恋する氷使い

プリム×カンナ。
いろいろ、なまぬるい。


「ヤドランはどっちかっていうと、水だけどね。まあしょうがないわ」
片方の手を頬杖ついて、もう片方の手でお酒の入ったコップを持って。
カウンター席、わたしの隣に座るカンナはコップの氷を見ながらつぶやいた。
頬が、そんなに飲んでもいないお酒でわずかに染まる。眼鏡の形も組み込まれてきれいな鋭角と曲線で形作られる、知的で美しい横顔。
こっそり見入りつつ、わたしは答える。
「ずるいわねえ。わたしなんか、氷タイプだけにするためにオニゴーリとドドグラー、それぞれダブらせてるのに」
カンナはふふ、と笑ってさすがに苦労してるわねと言った。


カンナと一緒に、お酒を飲みに来ていた。たまたまホウエンの方で四天王会議があってセキエイの方がよばれていた。その会議の帰り。わざわざむこうから呼び出したわりにはたいした問題もなく済んだ会議の後で、わたしはミナモの行きつけのバーにカンナを誘った。
……思わず誘ってしまったのだった。
氷使い同士ちょっと話しましょーよ、だなんて、自分で言っといて笑える。都合よすぎる言い訳だわ。
でも、カンナをそのままちょっと遠い地、ジョウトの方に返してしまうのはあまりに惜しい気がした。
――と、いうのもカンナがものすごくわたしの好みだったからだ。
赤みかかった髪の色合いも、眼鏡の形も――そう、たぶんあのデザインは眼鏡はガーランド社のものだわ――いいプロポーションも、それからノースリーブの服からきれいな腕をさらしてるのも……好みで。
クリーンヒットだわ。5年に一度、会えるかあえないか、くらいの好みの女性。
会議の前、一目見たときからあっけなくほれ込んでしまった。
……いや、実際には見るのはこれで二回目だったのだけどね。


「……でワタルがまた融通利かなくって。結局こないだ来た男の子に負けちゃったのよ。おたくはどうなの、新しいチャンピオン」
「ミクリ? ああ……ダイゴくんよりはいい感じだわ」
話しながらカンナの横顔を眺めた。
しかし、これが「あの」カンナだとはねえ。
わたしは一回目に出会ったときのカンナを思い出……そうと思ったけれど、よく思い出せなかった。たしか、いかにも根暗そうな……そう、葬式の帰りなのよ、みたいな雰囲気と服だった。
その姿ではわたしの眼中にも入らなかったような。
いや……でも、なにかしらの素質は感じたんだわ。それでちょっとだけ話して……。
何かを話したことは覚えている。でもその話の内容はよく覚えていない。
まったくわたしは興味ある相手とそうでない相手に対する、集中力の向け方に差がありすぎる。よくないことだわ。
それにしても、女は変わるもの。
こんなにも変わってしまうとはねえ……恋でもしたのかしら。
「……ちょっと、聞いてるの? プリム」
「ええ。聞いてる聞いてる。それで?」
「それでワタルが……」
そういえばこの子、さっきからワタルのことばかり話題に上げている。
さてはワタルのことが好きで、彼のため、とかなのかしら。こんなきれいに変わったのは。
「さっきから、ワタル、ワタルって。あなたワタルのこと好きなの?」
ちょっと探りを入れてみた。
そうならまだ勝ち目もありそうなものだ……などと思いつつ反応をうかがう。
カンナはかっと頬を赤くした。
「……だれがあんなお子様を!」
そういって「心外だわ」とばかりにいかにも不満そうな表情を向けてくる。
あら、ちがうのか。
「わたしはねえ、年上が好みなの」
お酒を取って、ぐいとあおった。
へえ意外。小さい男の子とか好きなクチかと思っていたけど。
「ふうん……キクコさんとか?」
「ちょっ……おばあちゃんじゃない! もうちょい下よ」
「下ねえ……そもそも、ねえ、カンナは今は、恋しているの?」
カンナはお酒を飲むのをちょっと止め、わたしのほうを見た。「そりゃあね……」と答えた。
「恋をしたから、変わったのよ。……わたし、前会ったときよりずっと変わったでしょ? どう? 今のわたしは」
うふんと色っぽく笑って、でかい胸をことさら強調させるようなポーズをとってみせる。
どうって……ものすっごい好みだわよ。文句ない。
「ほんと、きれいになったわね。そんなに変わっちゃって。……どこの誰なの? あなたをそんなにきれいにさせたのは。そのひとのこと、すっごい好きなんでしょう」
ひじでうりうり、と小突きながら冗談めかして聞くと、カンナは、はっと身を硬くした。
「そ、それは……」
さっきワタルの名を出した時とは違う雰囲気でカンナの頬がふわっと赤くなる。
頬が赤くなったのを感じて恥じてか、カンナが誤魔化すように眼鏡を直して、そっぽを向いた。
あーらら。女の子みたいに赤くなっちゃってかわいいこと。
妬けるわねー。誰なのかしらその相手とは。
……男かなあ……。
まあそうよね。
そう思うと、なんだか純粋な恋の気持ちとは別に、いろいろ、面倒くさいことまで思い出して来るのを感じた。
わたしも女なのよね。好きだから好きってすぐ言うわけにもいかない。
それに、えーと……としの差が。
いくつぐらい離れてるのか……なんて、考えるようになってしまったこと自体年取った証拠だわ。
いろいろ、面倒くさい。
……恋だと考えるからよね。せっかくの好みの子と、飲むお酒。余計なこと考えるのもなんだかもったいないな。好きになったカンナと一晩おいしいお酒を飲んで話す、このときを純粋にたのしむのが当たりよね。
「プリム……ずいぶんペース速いわね。あなたほんと、お酒強いのね」
「うふん、まあね。」
そういってごくんとお酒を飲み干した。
「マスター、同じの頂戴」
新しいのを注文して、いつもよりちょっと速いペースで飲む。
いいや。今日はおもいっきし飲んじゃおうっと。
そうして飲んで、いい気分でカンナといろいろしゃべって……
あっというまに飲みつぶれてしまった。


