ミオの潮風に、揺れる紫の髪

ゲンゴヨ。というか、ゲン→ゴヨ←トウ。


――あ……またあの人だ。

しばらくこもっていたこうてつ島から久しぶりに出てきたゲンは、降りた船着場の桟橋の上、顔を上げた視界の先に風に揺れる紫の髪を見止めた。
紫の髪、それから落ち着いた深い色合いの赤のスーツ。そのひとがミオシティ中央にある橋を渡っていくのが、この船着場からちょうど見えたのだった。
見上げるような形で、ゲンはなんとなく視線でその人を追う。
ゲンはこの街で何回かその人を見かけたことがあった。
人口の少ないこの街の住民は大体把握しているから、彼はここの人間じゃないことはわかっていた。それに……どことなくこの潮風にも、鋼鉄島にかかわりを持つこの街の人の雰囲気にも似合わない、一種浮いたような気配を放っている。
紫の髪をなびかす彼がこの町で唯一似合いそうなものといえば、そう、あの図書館だ。
――あのひとは今日もそこへ向かうんだろうか。
ゲンがその人を見かけるのは必ず図書館へ向かうところか、図書館から出てくるところだった。
今回も橋を渡り終えたその紫の髪の人はやはり図書館の方へと足を向ける。
ゲンは知らずその姿を目で追っていた。
――なぜかわからない。でも……気になっている。
一度視界に捕らえてしまったら、そこから目を逸らすのが惜しいような気がしてゲンはぼんやりと潮風に揺れる紫の髪を目で追っていた。
髪の柔らかな感じも、スーツに包まれたしなやかな体も、その足が迷いも無く図書館へ向かう無駄のない動きも……なんだか魅力的で、思わず目で追ってしまう。
ふと、その人が何かに思いついたように足を止めて振り返ったのでゲンはあわてて視線を逸らし、帽子を押さえてツバをさげた。少しして視線を上げると、また再び図書館へと歩き出しているところだった。
ほっとして、同時に少し残念に思い、何でそんなふうに思うのだろうと不思議に思う。
「おい」
いきなり声を掛けられてゲンは飛び上がるほどに驚いた。
「なにぼんやりしてるんだ」
と聞き覚えのある渋く低い声……
「トウガン……」
振り向けばボサボサ頭にいつもと変わらぬ仕事着のままの、トウガンが立っていた。
この街のジムリーダーでもあり、こうてつじまでのリーダーとしても一目置かれるトウガン。いつからそこにいたのか、気配も感じやしなかった。
このガサツな男が気配を消してそろそろと近づくなんてマネはしないだろうから、気付かないほどに自分は夢中になってしまっていたのだ。
ゲンはトウガンのいきなりの登場で上がった心拍数を、呆れてついたように聞こえるため息一つでなんとか落ち着けた。
「ゴヨウにみとれていたか」
とトウガンはにやりと笑って聞く。
みとれていた、という言葉も引っかかるがそれよりゲンが気にかかった言葉は、
「……ゴヨウ?」
「今、視線で追っていただろう。あの、紫の髪の」
と言いつつちらっとトウガンが視線を向けた先、紫の髪のゴヨウはちょうど図書館に入っていくところだった。
ああ、納まるところにおさまったな、とその光景を見てゲンは思う。
「彼、ゴヨウというのか」
名前をつぶやいてから、ん? と首を傾げる。
「その名前どこかで聞いたことがあるような……」
「ゴヨウといったら、リーグの、四天王の一人だ。トレーナーとして知らないほうがおかしい。相変わらずお前は、世間に疎いと言うか、浮世離れしていると言うか」
あきれたトウガンの言葉に、ゲンは笑う。
「私の行動範囲はこうてつ島か、バトルタワーだけだからね。そうか。四天王の……どうりでなにか、気になる気配を放っていたわけだな。張り詰めた空気と言うか、一種の緊張感のような……」
ゲンは、図書館の方へ視線を投げやった。
そういう気配が気をひきつけるのだろうか。なぜかあのひとは気になっている。
