会議の後で

ちょっと前に書いたセンリ×ミクリ。
冗談でポケモンサーチのノベルコンテストに変なCPで出そうと書いてみて、冗談でも出さなくてよかったと思ったもの。


「きょうはどうもすみませんね。わざわざ残っていただいて」
書類をまとめながらミクリがセンリの方を振り向いた。

さっきまでジムリーダー会議が開かれていた広い部屋には、今はミクリとセンリの二人だけが残っていた。
センリは窓辺に立って、雨ふる窓の外を眺めている。
「ああ」と、窓に映ったミクリに目をうつし、センリは無愛想にも聞こえる声でそれだけ言った。
「おかげで助かりましたよ。あ……今、お茶でもいれてきますね。それくらいの時間はありますよね」
その声の持つ相手を引き込むような優しい雰囲気につられるように「ああ」とふたたび答えたセンリにミクリは微笑んで、ちょっとまってて下さいね、と部屋をでていく。
ぱたん、と戸が閉まる。

数秒後、雨の音が響く広い部屋の窓辺に寄りかかって、センリはひとり溜め息をついていた。

今日は、ジムリーダーの会議で、その会議が終わった後でミクリに呼び止められた。
トウカジムの近くでラルトスが出るというのだが、そのことについて、情報があればほしいというのだ。
ラルトスについてはちょっと前にミツルが捕まえたと聞いたときから気になっていたので自分で調べたからデータはある。そう言った自分に少し話を聞きたいといったミクリにうなづいて、ついさっきまでそのことについて情報を提供していた。
それがひと段落ついて。

そこで、雨がこれより強くなるかも知れないからと、ひとこと断ればよかったのだ……。
そう思い、センリはらしくもなく、弱めのため息をひとつつく。
そうしなかったのは、一瞬の判断まちがいだったのか。
それとも。
ともかくセンリは雨ふる窓のそとを眺めた。
外はもう暗くなっていて、黒い背景の窓ガラスが複雑な表情のセンリを映す。
紅茶を、一杯飲んでかえる。ただそれだけのことだ。


ミクリはティーセットをもってすぐにもどってきた。

「ちょうどいい葉があったんですよ」
机の上で二人分のカップに湯を注いで暖めて……
慣れた手つきで手早く紅茶の用意をすると、まだ窓辺で外を見たままのセンリの元へ、もってくる。
「どうぞ」
シャレたデザインのカップをセンリにさしだした。
センリは柔らかな雰囲気で微笑むミクリの顔を見て、視線をティーカップを持つ白い手にうつして…それから手を伸ばしてカップをうけ取った。
ミクリは反対の手に自分のカップも持ってきていて、大きめの窓を間にはさんだ反対側のところでセンリのように壁に寄りかかり、カップを傾けて紅茶をこくんと飲んだ。
一つの窓の右端と左端に、二人はそれぞれ落ち着いた。
「雨、やみませんね」
「ああ」
センリもカップを傾け、静かに紅茶を飲み始めた。
どうやら紅茶を出したことに不満のなさそうなセンリの様子を伺って、ミクリはほっと胸をなでおろす。

トウカジムのジムリーダー、センリの心は難しい。
いつもしかめ面をしている彼がなにを考えているのかを読み取ることの難しさは他のジムリーダーたちの比ではない。
「この紅茶、うまいな」
だから、つぶやくように言ったその言葉に、うれしくなってミクリは思わず微笑んでいだ。
「そうでしょう? アダン師匠が送ってくれたちょっとほかじゃ手に入らない高級のダージリンなんです。センリさんの口に合ってよかったですよ」
「ふうん。紅茶って、うまいものなんだな」
よかった、とミクリは言って、それからしばらく言葉もなく二人は一つの窓をはさんだ両側でただ紅茶を飲んでいた。

雨が強く降っている。

何か話題をふろうかと思考をめぐらしたミクリだが、すぐにまあいいか、と考えるのをやめてしまった。
ふつうなら相手にあった話題を探し出し、楽しませようとするのだが、センリにはよけいな話題をふるよりこうしてだまっていたほうがよさそうだと判断した。
だが、それで、ふしぎと気まずくなかった。
ミクリはあれ? と思う。

沈黙でもいいのか……。

ミクリはこくんと紅茶を飲んだ。
誰かと喋りながらの紅茶もおいしいが、こうしてだまって誰かと飲む紅茶は意外なほどおいしく感じる。
センリといる無言のこの雰囲気は何故か不思議と心地よかった。
喋ってなくても、相手のための次の言葉を必死に捜さなくてもいいというのはなんて楽なんだろうとここで初めてミクリは思った。自分はいつも、そんなことにばかり必死になっていた気がした。
沈黙が気まずくない雰囲気をセンリは出していて、それがミクリには楽で意外だった。
ミクリは誰のためでもなく微笑んで、おいしい紅茶をこくんと飲む。
こういうかたちのくつろぎは初めて味わった気がする。
それがどこか苦手と思っていたセンリとだなんて。ミクリには意外なことだった。

