曇り空、それから雪。

オ←ゴヨ。
女好きのオーバと、男好きのゴヨウ


今日も程ほどのバトルをこなして、お疲れ様、を言った後。
丁度上がるタイミングが同じのオーバとゴヨウはともにリーグを出た。
受付嬢の「お疲れ様でしたー」の声を背中に聞き入り口を出ると、すぐに冬の極寒の風が二人を襲った。
灰色の雲が空を覆う。そのせいでもう暗くなりかけなのにヘンに明るい空だ。今にも雪が降りそうな。

「うおお……さみいい……」
防寒具の前を引き合わせ、露骨に寒がるオーバに、ゴヨウはふふ、と笑ってその身を寄せる。
「私が、温めてあげましょうか」
ゴヨウの着込んだコートと自分のジャケットの布地がふわっと合わさり、遠まわしに人間の体の感触を伝える。
押し付けられた軽い勢いの反動を使ってさも当たりまえのようにオーバはゴヨウの親切に見せかけた冗談を圧し戻した。
「じょうだんじゃねえ。俺にはそっちの趣味はねえぜ」
そう言ってけったるそうに歩き出した。寒いのも当たり前、その足を覆うのはサンダルのみ。そりゃさむいだろう、と思いながらゴヨウがその後を追う。

そっちの趣味、とはつまりそういうことだ。オーバは基本的には女にしか興味はない。
それを分かっていてゴヨウはオーバにこうしてちょっかいを出しているのだった。
ちなみにゴヨウは男にしか興味がない。そして目の前のオーバに人知れず恋心をいだいていた。
「それもかわいそうに。オーバ、どうせあなた、女にはもてないんでしょう?」
「うるせえな。おめえはむかつくんだよ。女に興味ないくせに、いやなくらい女が寄って来やがって。……おれのほうに来いってんだ。そうすりゃ振ったりしないのに。お前だってあんな何回も上手く丁寧に女振り続ける必要もなくなんのにな」
「まあそうですけどね。そんなの、天地がひっくり返っても無理でしょうね。あなたが女性にもてるなんて」
「ひでえ……」
いつもの毒舌を振りまいて、同時にふふ、と幾多の女性を不必要に落とす魅惑的な笑いかたをしてゴヨウは続ける。
「そんなこと期待してないで、あなたは自分の価値の分からない女なんて種族、はやく諦めてしまえばいいんじゃないですかね。オーバは、男にならきっともてますよ。趣向を変えれば恋人はよりどりみどり」
こんなオイシイハナシ、ほかじゃありません、とのたまうセールスマンさながらに売り込むゴヨウにオーバは、「何だそりゃ」とハナから興味も持たず、信じもしないで笑った。
男との恋愛なんて微塵も考えやしない。
まあ、人の趣向なんて、そうそう変わらないよな……といつもながらのことを思いつつゴヨウはオーバの笑う横顔を眺めた。

――オーバが男も愛せるようになれば、こんな冗談じゃなくちゃんと口説く……。

でも人の心はそうそう変わるものでもないから仕方ない。好きになった相手が男に興味ないなんて、良くありすぎることだから、まあしょうがないなとゴヨウは冗談でオーバにちょっかいばかり出している。
そんなところに、オーバ本人無自覚ながらの普段のお返し、とばかりに彼は突拍子もないことをつぶやくのだった。