さっき振り返りそうだった一瞬のことをふとゲンは思い出した。
なんで、あのとき自分は視線を逸らしてしまったんだろう。視線が合っていれば、一言くらい、声を掛けるきっかけになっていたかもしれない。
声を掛ける?
掛けたらあの人は、どんな声音で答えるのだろう。
きっと少し高めの、落ち着いた声だろう。
……なんだか、聞いてみたいような気がした。
「……惚れたか?」
突然のトウガンの言葉はひとりで思考に浸かりそうになっていたゲンの意識にするどく突き刺さる。
「……はっ……?」
素っ頓狂な声を上げて見上げればトウガンはにやにやとおかしそうにこちらを眺めている。
「あれはなかなか、手ごわいぞ」
「……何を。見ていただけで惚れただなんて勝手に決め付けないで欲しい」
「だがあながち間違いでもないだろう」
そういったトウガンは俗っぽい笑いを消して、思いのほか真剣な表情で覗き込んでくる。
なぜか、確信的な言葉、そしてこの表情。
ゲンは言葉を飲み込んだ。
自分が想いの正体に行き着く付く前に、強引な形でそれを恋だと押しつけられた。
そして、それはトウガンの言うとおり、「あながち」どころか確実に間違いではないのだろう。
目が離せなくなってしまうほど……気になっているなら、恋だという理由としてはもはや充分だ。
気になり始めていた、これはなるほど恋心だったか。
だが。
――もう少し、自分の本音に気付かないもやもやした心持でいたかったものだな。
そんなことを思ってゲンはふっと笑った。
「何の確信だ、それは。どうしてそんなふうに断定する?」
そうゲンが尋ねると、トウガンは腕組みをして、にやりと笑う。その笑ったままの瞳をゲンに投げてよこした。
「おれもそうだからさ。お前も惚れるパターンだろうと思って」
「……はっ……?」
またもやワンパターンなリアクション、ゲンが変な声を上げる。
「おそらくヒョウタもそうだろうと思うんだが。……おれたち岩とか鉄とかに関わってる人間はああいうのに弱い。あの雰囲気に」
ゲンは目をぱちくりさせた。
「……トウガンもゴヨウに惚れていると」
「も、といったな? 認めたな」
「……」
ち、と舌打ちするゲンにトウガンは、勝ち誇ってはっはっと笑い声を上げる。
「あの雰囲気と言うのは……?」
苦い表情で話題を変えて、ゲンが問うのに、トウガンは、なんとなくわかるだろう? と図書館の方に視線を投げかけた。
「お前が目を離せなくなってしまったあの知的で柔らかい雰囲気さ。俺たちゃあ岩とか鋼とか、ごつごつしたものばっかり毎日毎日相手にしてる。そこで、それとは全く世界が違うような……なんというか知的で、柔らかくて繊細な緊張感。ゴヨウが持つあの雰囲気に、無条件で惹きつけられちまう。やっぱり、お前もなんだろう?」
問われてゲンは観念した。
その通りだ。トウガン……結局自分達は同じ種類の人種なんだな。と。
「……ああ」
ゲンは小さく認めた。
その時図書館からゴヨウが出てきて、また潮風に紫の髪を揺らしながらもと来た道を戻る。
ゲンもトウガンも、その姿をぼんやり眺めた。
割と近くまで来たところで今借りてきたらしい本の表紙を見ていたゴヨウの視線がふと上げられて、道の脇のほうに立ちつくす二人に気付いた。
それから、たたっと小走りになってすぐに2人のところまでやってきた。
二人のすぐ前に来たゴヨウはにこ、と柔らかな笑顔を見せる。
いままで2人が自分に惚れたのどうのと話していたなんて、夢にも思わず、サービス満点の微笑みに2人が思わず引き込まれているのに気付きもせず。
「お久しぶりですね、トウガン」
「ひさしぶりだな。また図書館か」
「ええ、いい本見つかりましたよ。ミオ図書館は、相変わらず品揃えがいい」