「そういえば……」
と、ごく自然にミクリがつぶやいた。
「センリさん、なにか、つらいことでもおありですか」
耳障りな雨の音をくるみこむような柔らかな声が静かな部屋に響く。
「ん?」
「いえ、気のせいならいいんですけどね。会議の途中から、ずっとためいきついてたでしょう。どうしたのかな、と少し気になっていたものですから」
ミクリはむかいの壁の方をみやっていた。
「ジムリーダー達のリーダーという役割も、大変なものだな。そうやって一人一人の個人的な精神状態まで注意を向けているのか」
呆れた口調で言われるのかと思いきや、その言葉は単に驚いた、という響きを持つものだった。
「いえ、リーダーがどうのというまえに、これはわたしのクセ……というか、お節介なこころなんですけどね」
ミクリはやはり向かいの壁を見たまま苦笑いした。
お節介、なのだろう。常に周りに気を配っている。そして誰かがちょっと悩んでいるようなそぶりを見せると、心配になってついつい声をかけてしまう。そして大抵は聞いてみると「実は……」といって相談を持ちかけてきてくれる。
でも……それは聞かれたからにはいわなくてはなと、相手側がかえって自分に気を使ってのことかもしれなかった。
そうは思ってもやっぱり周りに気をめぐらしている。気になるとついつい声をかける。
ほっといてくれ、という心境なのかもしれないけど……。
クセ、のようなものだった。
本当はお節介を焼かれたいのは自分なのかもしれない。誰かにしつこく聞かれたら、その心に答えるため、と自分にいって、悩みを打ち明けられる……。
いや、いまのところ、自分には悩みなんてものはないはずだった。
「……疲れないか」
「えっ?」
急にセンリがつぶいた言葉になぜだか、どきっとした。
疲れ……ているはずはないのだが。今の笑い方はそんなふうに見えただろうか。
センリの方に視線を移すと、いつからかセンリはこちらを見ていた。生真面目な瞳に、じっと見つめられて、またもやどきっとしてしまう。
ミクリはさっとその視線から逃れた。
「あんまり、疲れたと思うことってないんですよ」
また、向かいの壁の方を見やってミクリは言った。
「そうか。ならいいんだが」
気遣ってくれたのだろうか。
ミクリはなんだか不思議な気がした。
なんて絶妙のタイミングで聞いてくるのだろう。一瞬、自分は本当は疲れているのでは、と疑ってしまった。
それから、ミクリはふっとカップの少し残る紅茶に映った自分を見た。
カップの中の美人は、どこか憂鬱そうな影を落として自分を見据える。普段鏡の中では見たことのない、影と、それから妙な色気を放って自分を見ていた。
自分は今、こんな表情をしているのだろうか……
影なんて見せてしまっているのも意外だったが、何よりこの自分の表情がやけに色っぽい表情をしているのは何故なんだろう。
考えるより早く、ミクリは残りの紅茶を口へと運んでいた。
ミクリは飲み干してしまったカップを窓の縁にカチャリと置いた。
センリもいつのまにか紅茶を飲み干してカップがそこに置いてあった。
あ、紅茶を飲み終わってしまったな、とミクリは思う。急に雨の音が強くなったような気がする。
紅茶を飲み終わったら、ここにこうしている理由が、なくなってしまう……
ミクリはそうぼんやり考えた。
センリと二人でいるこの雰囲気は居心地がよくて、なんだかもう少し、このままでいたいのだけど。
飲み終わってからも、センリはその場を動こうとはしなかった。
そのことに、ほっとする。とともに、少しの焦りがミクリを襲った。
センリがここで、「それじゃ、これで」と切り出したら、今はもう、引き止める理由がない。
「お代わり、いれてきましょうか……」
ミクリが、センリのカップに手をのばす。
しかしその手が、カップを掴む前に阻まれた。……センリの手に。
「えっ?」
センリの手が、空中でミクリの手を捕らえたのだった。
はっとしてミクリが顔を上げると、自分を見つめるセンリの瞳と視線が交わった。
「……?」
「さっき、つらいことが、と聞かれたが……」
ミクリの手はセンリの手に、しっかりとにぎられていた。
その手は大きくて、優しくあたたかい。
ミクリは言葉が紡ぎだせず、緊張したままただまばたきでうなずく。
心臓が、早鐘のようになっていた。
センリの目が誠実に、まっすぐに、ただ自分だけを見つめる。息が止まるような瞬間。
瞳の中に映る自分は、さっきの紅茶に映っていた自分と同じ。少し翳りを帯びて、妙に色っぽい表情をしている……
そのまま手が引かれて、ぐい、と抱き寄せられた。
気が付くとミクリはしなやかな腕と、たくましい胸に、抱き締められていた。
ミクリは息を呑む。
「その、つらいこととはこのことだ。かなわない恋に身を焦がしている。好きだ、ミクリ」
強く抱き締められ、ミクリは耳許で切なく愛を告げられた。
ぞくりと背筋を電流のようなものが走る。
それと同時に今の言葉と、感情のままの熱い抱擁に身体の芯が甘く痺れていく。
いけない、と思い、とっさに体に回された腕から逃れようとしたが、力が入らなかった。
「せ……センリさん、なにを言ってるんですか。わたしは……おとこですよ」
 かすれる声でなんとか言った。
「知っている」
「それに……あなたには妻も、子供も……」
「わかってる」
センリは抱擁をとき、両手で両肩をつかんで少し離してミクリを見つめた。
「わかっているんだ」
両方の肩にかかった大きな手が、熱い。
注がれるまなざしも、熱い。
今、自分がどんな表情でセンリを見上げているか、わかっていた。
言っていることと矛盾して、これ以上ないくらいの色目で見上げてしまっているのを知っている。
多分、さっきの紅茶に映っていた自分の比ではない。
何か言おうとしたミクリの口が、センリの唇で閉ざされた。
「ん……」
薄く乾いた唇の与えるキスの、やたらとやさしくて上手いことにミクリは動揺した。
この男のどこに、こんなうまいキスをする繊細な感覚が備わっているというのだろう。
キスはすぐに放され、何も言えなくなってしまったミクリをセンリがただただ見つめる。

