| クリスマスのキー センアダの、クリスマスイブ。
いろいろと、制約の多いこの不倫の恋は、恋人たちが一番に盛り上がるクリスマス・イブにも当然のように制約をかける。
アダンの恋人は、恋人よりも優先しなければならないことがあるのだ。
クリスマスは恋人達のものであるより先に、家庭のものらしい。
一般論……世間体。またそれか。
「すまないが……」といつも以上に困った顔で申し訳なさそうに言うセンリなんて今回ばかりは見たくないので、普段のわがままな冗談も言わないでアダンは「予定があって残念だ」と先に告げた。
当然だが予定なんてない。
どこぞのパーティーの誘いもあったが、目当ての男もパートナーも居ないパーティーなんぞ出る気にもならなくて断った。
そんなパーティーなんかに出て行って、淋しさ紛れについついちょっかい出した相手が、自分に本気になってしまったりなんかしたら面倒だ。アダンは今は、センリしか本気で愛すつもりはない。
それで誰も招かず、何もせず、今夜はもうさっさと寝ることにした。
「サンタでも来ないものか、こんな夜には。あーあ……やっぱり寂しい」
ふとんにもぐってふと、昨年のクリスマスのことを思い出した。
昨年は、24日の昼間に、会って、贈り物を……何をあげたか。そうだ、この家の合鍵を。
だけど、センリがその合鍵を使ったことなど、この一年で一度もなかった。
まあ、予想はしていたが。この先も使われることなどないだろう。
瞼を閉じれば眠気はすぐに訪れた。眠るための強い酒を飲んだから、眠気を感じるのも一瞬。布団にはいるや否やあっというまに、アダンは寂しさも、不満も、手放して眠りに落ちた。
せめて夢の中で、センリに会えたら……。
乙女のような願いを一瞬抱いて眠った。
そんなアダンのもとに、真夜中サンタが訪れる。
★
合鍵を、持っていた。
自分から彼の家を訪れるなんてことはないから、1回も、使ったことがなかったカギ。
この夜になってどこにあったかとはっとして、あちこち探し回ったのち、思い出した保管場所にセンリは思わず苦笑いした。
少年のころから、大切なものをしまいこんでいる宝箱。アダンの家のカギはそこに入れられていたのだった。
このカギは、宝物。
この想いは……とても、大切なもの。
センリはおとぎばなしのワンシーンにでも出てきそうな、洒落たつくりの金のカギを取りだす。これが家のカギなのだそうだ。どこまでも芸術にこだわり、同時に懐古趣味な彼らしい。
目の前にかざすと、なぜか不思議とわくわくするような気持ちが湧き上がってきた。
カギを持って、これから、ちょっと真夜中の冒険に行ってくる。
このカギを渡された時には胸が高鳴った。自分はあまり表情には出さなかったが。
アダンの愛と、信頼。あやふやなそれらが、初めて形になってわたされた、そんな気がした。だからアダンの心が込められた、これは特別な、宝物なのだ。
そのカギを握り締めて、胸の前に持ってくる。
自分はこれから大切なものを裏切って、ちょっと悪いことをするのだ。家族を裏切って、アダンのところへ行ってくる。
自分の心は、まだ少年なのかもしれない……とセンリはふと思った。
クリスマスの夜、昔はサンタを待ってどきどきワクワクしていた。
だけど今宵は待ってなどいない、自分から動き出して、イブに飛び回るサンタのごとく家を飛び出る、そのスリルに、わくわくする。
この不倫の行為は、普段ならばただの苦しい背徳感だったが、イブの魔力のせいなのか、なんなのか分からないが、昔のいたずらするときのような……くすぐったいような冒険心に変換されていた。不思議で、ちょっと楽しい。
センリは家族がよく寝込んでいるのを確かめると、2階の自分の部屋に戻ってコートを着込んだ。
コートの右ポケットにさっき取り出したアダンの家のカギを入れる。左のポケットには小さな贈り物の包みを入れた。
カーテンを開けて窓の外をうかがうと、外は雪。街のどの屋根にも、木々にも道にも雪がぶ厚く積もっている。空は曇って、夜中だというのに変に明るい。
寒そうだな……とつぶやいてセンリはマフラーと、厚手の手袋を取った。
それから、さっきこっそり玄関から引き上げておいたブーツを履きこむ。
机の上のモンスターボールをとって窓を開けた。
ひゅう、と、舞い込む寒風で雪が部屋に入り込む。その冷たさが、なぜか心を奮い立たせてわくわくした。なんだったろう、2階の窓から冒険の旅に出る話。