そう言って、今借りてきたらしい本を見て満足そうな表情を見せ、それからゲンに視線を移す。何かしら、興味を持っているような瞳。しかしその目はすぐにトウガンに移された。
「……そちらのかたは? さきほど、図書館へ向かうときにも見かけて……その前にも、何回か、この街で見かけていたのですが」
ゴヨウの瞳がもう一度、興味深そうにゲンを眺めた。
ゲンはちょっとどきっとして、意味も無く瞬きをくりかえした。
なんだか急展開だな、と思う。さっきまで遠くで見ていてちょっと気になるだけだったのに、今はそれが恋だと気付いて、その人が目の前にいる。
「こいつはゲンだ。普段はこうてつ島のほうにいる。トレーナーとしてはバトルタワーのほうに挑戦してて、バトルのセンスはなかなかだ」
「ふうん……」
よろしく、とゴヨウが手をさし出したのでゲンはその手を握ってよろしく、と答える。
つかんだ手は柔らかくてしなやか。へんにドキドキしてしまってゲンは心持ち慌てた。
「私はゴヨウ。リーグで四天王をしています。バトルタワーのほうはあまり知らないのですが、戦いを極めるところだとか? そんなところで切磋琢磨しているあなたと、今度一度くらいお手あわせ願いたいものです」
「手合わせよりも……」
とゲンはつぶやく。
「ダブルバトルでタッグを組んでみたい。あなたとは」
言うとゴヨウはふっとバトルをする者としての表情になり、強い瞳で、にこり、と笑ってゲンを見つめた。
「ダブルバトル……噂にしか聞いたことがありませんが、興味深い。今度、ぜひ」
そういってゲンを見つめる雰囲気の、強く魅惑的な感じに当てられて、ゲンは返事を返すこともわすれて思わず見入った。
「トウガン、息子のヒョウタ君にはおせわになってますよ」
「……は、ヒョウタが、なにか?」
「ええ、地下で、秘密基地の作り方とか、化石の掘り方とか。色々教えてもらってるんです。……彼はとっても親切で、とてもいい子ですね」
その言葉に、トウガンとゲンは思わず目を合わせた。
ヒョウタが嬉しそうに、ゴヨウを地下を案内しているのがあまりに簡単に目に浮かんだ。
「……彼も将来が楽しみですね。ジムリーダーとしても、炭鉱のリーダーとしても」
「いやいやあいつはまだまだだよ。よければバトルのほうをキビシく指導でもしてやってくれ」
「ふふ、わかりました。きびしく、ですね」
「ああ。きびしくな」
それから二言三言、リーグの様子とミオのジムの様子などを話した後、ゴヨウはそれでは、とその場を去った。
その姿を2人は見送る。ミオの潮風に、紫の髪が揺れる……。
相変わらず、目が離せなくなるな、とゲンは思った。
「……いいな。やっぱり」
トウガンがポツリとつぶやいた言葉に、ゲンがうなづく。
「ああ」
「やっぱりヒョウタのやつも引っかかってやがったな」
「そうみたいだな」
それから2人で顔を見合わせて笑った。
「まったく俺たちは単純というかなんというか」
「まったくだ」



トウガンはどうやらゴヨウとは知り合いらしいしジムリーダーとしてつながりがあるのだろう。なんとなくゲンはゴヨウがトウガンを年長者として尊敬しているのを感じた。
ヒョウタはといえば、やはりジムリーダーとしてつながりがあるし、しかも彼とはヒョウタのフィールドである地下で出会っている。

何のつながりもなかった自分は不利。
でも――ちょっとこれは、負けるわけにはいかないな。
思ってゲンは帽子をかぶり直した。
とりあえず、今度、バトルタワーのほうに、誘ってみることにしよう。

恋はここから。そしてこれから。

END


ゲンとトウガンに、ゴヨウについて色々言わせてみたかっただけ。

 

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