君のこと、好きだったんだ

ダイミク、ダイゴの避けられない結婚話ですれちがい。


ダイゴがひさしぶりに家を訪れて、私は様子が変だな、と思った。

珍しく何か思いつめたような瞳をして、安っぽく笑わないし、口数も少ない。そもそも連絡もなしにいきなり家に来るなんて。
どうしたんだろう、と思いながらキッチンでコーヒーを入れていると、いきなり後ろから抱きしめられた。
いきなりのことだったので驚いて、思わず手に取っていたコーヒーカップを落としそうになった。
どうしたの、と聞くと泣きつくような声でミクリ、と名を呼ばれる。
あんまりそういう声音を出すのを聞いたことがない。
「なに?」
「ミクリ、すきだよ」
唐突に、少し弱い声のまま耳元に告げられた言葉。すきだなんて、めったに言わないくせに何でわざわざこんなときに脈絡もなく言う?
カップを台において、腰に回されたダイゴの手を解いて、私はダイゴと向き合った。
向き合うと、珍しくも弱気なダイゴの表情と目があった。
何だその覇気のない顔。らしくないじゃないか。
何か言おうとしたところを、「すきだよ」とまた告げられて、そのままキス。
そのキスから切羽詰った心が伝わって心配になった。
唇を離すと、じっと見つめられて、それからまた抱きしめられた。

「ダイゴ……どうしたの。なんか言ってよ」
「結婚、させられてしまう……」
「え?」
抱きしめた腕を解いて、わたしの目をのぞきこんで、
「結婚させられてしまうんだ」
その言葉に、私は……思わず笑った。
なんだ、そんなことか。
私はもっとなにか、取り返しのつかないことを想像してぞっとなっていたというのに。
「何を言い出すかと思えば。結婚? やっとか。
……ははっ、いいかげん、観念して妻を娶ればいいじゃないか」
言ったところをいきなり頬をぱしんと軽くはたかれた。
「……???」
思いもしなかったところにおどろいて、私が頬をおさえて目をぱちくりさせていると、ダイゴは強い瞳できっと私をにらむ。
「わるいが冗談聞いていられる精神状態じゃないんだ」
そういってぐい、と押し付けるようなキスをされる。
「……んっ…」
なんだ、これ、これは、まるで本気のキスみたいじゃないか……。
「……?」
急に少しの不安が、心を掠めた。
そういえば、さっきから、だきしめたり、好きだといったり、キスしたり、普段はあまりしないようなことをされている。
ダイゴとは一応恋人だったがふだん、あまり愛し合うようなことはしなかった。
この関係は、ダイゴの気まぐれ。本気の恋じゃないのだ。
それこそダイゴが今言った結婚までのお遊びだから。
キスもこれで……たしか4回目。ずいぶん長く付き合っているなかで数少ないキスのうちの半分をこの短時間の間に。
ここにきてまるで本当に「あいされている」みたい、だな……。
キスを解かれて私はふう、と熱っぽい息をひとつついた。
「ねえ、分かってるの? 結婚するって意味……」
なおも私の顔を覗き込んで、ダイゴが問う。
「僕が、誰かと結ばれるってことだよ? 今君にしたみたいに相手と唇を合わせるし、跡継ぎが望まれているんだから当然それ以上のこともする…」
つきり、と少し、心が痛んだ。でもそれは想定の範囲内なので大丈夫だ。
私はこのときのために、あんまり好きになり過ぎないようにしていたのだから。
「分かってるけど、君が何を今更焦っているの。そんな……君がいずれ結婚しなきゃいけないことぐらい、わかりきってたことでしょ……でもそうか。私との恋人の関係もここで終わりか……ちょっと、淋しくなるね」
言うと再びぱしんとはたかれた。
「……なにすんだ!」
さすがに声を上げた。
ダイゴが何でそんなに動揺しているのか私はよく分からなかった。確かにああ、終わりのときが来てしまったんだな、と少し寂しくなるけど。私がそれで悲しくなりはすれ、ダイゴ自身がそんなに動揺しているなんておかしい。
頬をぶたれたことに怒りつつもなんだか不思議な顔をしていると、ダイゴが疑いのまなざしで私を見た。
「ミクリ……僕のこと、もしかしてあまり好きじゃなかった?」
そんなこと聞かれるなんて。
「そんなことはないけど……」
わたしは、好きだよ。
「じゃあ、なんでそんなに平然としていられるんだ。僕がだれかと結婚してもいいの?」

僕が誰かと結婚してもいいの……?
はは、今更何を言って……る……ん?