記憶が途切れ途切れ。
少し我に返ったときには外気のここちよい冷たさが頬をいくらか冷ましていた。
カンナに支えられて歩いている……そうだずいぶん酔ったところであの店を出て。
こうしてカンナに支えられながら街道を歩いている。
飲みすぎた。気持ち悪い。
……でも、支えてもらってるカンナはなんか柔らかくて(このでかい胸がまた歩くたびふにふにあたるのよね)変に気持ちいいっちゃあ、気持ちいい。
この体、抱き心地よさそうだな。このまま抱きしめたいわ。……というより今は心情的に抱きしめられたい、のほうかもしれない。
「ねえプリム」
「なに」
カンナがわたしをもたれかからせてのろのろ歩きながらつぶやく。
「……あの時あなたが言った言葉、全然覚えてないの?」
「あのとき? ……というと前の会議のとき?」
「そうよ会議の後で」
「んー……わたし、なにか、いったっけ。……ごめん。としのせいか最近物覚えが悪いのよ」
そういうとカンナはコホン、とひとつ咳をした。
それから何を思ったか突然、わたしの声色をまねてしゃべり始めたのだった。
『うーん、そうね。髪は、赤色が強めの明るい色に染めて……それから眼鏡はねえ、ガーランド社のがいいわ。こう、スマートな感じのデザインのやつね。それからあなた、実はプロモーションすごくいいわよね……。そんな服着てるのもったいない。もっと、自分の魅力さらけ出すようなのにしてみるといいわ。それと肩は出してる方がわたしの好み……ふふ、冗談』
「……??」
「……ってあなたは言ったのよ」
どくん、と心臓がひとつ、強く打った。
あ……そ、その言葉……わたしだわ。そうだ何か思い出しそう……思い出した!
前の会議の、その後で、わたしはカンナに言ったんだ。……意外と素質があるかも、とちょっと思って、カンナに自分の理想を押し付けたのだった。
赤み掛かった髪、ガーランド社の眼鏡、それから……肩の出た服。
冗談半分で。でも半分は真剣にアドバイスした。そのことを、わたしったらすっかり忘れていた。
カンナがそれを実行したのだとしたら、今のこの姿があまりにわたしの好みだって、当然じゃないの。
あらためてほう、と感心のため息をついた。
「思い出した……いまさらだけど、ほんと、素敵になった……きれいになったわね、カンナ。わたしの見立ては間違いじゃなかったわ」
「……」
カンナはちょっと黙って、そのままいくらか歩き続けた。
怒ったかなあ……わたしがすっかり忘れてしまっていたこと。
そりゃあそうよね。わたしってひどいなあ……なんて思っていたところに。
「……あなたのためよ」
ぽつり、つぶやいたカンナ。
「え……?」
「きれいになったの、あなたのためよ。鈍感ね……」
わたしがカンナを見ると、カンナもわたしの顔を覗き込んできた。
「ここまで言って、気付いてくれないの、ひどいわよ。恋したからきれいになったって、その姿があなたの言った言葉のそのままだって、ちょっと考えれば分かるでしょう? あなたのこと好きで、少しでも意識してもらいたくて、わたし、がんばったのよ」
わたしは目をぱちくりさせた。
「え……えっ? あなた、わたしのことが好きだったの?」
「そうだってば……」
「わたし女だけど?」
そのセリフを、わたしが言うのか。
「わかってるわ。それでも……あなたがいいのよ」
支えられている手にゆっくり力がこもって、少し抱き寄せられる。どきんと心が高鳴った。
あら、まあ。これって両想いってことよね。
そうよね?
……うふふ、酔ったのの気持ち悪いのなんて吹っ飛んでしまった。
「わたしもね、あなたがいいわ」
そのままコトンと頭をカンナの肩に預けた。
「え……?」
「あなたのがんばり、大成功よ。わたし会議であってからあっという間に魅せられて、あなたに惚れてしまったんだから」
「えっ……」
「なあんだ。そうだったの……ふふふ、しあわせ」
預けていた頭をめぐらせてわたしはカンナの頬に軽く口づけた。
いきなりのキスに驚いたカンナが「きゃあ……」と女の子みたいな声を上げるのを笑って、
「わたしも好きよ……」
つぶやいた。
こちらを向いたカンナをじっと見つめる。まだいくらか戸惑っているカンナの、頬がほわんと赤くなったのが、ものすごくかわいくて。
独り占めしても、いいの? いいのよね。
「ねえ、このまま、ちょっと海見に行こう。夜でも素敵なデートスポットがあるの」
「いいけど……あなた大丈夫なの? そんなふらついた脚で」
「大丈夫じゃないから、指示するからこのまま連れてって」
擦りよるように体を寄せると、カンナのため息が聞こえた。
「やれやれ……こんな女だとは思わなかったわ。はやまったかしら」
「何いってんの。さ、行こう」

そうして海を望める展望台までカンナにもたれてのろのろ向かう。
きれいな星空、程よい酔い具合に、隣には恋したカンナ。
なんて素敵な夜なのかしら。

波の音がざざんと少しとおくに聞こえ出した。

END



 

戻る

 

 

inserted by FC2 system