「よし、いくか」
かちり、とモンスターボールを開くと、現れたオオスバメの背に、センリは窓からひらりと飛び乗った。部屋の方をふりむくと小さく「行ってくる」とつぶやいて、窓をぴたりと閉める。
それから、さあっとオオスバメがはばたき、雪降るホウエンの夜空に舞い上がる。
「……ルネへ!」
なんでだろう、何でよりにもよって家庭を持った後で、男になんて恋をしてしまったのだろう。この真面目で恋に無頓着な私が。
不思議でしょうがないことだが、しかたない。いろいろと不具合も、あるけどそれらを差し引いてもこの恋は素敵なものなのだった。
魅力的だったのだ、アダンは、この恋は。
粉雪交じりの風がほおを打つ。オオスバメの背から身を乗り出して、下を眺めれば一面の雪景色だった。
「……ホワイトクリスマスか。こんなに積るなんて、このごろではあまりないな……。いい夜だ」
吐き出す息が真っ白になって後ろへ流れた。
アダンに会いたい。会いに行く。
白い地上が途切れる。夜空を映して暗い海が、代わりに視界を占めた。……かと思うとすぐに、目的の地が見えた。
丸い輪のような山に囲われた古代の思いを今に残す不思議な町、
ルネ。
島の真上まで来たオオスバメは旋回して高度を下げる。
ルネの丸い町並みが近づき、山に囲まれたドーム上のその中へ落ち込んでゆく。
やがてふわりとルネの街の一角、アダンの家の前にオオスバメは降り立った。
ルネも一面の雪景色、しんしんと降り続く雪は地に落ちて、さらに静かに地面を白に埋めていく。
アダンの家の、明かりは全て消えていた。
センリはオオスバメの頭を撫でるとモンスターボールに戻した。
しんしんしん……
モンスターボールをしまってふと動きを止めると、雪の音が聞こえた。
雪の音を聞いたのなんて、何年ぶりだろう。
この音は心を落ち着けて、同時にむしょうにわくわくさせる。
ちょっと目を閉じて、その音に聞き入っていた。……それから、ここでこうしている姿を見られても良くないな、と思い、センリは右のポケットからカギを取り出すとそっと目の前のアダンの家の戸、その鍵穴に差し込んだ。
ザクリ……カギがその仕組みを食い込ませる、心地よい音……それから少しの力を入れて捻ると、ガチャン、と、カギが解けた。
センリはそっと戸を開ける。
上がった家の、アダンの部屋、……アダンは当然だが眠りについていた。
ベッドを覆う天幕をそっとよけて寝顔を覗き込むと、良く寝入っている。
あまりに幸せそうな寝顔なので、このまま起こさずにプレゼントだけ置いて帰ろうかどうか悩んだ。眠りの森の姫を起こした王子も、もしかしたら一瞬ためらったのかもしれない。
センリはしばし、アダンの寝顔に見入る……やがて惹き込まれるように、その額にキスをした。
短いキスを解き、離れると、物足りなさが心を襲って、今度はくちびるに、キス。
「……ん……?」
寝起きの色っぽいうめき声を上げてアダンが目を開けるのと、センリが口付けを離して再びその顔を覗き込むのは同時だった。
アダンは目覚めてその瞳にぼんやりセンリを映す。
「……?」
「アダン、すまない、勝手に入った」
そこで、ハッとアダンの意識が覚醒する。
「あっ……せ、センリ? えっどうしてここ、に、こんな時間に、あなたが……」
目覚めてすぐの驚きに、珍しくもうろたえたアダンをセンリが笑う。
「今日はイブだから、会いに来た、プレゼント、渡しに来たんだ」
左のポケットからプレゼントのちいさな包みを出して見せる。それから右のポケットから、さっき使った金の鍵を出した。
「ここぞとばかりに、この鍵を使って」
それから、驚かしたことが嬉しい、というふうに少年の笑顔でにっと笑った。
アダンは寝覚めの目をぱちくりさせて、その鍵と、センリを交互に見る。
やがて目覚めてゆっくり動き始めた鼓動が加速しだした。
どきどき言いすぎるこころに翻弄されつつ、アダンはなんとかいつもの呆れたような微笑を作った。
「まったく、あなたは……」
こんな風に驚かされたのは久しぶりで、何だか楽しい。
「遅くなったけど、メリークリスマス」
「ええ、ふふふ、メリークリスマス」
アダンが目を閉じて、二人はもう一度唇を重ねた。
そうして黙ると窓の外、雪の降る音がまたしんしんしんと聞こえた。
END
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