いつも回りに張り巡らせている、近づくものを刺すようなあの鋭い気は……
己の鍛錬のことしか興味を持たず、他人の気遣いなんてこれっぽっちもないようなあの態度は……

全てが幻だったように霞んで、ミクリに対してだけは限りなくやさしい、限りなく繊細に気遣われた心が向けられているのだった。
それに気付くと、よけいに心が甘くうずいてしまう。
そっと、手が伸ばされた。
「いつもいつも、疲れたような顔をしている」
やさしく言ったセンリの指がミクリの頬をなぞった。
その仕草の甘い感じにどこかうっとりしてしまいながらミクリは答える。
「私が……?」
「そうだ。本人も、周りの人間も気付かない。でも、心奪われたら、わかってしまった。君が疲れているのは、クセになっているそのお節介と……」
もう一つ、センリは言おうとしてやめた。
なにもわざわざこの場でライバルの名を出すこともあるまい。
ポケモンバトルで、ただ一人、自分が戦って勝てるかどうか自信がない相手。
チャンピオンのダイゴ。
ミクリが彼に心奪われているのだろう事は自分の鋭い感覚には容易に知れた。
ダイゴが、彼ではない誰かを想っていることも。
かなわぬ恋に、身を焦がす。
それはどうやらミクリも同じのようだった。
それが本人も気付かないところでひどくミクリを疲れさせている。

ダイゴにかなわないかもしれないが、今この場に、彼はいない。
何も、完璧に自分に向けられるミクリの心なんて高望みをしているわけではないのだ。
せめて、今だけは。
センリはもういちど、疲れたミクリにやさしく口付けた。
ミクリは抵抗もせず、キスを受け取る。
ミクリの柔らかな唇の感触が、センリに繊細で甘く優しいキスをさせた。この唇に、ふさわしいキスを……。そう思うと、口付けは限りなく甘く優しく、艶っぽくなる。
優しい扱いの、贅沢すぎるキスは心地よい陶酔をまきおこし、ミクリはふうっと瞳を閉じた。

彼は、疲れすぎている。
このキスは……苦痛ではないはず。
好きだと告げたことは、負担にはならないはず……。

だれかが寄せる好意は、ときに負担にもなるが、ときに優しく心を癒す。
癒し、になると信じてセンリはミクリに想いを告げたのだった。
そして、この口付けが与える快楽が、ほんの一瞬でも彼の心を休めるといい。
不快でない、心地よい陶酔をまきおこすくらいのキスをする自信はあった。
唇を離すとミクリは甘いため息をついてセンリにしなだれかかった。

「雨が、強くなった……」
窓辺で、ミクリを抱く自分が映るガラスの、その向こうを目を細めて見つめるセンリがつぶやいた。
「そうですね。これではまだ、帰れない……」
ガラスに映ったセンリに抱かれる自分を見つめながらミクリがぼんやりとつぶやく。

雨は当分やむ気配を見せない。

END


何がしたかったって、
「それに、あなたには妻も、子供も……」「わかってる」
のふたことが書きたかっただけ(笑) 昼ドラっぽくね。
ミクリが受けてりゃなんでもいいのかと聞かれたら、まあそうだと答えるしかない。

ダイゴの想い人は実はユウキで、
ミクリを疲れさせる大元の原因がまさか自分の息子だなんてセンリは夢にも思わない。

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