| 2階のカゲツ カゲ→ミク。
カゲツはたぶん付き合っちゃえば押せ押せだけど、恋の一番初めの段階が苦手そう。
リーグタワー2階のカゲツは、今日も片づけをやたらとのろのろと。
のろのろ、のろ……そうこうしているうちに、フヨウがおり、ゲンジが降り、そしてプリムが下りていく。
カゲツの二階を通り過ぎざま、プリムがふと足を止め、そこで手持ち無沙汰に壁に寄りかかっているカゲツにふふふ、と笑いかけた。
「おっそいわねえ……短気なあなた、真っ先に帰りそうなものを、らしくない。何をやっているのかしら」
プリムは苦手だ。この手の女はひどく厄介なことをカゲツは経験から知っているし、ここで働き始めてさらに思い知った。
「うるせえ」
「それも、帰りが遅くなったのは最近になって急に、ときている」
プリムはつつつ、とカゲツの近くまで来ると年のわりにアップに耐える美貌を寄せ、にっと笑った。
「なにがきっかけなのかしらねえ。あなたが帰るのを遅くし始めたのは。
ええと? その時期と重なるのは……」
「うるせえ、お前には関係ないだろうが……早く帰れ」
「はいはい、早く帰りますわよ……ふふふー」
楽しくてしょうがない、という風に微笑んだまま、プリムはするすると階段を下りていった。
「ふう、やれやれ……」
その姿を見送った後、カゲツは、ちらっと、のぼりの階段を見やった。
なんてことはない灰色の階段、無機質な風景。だがそれが、こうして何かを待って毎日見上げているたびにいつしか価値ある風景となっていく。
上の階にはあと一人いるのだ。その人は……まだ降りてくる気配を見せない。
しばらく見ていて、やがてため息。試合場の壁の一面に寄りかかると、腰元のモンスターボールをひとつ取り、グラエナを出した。
現れたグラエナは、目をぱちくりさせ、状況把握した後、ふうっとため息、それから呆れ顔という人間臭い仕草をしてみせた。
そんな表情をしてしまうのもしかたない。こうやって試合が終わってからあと、意味も無く何回も出してはまた戻し……なんてことを繰り返されているのだから。なにやってんだ。
「アオン……」
らしくないぜ、と声が聞こえた気がした。
プリムが言う、グラエナが言う。らしくないわね、らしくないぜ。
そんなこと分かっている。うるせえな。
だけど、しかたないじゃないか。恋をしたら、自分らしくなんて、やってられないだろう?
まちぶせだとか、かっこ悪ィ、でも、ちょっとのチャンスのためだけにプライドも見栄も手放して。それが恋ってもの。
そうしてこうして、好きな人を、待っている……。
この塔に残っている、あと一人。
チャンピオンのミクリ。
事情は知らないが、最近ダイゴに変わってチャンピオンになった水タイプのエキスパート。カゲツはその新しいチャンピオンに、恋をしていた。
……それにしても。
(いつもの事ながら、何故こんなに遅いのだろう。)
自分は帰る支度をして、こんなに時間を費やすのに苦労しているのに。
彼は一体上で何をしているのだろうな、とカゲツがその姿をあれこれ想像し始めたところにコツ、と上階からの足音が響いた。
カゲツは慌ててグラエナを戻し、また壁に寄りかかった。腕を組んで、なんとなく天井を見つめる。その目の端に、ひらりと白いマントの端が映った。
「……おつかれサン」
無情にも、そのまま通り過ぎようとしたミクリに声を掛けるカゲツに、ミクリは白のマントをまといつかせてはた、と足を止めた。
壁に寄りかかるカゲツをみて、挑戦者を迎えるのと変わらない優雅な営業スマイルを投げかける。
「お疲れ様です」
丁寧な声は、どこかそっけなかった。
ミクリはまだこのタワーのメンツに馴染まない。チャンピオンという高い立場にありながら彼は四天王の誰にも敬語で対応したし、打ち解けないでいつも対応は堅苦しいまま。
あるいは仕事と割りきっているのかもしれない。
