて、完成度が高い。
本当はユウキとルビー中心のサイト様なのにダメ元でダイミクリクエストしてみた甲斐があったというもの。
こういう文章は、ほんとかっこよくってよく出来ていて、憧れます。
ダイユウでお気に入りのサイト桜吹雪さまの「黎明」より。
戻る