| イブの夜は アダミク。『恋の10年』のあとの話。
「クリスマスのプレゼントに……欲しい物ですか?」
振り向いた弟子は目をぱちくりさせた。
「もうそんな時期でしたか。一年、早いですね」
「ああ……」
それから言うことは予想できている。
「あんまり、ほしいものってないんですよね……」
クリスマス前のその言葉を、もう何回聞いたことか。私がクリスマスのプレゼントの希望を聞くとミクリはいつもそういって、次にこうつげるのだった。
「師匠がくれるものならなんでもいいですよ」
やっぱり今年もそうだった言葉に思わず苦笑い。
今年のクリスマスは、例年までとは、少しばかり事情が違う。
いままで家族のように育ててきた弟子は、10年の時を待ち恋人になったのだった。
そのことによって毎年繰り返されてきたこの言葉が少しは変わるものだろうかと思ったのだが、そういうこととはあまり関係ないらしく、ミクリは例年通りのことばを告げた。
「相変わらず、欲がないな。欲しいものがそんなにないものなのか。それとも遠慮しているのか……」
「まあ遠慮は、礼儀程度にしますが……欲がないわけじゃ、ないですよ」
そう言ってミクリは笑う。
「むしろ欲は強いほうです。……そして、高望み。昔から、ただひとつだけものすごく欲しいものがあって……。それと比べたら、あれも、これも、全ては私にとって欲しいものではなかった。そういうことなんです。そして今はもうそれを手に入れてしまったから、あれも、これもいらなくなってしまった」
「なんだ、そんなに欲しいものがあったなら、言ってくれればよかったのに……それとも、わたしなんかでは手に入れられないものだったのかな?」
冗談めかして言うとミクリはふふっと笑うだけ。
「ミクリの、そんなにも欲しかったものとは?」
こんなにずっと近くにいながら私が気付かなかった、ミクリの望み。一体なんなのだろう。
問うと、ミクリは私を見て幸せそうにほほえみ、瞳を甘くした。
「アダン師匠ですよ」
予想もしなかった答えに思わず一瞬うろたえてしまった。
「えっ?」
「今も、昔も、唯一私が欲しかったのはアダン師匠だけです。他はなにもいりませんよ」
ミクリはすっと寄り添って来て、少しためらいがちに頭を私の胸に預けた。
「贈り物なんていいですよ。その代わりイヴは……恋人として一緒に過ごしてください。私を先に寝かしつけて自分はプレゼント与えるだけのサンタ役にまわるなんて連れないことせず、一晩中隣りにいて、愛してください」
さっきまでただの例年どうりのやりとりだったのに、ここにきて、私に体を預けたとたんにあっというまにこの部屋の雰囲気が甘くなる。
10年の間に内に秘めた想いはミクリの中でうまいぐあいに成熟しすぎたのか、ミクリの作る雰囲気は、抜群に甘ったるい。
そういう雰囲気作りは、本来私の本分なのだが。かえってこちらが当てられてしまってくらくらする。
「わかった。……わかったから、昼間っからそんなに部屋を色気で満たさないでくれ」
「無理ですよ……」
腰に手を回して、ぎゅっと抱きつき、ミクリは頬を私の胸に押し付けた。
「師匠がこんなに近くにいては、色気を出すなと言う方が、無理……ずっと望んでいたんです。私がどれだけこの立場を望んだことか」
そのまま黙って、ただ体を私に押し付ける。思い余ってミクリは色っぽいため息を吐いた。
「なんか、クリスマスまで待てない……。ししょう……」
心持ち顎をあげて、かるく瞳を閉じて。ミクリがキスをねだる。
「やれやれ……」
ミクリの、男のものとも思えない、はなびらのようなくちびるを、美しいなと思いつつ恋人の特権でまじまじと眺め、それから私は視線を逸らして、軌道も逸らして額にキスを。
予想外であろう額にキスを受けたミクリはぱちっと瞳を開けて少し不満そうに私を見た。
「こんなキスをされては、なんだか過去のイブのすべての夜を思い出してしまう……」
「ん?」
「師匠はイブの夜にはいつも、枕元にプレゼントを置いて、かならず寝ている私の額に親愛のキスを」
「なんだ気付いていたのか」
「ええ、私は毎年、ちょっとどきどきしながら、眠りもせずに待っていたんですよ」
「プレゼントを?」
「プレゼントと、それから師匠のキスを。私は……ありえないとは思いながらも、毎年額に軽く触れる師匠のキスが、今年こそはくちびるに落とされるのではないかと……聖夜の奇跡でそんな素敵な事が起きないかと毎年本気で夢を見て、ドキドキしながらふとんのなかで待ってたんですよ。……結局最後までそんなことは起きなかったわけですが……そんな根拠もない期待のおかげでイヴはいつも、一年で一番ドキドキするイベントでした」
私はそんな夢見がちなミクリを笑おうと思って、でもなぜか笑えなかった。
代わりに自分のキスを待っていたという毎年毎年のそれぞれのミクリがどうしようもなくいとおしくなってしまって、胸に頭を預けるミクリに手を回してぎゅっと強く抱きしめる。
その抱擁にはっと小さく息を詰めるミクリの、そのわずかな動きさえも……なにもかも。いまはいとおしくて大切なもの。
「それでは……今年のイブにはくちびるへキスをして……」
抱いた手をゆっくり解いてミクリを見た。
「奇跡が起こるかどうかにドキドキするのではなく、確実に約束されたドキドキを私が贈ろう。一晩中一緒にいて、ため息も尽きるほどに君を愛す」
言うとミクリの頬がきれいに染まって、ふにっと幸せそうな笑顔が形作られた。
「はい。楽しみに待ってます……」
恋人とのクリスマスなんて何年ぶりだろうか……。
それが何だか楽しみになってしまって、子供の頃のようにクリスマスを待ちどおしく思う。
大人気ないと思いつつイブまでの日数を数えた。
クリスマスまで、あと少し……。
END
|