恋の魔法

サイド様へ10000hitのリクのアダミク
……実はちょっとリクから離れてしまっているのですがご容赦く だ さ い(^^;


たまに、ふと思うことがある。

人が考えたりとか、悩んだりとか、不安に思ったりとか、……そういう心の中で何かが動く時の力というのはずいぶん大きなものだと思う。
悩み苦しむ心、人を想う強い気持ち。
だけどそれは、この世の表面的な力としては決して現れてこない。
心の内でこんなに悩んで、苦しく思ったその心のエネルギーのようなものは、一体どこへいくのだろう。
確かに、その心が元となって大きな行動を起こさせるとか、弱気な心のせいで病気になってしまうというのはある。
だけど、そういう間接的なものじゃなくて……。
何か直接的にこの現実に作用はしないのか、と、不思議に思う。

想う心が、強すぎる。
わたしの中、こんなにフクザツに揺れる心の動きのエネルギーは。
この身の内を焼き尽くしてなお、おさまらない、燃えるような恋の思いは。
何か現実の力になりはしないのだろうか……?


これは、ミクリがそんなこと考えていた、次の日のこと。


パサリ……ぱさ……と、心地よく紙が音を立てる。
目の前で新聞がめくられていく。ミクリはそれを見るともなしに見上げていた。
アダンのひざに体を預けて、ミクリはアダンが読む新聞を内側からぼんやり眺める。
アダンの、興味のあること、ないこと……政治にはある程度興味があるらしく、スポーツにはほとんど興味がないようだ。でも、あ、ちゃんといい男のところには目がいってる……そんなところをおとなしく観察していると、やがて、あきた、という代わりのようなため息を一つついて、アダンは新聞を折りたたみ、ソファーの脇へ置いた。それから暇つぶしの戯れに、思い出したようにひざの上のミクリの頭を撫でる。きれいな毛並みの背中を撫でて、それから喉元を優しくくすぐるように撫でた。
「あ…」と反応する声の代わりにごろごろ……と喉が鳴る。
小さなこの動物の体の、もともと人間より速く打っている心拍数がいくらかよけいにとんとんと速く打った。
ミクリは今は猫で、アダンのひざの上で丸くなっていたのだった。

何でそんなことになってしまったのか分からない。
ある日ミクリは目覚めると真っ白な猫になってしまっていた。

いつもどおりの休日の午後、アダンのことなんて考えながらついた心地よいうたた寝にふとめを覚ますと体も心も、わずかにしびれてくすぐったいような……でも心地いいような不思議な感覚がした。
ぐぐーっと伸びをして、居眠りのお気に入りのソファーから降りようと思ったところ、思いもかけない高さから落ちて、受身を取ってミクリは四本の脚で床に着地していた。
辺りを見回す、視線が低い。
何かが違う……と思って何気なく見た自分の手はふわふわとまっしろな毛に覆われ、手の内は肉球があった。
慌てて姿見の前まで四本の足で駆ける。まさかと思った心は的中した。

――なんてことだ、猫になってしまった。

慌てたミクリは、このままではいけない、誰かに頼ろうとして、悩んだ末アダンを選んだのだった。
ミクリの片思いの相手、師匠であるアダンを。


ミクリはアダンに恋をしている。もうずっと前から想い続けている。
二人の関係は非常に優しく、かつ淡白で、ただ安定した「師弟」という関係だった。
そんな関係の上で、恋なんてありえないのは暗黙の了解。
恋する心を告げていいなんてミクリは考えていなかったし、この恋がかなうなんて夢にも思わない。
でも、その実これは本気の恋で、どうしようもなく憧れて、アダンを好きで、毎日、毎日、想う心は熱を持って胸を焦がしてばかりいる。