その言葉に、ふと、疑問がうかんだ。
結婚しても……。
「え?」
どうして、ダイゴがそんなこと私に聞くんだ?
あれ、もしかして、私は、いままでものすごい間違いを……していたかもしれない……?
自分自身の勘違いの可能性に気付いて、私は急に足元を掬われたような感覚がした。
一瞬にして心が焦りだしてあたまがぐらぐらした。
「だ、ダイゴ……きみ……もしかして、いや、変なこと聞くかも知れないけど……私の事、本気で愛していてくれていたの……?」
声が震えた。
「は……? それ、どういう意味? 何を今更……」
もちろん、誰よりも、本気で君を愛してるに決まってるじゃないか。
告げられた言葉に、頭をがん、と何かで打たれたような衝撃を受けた。
まさか、それじゃあ、わたしのとんでもない思い込みだ。
「ミクリは僕のこと、本気で愛してくれていなかったのか……?」
聞かれた言葉に、私は。
「ああ……」 と、思わず放心状態で本音を答えていた。
「えっ?」
ダイゴが驚いた顔をする。無理もない、本気で愛していてくれたって言うのなら。
まって、そうだとしたら、この状況は……かなり深刻なシーンだ……
今までの思い違いを考え直す、思考が追いつかない。
「そう、私……本気で恋をしていなかったんだ。いままでとんでもない思い込みを……」
ダイゴが、本気で、私を愛していてくれただって……?
どうしようもなく心臓がドキドキ鳴り出すのを体のうちに聞いた。それから、こころが溶かされたようになっていくのを。
「ミクリ……?」
不思議そうな目をして、伸ばしたダイゴの手がわたしの頬に触れる。
恋の心が敏感に感じ取ってびく、と体が反応した。
何を感じているの。今更、……だ。
なにか言葉を告げようとする、唇が震える。
「私は、ずっと、……ダイゴが本気ではないと思ってた、んだ」
「え?」
だって、と、わたしは続ける。
「デボンの一人息子としてダイゴがいずれは結婚しなければならないのは避けられないことでしょう?  それを分かった上で君が持ちかけたこの関係は、君のちょっとしたお遊びだと……のめり込んだりしてはこの後に確実に来るであろう君の結婚の時の別れがつらくなるから、決して本気にはならない恋愛だと思っていた……思い込んでいた、だから私も本気にならないようにしていた、それなのに……」
私は額を押さえた。
「ほんきだったのか……馬鹿か」
「ば、バカだって??」
「だって、そうじゃないか!! 君は、いずれ結婚しなきゃなんないだろ、それなのに、分かっているのにここにきて誰かを愛するなんてバカだよ、何やってんだ、なんで私なんだバカ……終わりがわかってる恋に、巻き込むなよ……っ」
本気にならないように気をつけていたのに……苦労していたのに!
どうしてこんな展開に?
私にとってダイゴは理想だ。本当なら心から憧れて、どうしようもなく恋してしまう相手。
そんな相手から持ちかけられた恋に、それがお遊びだと思ったって私は舞い上がって、同時に舞い上がっちゃいけないと心押し込めた。
結婚する時につらくならないようにって事前に予防線張ってたのに。
ダイゴはそんな心配もせず、ただ心のままに私を口説いて、考えもせず恋に落として……?
いまさら、結婚させられてしまう、どうしようだって??
冗談じゃない、かってにしろ。
「悪いけど私は、ダイゴがお遊びでやってるんだと思ってたからずっと本気じゃなかったし、今も本気じゃない」
「なっ……」
「ここで、終わりにしよう。結婚、ちゃんとしなよ。そんな立場に生まれついたことを同情はするけど、それを分かった上でコントロールできずに恋なんかしてるのは感心しない。……早く、諦め知って大人になりなよ」
「じゃあ、ずっと僕は片思いのままだったっていうのか……」
心をかばうように、ダイゴが胸を抑えてつぶやく。
あ……やめて。それ以上何も言うんじゃない。
そう思う心も知らず、ダイゴのくそ真面目な、真摯な瞳が私を見て言う。
「君の事、すごく好きだったんだ。思いを受け止めてもらえて本当に幸せだったのに、ひとりで舞い上がって、僕はまだ、片思いのまま、だったのか……」
3秒、ただ黙った。そのあと、これが最後だ……とダイゴはつぶやいて、わたしの腰をさらい、ぎゅ、と抱きしめた。
「本気じゃなくたって、ほんとに恋人みたいで楽しかった。結婚前の、至福のときだった……ありがとう、ミクリ」
さっと離して、わたしの顔を覗き込んで、ダイゴはにこ、と笑った。もう心は整理がついてしまっているのだろうか。そんなにすぐに心の整理がつくから、そう簡単に私に恋したんだろうか。
整理のつかない私ばかりが慎重で、それでも失敗して。なんだこれ。納得いかない……。
「それじゃ……結婚式には呼ぶ」
「……」
ダイゴがここからそう遠くない玄関の戸をあけて、それだけ言って出て行く。
それを、ぼんやりしながらただ眺めた。
バタンと戸が閉まる。
「あ……ちがう。わたしも、ほんとは好きだった……」
静かになった部屋に、やけに嘘っぽく、むなしくその言葉が響いた。
何でその言葉を、一分でも早くに言わない。
わたしは呆然として、立ち尽くしたまま。
扉を開けて、言えばいいじゃないか。早く駆け出して、引き止めるんだ。
ここで言わなきゃダイゴは……
でも、
結局私は立ち尽くしているだけだった。

END


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