恋の10年

アダ←ミク、ダイミク(?)、ダイユウ……好きなCP無理矢理詰め込んだ話。

前半/後半


「ししょう、師匠?」
「ん? なんだい? ミクリ」
それはミクリがホウエンのチャンピオンになってから少し経った、ある夜のこと。
いつものようにアダンとミクリは夕食をとった後、アダンの部屋でくつろいで少し、お酒を飲んでいた。
いつものように。……しかしミクリは食事中、どこか思いつめた瞳をして言葉数が少ない。それは食事が終わった今も同じで、ようやく今の一言でアダンに向き合ったといった感じだった。
そこでミクリが告げた言葉は……。
「ししょう、好きです……」
ミクリが言った言葉にアダンは笑って、私も好きだよ、とかえす。
ミクリは首を振った。
「ちがうんです。そういうのじゃなくて……家族とか、師弟とかそういう関係としてではなくて。……わたしは……ひとりの人として、師匠のことが、ずっと……好きだったんです。」
そこまでいって、一回言葉を止めて。一瞬言いためらったがミクリは慎重に言葉を紡いだ。
「師匠、愛してます……」
告げた唇をそのままアダンに寄せて、ミクリが、アダンのくちびるにキスをする。
アダンは驚く。自分はキスをするのがクセになっているようなところがあるから、普段からミクリの頬や髪に親愛のキスはよくするが、ミクリのほうからの、しかも唇へのキス。
軽く触れた唇の感触。それは本気のキスというよりは、「どうですか?」という不安を抱えた控えめな、ミクリの問いのようだった。
唇を離して、ミクリはいつになく真剣な眼差しで、アダンの瞳を覗き込む。
「私、もう24ですよ。大人になったつもりです。それでも師匠にとって私はまだ、頼りない子供ですか?」
「まあ、待ちなさい、ミクリ。」
どこか切羽詰ったような雰囲気で問う、はやるミクリをアダンが制した。
しかし、ミクリは引かない。「待つ」という言葉に敏感に反応して表情が、変わる。
「私はもう、十分、待ちましたよ……。14の時に師匠に恋してから、もう10年も。まだ自分は子供だから、まだ半人前だからと気持ち押し殺して……やっと、大人になれたと思ったから言うんです。師匠、ずっとお慕い申し上げていました」
ミクリはひざまづいてアダンの手をとりキスをした。
アダンが目を細める。
「この体も、心も、磨いてきたのは、師匠のためです」
ミクリは手を戻して立ち上がり、すばやく服の止め具をはずすとするりと肩を顕にした。
大理石で美を追求して丁寧に作りこまれた作品のような、美しい肩、肌。服という制限を解かれて、色気を帯びた雰囲気がいきなり室内に混ざりこむ。
「この身体……あなたの、ものです。好きにしてください」
アダンはまゆをしかめた。
「そんなはしたない振舞を、教えた覚えはないが」
「自分で学びました。こうやって服を乱して……」
ミクリはアダンの手を取るとあらわになった自分の肩へと導く。反対の手は腰に。そうして自分は軽くアダンの腰に両腕を回して、その頭をことんとアダンの胸に預けた。
「あとは力をいれるだけ……抱いて下さい」
「ミクリ……」
ミクリは、優雅にやって見せた行動とは裏腹に、自分の内で心臓が早鐘のように打っているのを聞いた。
自分でやっておきながら、アダンの手がじかに肌に触れているところに感じてしまってぞくりとする。
「はしたない」と言ったアダンの言葉がぐさりと心に刺さっていた。
わかってる、はしたない……自分は、なんてことをしているのだろう。
多少の自信のある体を投げ出して、アダンが本心からじゃなくても、本能からでも抱いてくれたらいいと、そんな切羽詰った思いでここまでしてしまっているなんて。
普通の男も女も、これでよかったのだ。自分がここまでやって、自分を抱かない人間はいない。
それどころか、服をはだけたりなんかしなくたって、男も女も自分を抱きたいという思いを抱き……。
その先の色々なことを、ミクリは思い出すのをやめた。
いまはただ、アダンが抱いてくれさえすれば。
だが、そんなことを考えているうちにミクリは自分が今は抱かれもせずにいることにはっと気付く。
顔を上げて、アダンを見た。
アダンは複雑な表情をして、視線をどこか遠くに投げかけている。
自分なんて、視界に入ってはいない?
色々覚悟してここまでしても? まさか……。
ミクリは傷付いた心の端からゆっくりと海水に浸されていくような感覚がした。
だめなのか。
こんなこと、しなければよかった。
さっと後悔が走る。
そうすればせめていままでのままでいられたのに。
そう、思い、すぐに否定する。……いや、どちらにせよ、結局いまのままではいられなかったのだ。
ミクリは苦い表情をした。