「お前が女だったらよかったのに」

歩きつつ、ちらっとゴヨウを振り返った。ゴヨウは女物らしいトレンチコートを着こなして、ぐるぐる無造作に首に巻いたマフラーに首をうずめている。寒さにあたった鼻先が赤い。
「何をいきなり」
は、と白い息を吐き出して言った。
「そしたら、仕事帰り、こうして一緒に出るのも、私が温めてあげるっていって体寄せてくるのも、ものすごいロマンスだろ」
「そんなもんですかね。男と女が違うってだけで?」
「そうだぜ。……そうだよ、女だったらおとなしく本読んでるのとか、その紫の髪がふわふわしてるのとか、あとこの微妙な身長差でちょっと見上げてくんのとか、うわ、想像しただけでたまんねーな」
ゴヨウはふんと鼻を鳴らしてくだらない、と呆れた。
その心はオーバの言葉に複雑に揺れ動いたが、彼がそんなこと察するはずもなく。無意識ながらにさらなる心の動揺は引き起こされていく。
その行動。オーバは足を止めて、じっ、とゴヨウを見つめた。
それから何かとんでもないことでも思いついた様な顔して、まさか、とオーバはつぶやくのだった。
「?」
立ち止まって、二人、向き合ったまま、オーバの手がゴヨウの方に伸ばされた。
なんだ? とゴヨウが少し、身構える。
なにをするのかわからないので何もできずにゴヨウが不審げな顔つきをしていると、「ちょっとごめん」と言ったオーバの手がためらいもなくサッとコートの開いた襟元から差し込まれた。
「え、」
驚いたゴヨウは目をぱちくりさせて状況把握ができないままに、コートのさらに下、スーツの中にまでもぐらされたオーバの手は、シャツ越しにゴヨウの胸元をさあっと撫でる。
「……ちょ、ちょ、ちょっと、なに?」
思いがけないオーバの行動に、ゴヨウがあわてて両手ではっしと掴んだところで、オーバの腕はすぐにあっけなく引き下がった。
そして、手を引き抜いたオーバは「なんだ……」と、期待はずれだったらしい、さもつまらなそうな口調でいう。
「……なんなんですか」
引き抜かれた腕から、そっと自分の手を離して、高鳴る心臓の鼓動を悟られまいといつものような落ち着いた声でゴヨウは聞いた。
「実は女だった、とかそういう展開じゃないのか」
そのセリフが言い終わって一秒、ゴヨウの平手が冷たい空気を切って勢いをつける。そして、バシン、とオーバの頬をその手が打っていた。
「っこの………馬鹿!」
「あ……すまん」
オーバはすぐに謝ったが、それがゴヨウをいらっとさせた。
すまん、といった、それは何に対してだ。
きっと女っぽい、というようなことを言ったあたりに対しての謝罪だろう。女っぽいと言われるのを気に食わないと感じているんだろうな……そのくらいにしか考えないだろう。
ちがう、自分が怒ったのは……。
ゴヨウはいらいらしたまま、オーバをにらんだ。
「あなたは、そんなんだから一生女にはもてない。デリカシーがなさ過ぎるんですよ」
「だよなあ……」
あっさり認めるのも、気に食わない。
「だいたいあなたは……!」
何か言いかけた、そこですぐにゴヨウの冷静さが戻った。ゴヨウの感情変化によってたまに引き起こされるわずかな気持ちの高ぶりは、そう長くは続かない。本当に瞬間的なもの。
そうして言いそうになっていたセリフはかろうじて飲み込まれた。

――あなたはそうやって無意識にどんどん私を惚れさせて、そのくせそのことに気付きもしないなんて……無神経にもほどがあります!

恋に気付きもしないなら、恋なんてさせるんじゃない。
なんて言い分、こんなの、ただのわがまま……。分かってはいる。
しかし結局言いたいのはそのあたりのことなのだった。
ゴヨウはごくん、と言葉と恋の感情と、少しの不満を呑みこんだ。
今回も発散されなかった恋の炎が、今更内側から体を温めて頬を染める。
火照った頬に、ひやっと感覚がしたかどうか。それと同時にふわふわと白いものが視界の端を落ちていった。オーバからはなしたゴヨウの視線がそれを追う。ふわり、ゆっくり落ちて、地面で淡く解けた。
「……あ、雪が……。また寒くなりますね。急いで帰らなくては」
「急にはなし代えんなよ。『だいたいあなたは』なんなんだ」
「……別に。言う気もうせた……たいしたことじゃなくて、雪が降ってきたことほどには大切じゃないことです」
「あっそう」
それから何となく向き合ったまま、二人で雪が落ちてくるのを眺めた。
「また積もりそうだな。明日も寒い」
「ええ」
こくんと、ゴヨウがうなづく。それを見て、オーバはまた思うのだった。
「こういうシーンもだよなあ……」
「なにが」
「お前が、女だったらロマンス」
「まだ言いますか……」
ゴヨウがあきれてため息をついた。

しばらく、めずらしくもない落ちる雪を見ていた。
それからこうして立っているのもいい加減寒くなった二人は「じゃあ」と言って別れ、それぞれの家路についた。

END


 

 

 

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