こんなに、強く想う心は、この思いは……
いったい心の中だけで渦巻いて、そのエネルギーを解消しきれるものなのか……


「おや、猫がいる」
アダンが家に帰ると、家の前に一匹の白猫がいた。
白猫……というのにはあまりに汚れてしまっている。それは色で言うなら薄茶猫というか、そこに滲んだ血の色も混じって変色三毛猫とでもいうか、なかなか悲惨な状態の猫だった。
白猫はうずくまっていたが、アダンを見てはっとして立ち上がる。
にげようか、どうしようか迷っているようだった。
それをアダンが逃げ出す前にそっと抱き上げる。猫は心持ち緊張して、身を硬くした。けれども嫌がる風ではない。
「……キレイな猫だな」
目の前に持っていってよくよく眺めてそうつぶやいた。その言葉に、猫は固まった体の力をふと解いて、不思議そうな青の瞳でアダンを見つめた。
深海の色。青の瞳。
――ニャアー。
とアダンを見つめて猫が口を開けて鳴く。
――ア……ニャン、に、ニャウ ……
何かを訴えるような、変な鳴き方に、アダンはうん、と笑いかけた。
そうして猫の泥と血とで自分の服が汚れているのもお構いなしに腕の中やさしく猫を抱きしめて、家に入った。
ミクリの心が締め付けられる。



何でアダンはキレイだなんて、あの汚れた体を見て言ったんだろうと思いながら、ミクリは汚れた体をキレイに洗われ、ふわふわのタオルで拭かれていた。
拭かれているのは、真っ白に戻った猫の体。
猫になってあわてて家を出て、どうにかこうにかアダンの家にたどり着いたころにはミクリはボロボロになっていた。
予想以上に困難な道のりだった。ちょっとはなれたアダンの家への道のりが思った以上に遠い。その道のりでミクリは慣れない体にあちこち怪我をして血を滲ませ、昨日降った雨の泥水の水溜りをいくつも超えて泥だらけになった。
四苦八苦し、疲れきってところでやっとたどり着いたアダンの家。
そのときアダンは不在だった。扉の前で、ミクリはぼんやりアダンを待つ。
待っている中、惨めな想いばかりが心を占めた。
こんな汚くなってしまった体で家の前にいて、アダンは汚い猫と無視するかもしれない。
あの人は、美しいものが好きだ。
美しくなくては、意味がない、必要がない。
こんな姿で泣きそうに不安になっていたところにアダンは帰ってきて、そして予想外にも「キレイな猫」とつぶやいて、白猫のミクリを優しく扱ってくれたのだった。

体の泥を洗い流され、傷口にはやさしく薬を塗られる。
薬を塗るアダンの指が、やさしく体をなぞっていく……
こんなところで思いもかけず与えられたのは、快感に他ならない。
さっき体を洗ってもらっていた時も、今も。ためらいもなくアダンに触れられることに動揺してミクリは心臓を高鳴らせた。喉からゴロゴロ鳴く声が出ていた。
……これは人間で言うところの喘ぎ声みたいなものなのかな、と、おもってこれなら感じていても不自然じゃないだろうと治療するアダンの手にミクリは身をゆだねた。
「傷が、残らないといいが」
アダンが心配そうにつぶやく声に、優しくされて嬉しくなるのと同時にミクリは白猫に嫉妬する。
自分の知らないところでアダンはこんなどこぞの野良猫なんかにまでその優しいまなざしを向けているのか、と思うと、いてもたってもいられなくなる。
白猫はこうしてやさしく抱き上げられて触ってもらっているのに、自分ときたら触られたことも抱きしめられたこともない。こんな野良猫なんかに優しくする分、私に優しくしてくれればいいのに。
……なんて、くだらなすぎる嫉妬だな、とミクリは思った。
そうだ、サーモンの残りがあった、とアダンはつぶやいてミクリの前に極上のスモークサーモンをためらいもなくぽんと出す。それから、ミルク。
あまりの空腹に、口から直接食べるというなれない作法もお構いなしにサーモンをかじってミルクを飲む。夢中になって食べ終えて、ふうっと息をつくと頭を撫でられ、口元をぬぐわれ、抱き上げられた。そうして、ソファーへ向かってひざの上に置かれて。
それで今までこうしていたのだった。幸せすぎる午後。

アダンは猫が好きなのだろうか。
ミクリを撫でる手つきも、見つめるまなざしも、果てしなく優しく温かい。
うとうとしながら嫉妬する。

これは、ゆめかもしれない。素敵な夢……。
好きで好きでしょうがないアダンのひざの上で、その指に撫でられている。
ミクリは心臓がトントン早く鳴りっぱなしで、心は震えたまま、喉がゴロゴロ鳴る。
カミサマ、ありがとう、もうこのままもどれなくてもいい。
アダンのひざの上でミクリはそんなことを思った。
どうせ、人間でのこの恋は叶わなそうだ。
人間でいて体に触れられることもなく恋に苦しむよりは、優しく撫でてもらって近くにいさせてもらえる、こういう、幸せな状態のままでずっといたい。もどらなくていい。

恋なんて苦しすぎる。叶わない恋をしたら、どうすればいい?