ここでも返しのおつかれさま、の一言だけ言っていつもと同じにそっけなく去ろうとするのだった。
まて……。
カゲツは慌てた。
何か、一言……かけて今日こそ。ちょっとだけでも、ひきとめて会話を……。
そう思ったが、結局何も言い出せず。カゲツはミクリがまた歩き出してマントがなびくのをみているしかなかった。
なんてことだ。好きな相手をちょっと引き止める一言も発せやしない。
悪が泣けるぜ。
ふ、とカゲツが視線を落とし、ため息をついたところだった。
「……お疲れ様って、」
思いもしなかった、再び発せられたミクリの声にドキリとして顔を上げると、ミクリはいつの間にか足を止め振り返っている。
「あん?」
と、いつもの感じで答えようとした声は少し裏返った。
「……仕事のあとに言ってくれるの、あなただけです。……と、いっても、それはわたしが帰り支度に手間取っているのがいけないんですけどね」
話しかけられるとは思ってもいなかった。カゲツは慌てて言葉を紡ぐ。
「そ……そうなのか。ああ、帰るの、遅いよな……お前」
「ええ、そう」
うなずいたミクリは、そこで言葉をとめたが、これで会話が終わり、というのではないようだった。ミクリはカゲツに向き合ったまま足を止めたまま。
ちょっと考えた風な表情をした後、ゆっくり続けた。
「実は、帰り支度に手間取っているというか……わざわざ、上で時間つぶしてるんです」
「なんで?」
「ええ……チャンピオンで、そのくせここでは新参者の私が、まっ先に帰ってはいけないような気がして……」
どうなんでしょうか、そういうの、と、ミクリは続けた。
カゲツに聞いているというよりは、独り言のような感じでミクリはつぶやく。
それでも、二人だけで向かい合って話している、というこの状況に、心臓がどっ、どっ、どっと強く打った。
「い……いいんじゃねえか? あんまし気にしなくても。ここの連中は基本マイペースだから、そういう、立場とか、新参者だとか、気にしねえよ」
ミクリの瞳が、カゲツをみた。
「……そうなんですか。それを聞いてほっとしました。……明日からは気にせず帰れそうです。……といっても、帰り支度に時間かかってるのも、結局ほんとうなんですけどね」
頬に手をやって、ちょっと困ったような顔をして笑って。それから真面目な顔に戻った。
「アドバイス、ありがとうございます」
「ああ……」
ミクリはそこまで言うと、なぜか、ひとつ大きな仕事でも終えたようにふうっと息をついた。
そのわずかな動きに白いマントが、ふわり、揺れる。
「……やっと、話せた」
「?」
「四天王の方々と。もうちょっと打ち解けようと、わたしは思っていて……なんども自分から話しかけようとしてたんですけどね。この通り、ものすごい人見知りなもので」
「え」
困ったように笑う。
「あなたがいつも遅いの知ってて、ここ通るたび自分からお疲れ様って、言おうと思ってたんですよ、毎日。……でも今日も出来なかった。変わりに、今日は少し、勇気を出して、お疲れ様、のあと話しかけてみた。そしたら、……」
ミクリはふい、とまた背を向けた。ちょと帽子を直す仕草をする。
「カゲツ、ちゃんと話してくれて、ありがとう。なんだかもう少し、ここでもがんばれそうな気がする……それでは、また、明日」
そういって、下の階に向かって歩き出す。
しばし歩いて、「そういえば」と、ミクリはふと足を止めて振り返った。
「ちょっと気になっていたのですが……。あなた、帰るの遅いですよね。
私は上で時間つぶすのにけっこう手間取ってたんですが、あなたはこの時間まで、何を……? ……って、個人的なことに、踏み込んでは悪いですよね」
答えを聞きもしないで、ミクリはマントをなびかせ2階から降りていった。
END
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