もう、自分は限界だった。

そのうち冷めると思った心は甘く、時を重ねるたびにアダンに恋する思いはどうしようもなく募っていってしまう。
かなうにせよ破局を迎えるにせよ、いつかは自ら変化をもたらさなければ、熱を内に秘めた平凡過ぎる毎日にゆるやかに気が狂っていってしまうだろう。アダンが毎日のあいさつがわりに与えてくれる無意識のやさしいキスに、感じて反応してしまうこの体を抑えるのは、日々つらくなってきていた。いつか思わず淫らな声を上げてしまってこの想いが不本意にバレるよりは、せめて自分から……。そう思ったのだ。
でも、
やっぱり、やらなければよかった……。
苦い後悔を胸に、ミクリはアダンから腕を解く。心のどこかが、傷つき過ぎないように強制的に麻痺させられた気がした。
それでも、傷つく心をかばいきれない。
「……私、どうかしてました。いきなりこんなはしたないことしてしまってすみませんでした……」
もうアダンの目も見れずくるりと背を向けたミクリはすばやく自ら乱した服を直す。
破局の覚悟の上での行動。その覚悟は少しは心のショックを和らげているのだろうか……。
「ほんとに、ごめんなさい師匠。あなたがほめてくれたこの美しさも、この心も、全て師匠に見てもらいたくてやっていただなんて、そんな私欲で作られたものだったなんて、申し訳なさすぎる……しかも、この思い、抑えきれなかった。大人だなんていって、結局私はまだまだ子供だったんですね。ごめんなさい……あなたの弟子に、私はふさわしくなかった」
ミクリは言葉も上手く選べずにあやまると、たまらなくなって部屋を出た。
バタンと戸が音を立ててしまった。


アダンは立ち尽くしていて、その音ではっと我に返る。
手の中にわずかな感触と残像のみを残してミクリの体はもうそこになく、部屋にはただ、閉じられた扉があるだけたった。
「なんてことだ……」
つぶやいて、ああ、と溜め息をつくと、アダンは倒れ込むようにして近くにあるベッドに仰向けに身を投じた。
「ああ……はしたないのは、私の方だった……」
腕で目の上を覆う。
あのとき、ミクリが服を乱したとき、とっさにはっと後ろにあったこのベッドを意識してしまったのは自分だ。
その自分をごまかすように、代わりに思わずミクリを「はしたない」などとたしなめていた。
なんてこと……。
ため息をつく。目をふさいでいると、すぐにも先ほどのミクリの姿がよみがえってきた。
気付かなかった。いつのまに、あんなにきれいになっていたというのだろう。
アダンは横になったまま、目を覆っていた片手を上げて目の前にかざした。
ミクリの肩にふれたこの手のひらが、今更になって熱くなってくる。ミクリの艶かしい肌の感触が思い出されてぞくりとした。
「10年だと……?」
思考が、追いつかなかった。
いきなり告げられた想い。その想いの重さを量りかねて呆然としてしまっていた。
「10年も、想っていてくれたのか? 私を。……だとしたら、私は、なんという、迂闊な……」
ミクリの気持ちに気付きもしなかった。自分はそういうことには敏感なほうだが、あまりに近くにいたものに対して鈍感すぎた。
ミクリの心を知りもしないで自分はあんなに無神経に毎日キスを?
どう思っていたのだろう、ミクリは? いつも、キスをするたび表情も変えずに……。
知っている。ミクリの体は敏感だ。自分を好きだったのなら、与えていたキスは確実に快感を与えてしまっていたはず。それを感づかれないように平然としたそぶりを見せていたというのか。
ふたたびアダンは溜め息をついた。そのため息はさっきよりもいくらか甘さを増していく。
……抱いてしまいそうだった。
ミクリの細い腰を抱き締めて、唇に柔らかくキスをして、優しくこのベットに押し倒して……。
アダンは、はっとして、あまりに自然に出てきた淫らな妄想を振り払った。
しかし、さっきのミクリのことを思い出すと、身体が甘くうずいてしまう。
腰に回された腕、胸に預けられた頭……アクアマリンの髪。
美しいミクリが自分を手にいれてくれとプライドも捨てて抱きついてくる。
まいった……
こんな魅力的すぎる誘惑は受けたことがない。
いとおしい弟子からの誘惑に、アダンは混乱していた。
よかったのだろうか。抱いてしまっても……。
ミクリは魅力的だった。いままでその美しさを客観的に評価はしても一人の男の魅力として意識しなかったのは、無意識にその危険性を避けようとしていたからだ。自分が一人の男としてミクリを見てしまうのを、避けようとしたからだ。
自分は師匠で、ミクリは弟子。どんなに近寄ってもその関係を崩してはいけないと、どこかで決め込んできた。それはまちがっても父親が息子に恋をしないように。
だが。
「ミクリ……」
どこか甘い響きでその名をつぶやいて、アダンは目を閉じる。
本当の自分の心は、どうなのだろう……。
いままで恋の対象として無理矢理はずしてきたミクリ。
もしそれが許されるのなら、どうだというのだろう。いきなりそんな状況に放り出されても混乱するばかり。ミクリは魅力的、だが、この心は恋になりうるのだろうか。
心と関係なく欲望に忠実な体は、ミクリを求めていまさら熱くなる。
だけど、心は?
よく知っているはずの恋の感覚が、このときばかりはよくわからなくなっていた。
どうしたらいいのか。しばし思索して、答えは得られず。
アダンはベッドから起き上がる。
少し乱れた髪と、服についたしわを素早くなおした。
「何にせよ私は最悪な対応をしてしまったな。ともかく、ミクリを追いかけなくては……」


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