かなわなくても止めることが出来なくて苦しすぎる恋は、どうしたら……、誰もが求めるその答えは、実はこの世にない。
誰もが叶わぬ恋で冷めない思いに痛いほどに焦がされる。想って、想って……その強い心の力は、結局は一体どこへ……

「どうして、うちの前で待っていたんだ……?」

思考の果てに突如、掛けられた声にミクリはぴくりと耳を上げた。
周りに人はいない。自分に、話しかけている?
――それは……
答えは、ニャーという声が、答えた。
アダンはそんなミクリを見て、「ふむ……」と唸ると、ソファーの肘掛にひじをついて、そこにあごを乗せて、なにか考えるような表情をした。
恋する人の、きれいな横顔。
猫として視線を気にせずうっとり眺めて思わずため息をつく。
そうしたアダンの考える瞳が、何かを思いついて、やがて限りなくいとおしいようなものになってミクリを見つめた。
ミクリはどきりとする。
「そうか」
一人何かを納得して、アダンはひざの上のミクリを抱き上げる。視線の高さを同じにして、ミクリの猫の目を覗き込んだ。
何もかも、見透かすようなアダンの瞳が、色気を帯びてふわりと笑う。
「……ミクリだろう?」

(え?)

「お前が、ここへ来た訳。それからこうしておとなしく身をゆだねている訳……考えていたんだ。体に触れても、嫌がらない。おとなしく私のひざに乗って幸せそうに落ち着いている。これが私の、自惚れなんかでなければいいが」
そういって、ミクリが「あっ」と思う間に……アダンが猫の唇に一瞬のキスをした。

ずくん、と、血が逆流するような。
それからぞわぞわ、毛が逆立つような……。

変な感じが体を襲った。またもや「あっ」と思う間に、かっと熱く血が燃えて、その熱が全身を包む……。
「ニャ……ニャア……に? なに……?」
かあっと燃えるからだがおさまって、一気に力の抜けた体を、ミクリはぐったりとアダンに預けた。ほおが丁度アダンの肩口にかかる。
あれ? と思った。はっと離れると、アダンと丁度視線が合う。目をぱちくりさせてから自分の手を見ると、それは人間の手、ミクリは人間に戻っていた。
「やっぱり、ミクリだったな」
アダンは上着を脱ぐと、自分のひざに座り込み向かい合う裸のミクリにふわりとかける。
「??」
それから、不思議そうにするミクリに、アダンは笑いかける。
「たまに、そういうことがあるんだよ。人間が、猫になってしまうことが。恋する強い想いが不思議な力となって、人を他の何かに変えてしまう……恋してどうしようもないまま猫になってしまう」
「そ、そんなこと……ほんとうにあるんですか?」
「ほんとうに……だなんて、現にいままで猫になっていたミクリが、何を言う」
不思議な心地のままミクリはうなずくしかなかった。確かにいままで自分は猫だったのだ。
「そして……その魔法は、恋する相手からのキスで解けるんだ」
そこでアダンは、ハハっと笑った。
「戻ってよかった」と、ほっとしたように言う。「私じゃなかったらどうしようかと思った。こんなところで失恋を思い知らされるなんてごめんだからな」
「……え?」
「……つまり、こうして人間に戻れたってことは、ミクリは私の事を思ってくれていたのだろう? そして私もミクリが好きだ、と、そういうこと」
言ってから、首を傾げるミクリに今度はちゃんとキス。
ぱちくりしばたたかせていたミクリの瞳に宿る光が、有無を言わさぬ官能にゆらり、とゆれた後、いくらか訳を飲み込んで、やがて、閉じられた。
頬がふわっと朱に染まる。

絵に描いたような、ハッピーエンド。
キスを放されてから、ミクリは小さく「好きです、師匠」とやっと思いを告げた。

END


猫のミクリがやりたくて、ここぞとばかりに思わず(笑)
スミマセン!
ちょっとスランプ気味で四苦八苦しながら書いたもので、お気に召しますかどうか……。

リク、ほんとにありがとうございました!

 

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