ろくがつのはなよめ

男にウェディングドレスなんてカンベンしてくれ、って方は読まないほうが無難です。


ふわり、たなびくドレスの裾は、幾重にも重なる美しい曲線のレースで彩られ。ミクリのわずかな動作につられてゆったりと揺れる度にそこから夢を紡ぎ出すよう。
着こなせば生地のシルクがまるで抱き締めるように優しく身体を包み込んだ。
純白のウェディング・ドレス。
そのあまりの質の高さに、ミクリは思わずため息をついた。


男ながらにウェディングドレスを着る日が来ようとは。夢にも思わなかった展開に、鏡の前でミクリはひとり苦笑い。
こんな立派なウェディングドレスをどうしたのかといえば、さっきいきなり脈絡もなく弟子のルビーが持ち込んできたのだった。
「師匠、ちょっとでいいんで、着てみてくださいよ」
とへんに人をのせるのがうまい弟子にまんまとのせられて、「じゃあ、」と冗談のつもりで安請け合いを。
他の誰かが持ちかけたなら冗談じゃない、と断るがルビーとだとこういうのも割と抵抗なくやってしまう。
白いドレスを受け取り、着込んでみたところだった。
鏡の中の姿を見て、それにしても、よくできているな、とミクリは不思議に思う。
――自分のために作られている?
まさかね、と思いつつもこのあまりにぴったりなサイズは……。
いったいどこのブランドのものだろう。男が着ても違和感のないこのデザイン。どこのハイセンスなデザイナーの作品だろう。それもこの白のわずかな色の違いのなか、選ばれた影に紫を作る色合いは、ミクリの青い髪によくに合った。
ミクリはやわらかに広がるドレスをすくい上げて見た。
このレースの加工も、見えないところまで丁寧に作り上げられているところも……どこも完成度が高い。
そしてこの生地。多分最上のシルクだろう。
デザイン、作り、素材……どれも最上級だ、とミクリは感心した。

――ルビー、こんなドレスを一体どうしたんだ?


「へー、見事な着こなし。似合うじゃないか」
着替えて出て行った先に、いたのはダイゴだった。ドレス姿のミクリをまじまじと見て、満足そうにする。
「だ……ダイゴ! 何でいるんだ……ルビー?」
何でこんなときにダイゴなんか部屋に上げたんだ、と弟子を見れば、ルビーはにこーっと笑って、「大師匠もいますよ」と。
はっと視線を上げると、机のところで優雅に紅茶を飲むアダンが、ミクリを見つめてふふ、と笑った。
「し、師匠? あっ、こ、この姿は……っ」
アダンはカタリ、と紅茶を置いて席を立ち、ミクリに近づいて、その姿をよくよく眺める。
「ふむ。やはりよく似合うな」
ドレス着込んだ姿なんてものをまじまじと見られて、耳まで真っ赤になったミクリが、きびすを返して部屋まで戻ろうとしたところを、アダンが腕をつかんで引き止めた。
「まあ、待ちなさい、ミクリ」
「いま、着替えてきますから……! ちょっとルビーに乗せられて冗談のつもりで着てみただけなんです」
「そのルビーに、ミクリを乗せさせたのは私達だよ」
「はっ……?」
ミクリは言われてもよく分からなかった。けれどなにかある、という意味は感じ取って部屋に逃げ込もうとする力を止めた。
「……どういうことですか? みんなして私をからかおうと?」
まだ頬を赤くしたままミクリはアダンをみて、ダイゴを見て、ルビーを見た。
露骨にからかう、という雰囲気ではない、けれど、じゃあなんだと言うのだろう。男にドレスなんか着せて何がしたいんだ。
「まあ、半分からかっているというのも間違いじゃないが」
そういいつつアダンは腕をつかんでいた手を解いて、かわりにエスコートするようにミクリの手を取る。自然な流れでミクリをみんなの前の椅子に導き座らせた。
「……説明してもらいましょうか」
座って不満そうにミクリが言う。
「じゃあ、ボクが話そう。……そんなに不満そうな表情するなよ。そんな表情させたくてやったんじゃないんだ」
ダイゴは苦笑いした。
「まず聞きたいんだけど、そのウェディングドレス、どう?」
「え?」
聞かれてミクリはふと、自分の着ているウェディングドレスのことを思い出した。
視線を落とすと最高品質とさっき自分が思ったドレスが視界に入る。
「……このドレスは、最高級の品だと思うけど」
言うとダイゴは満足そうに、にこっと笑った。
「当然だね。それは君だけのための、最高のドレスなんだから」
「どういうこと?」
「ん……そのドレスは、ボクと、アダンさんとルビー君からの君へのプレゼントなんだよ」
ミクリは瞬きをぱちぱち、としてからもう一度自分の着ているドレスをながめた。
「……私に?」
「そう。気に入ってもらえたかな?」
ドレスのプレゼント……。この最高級のドレスが、自分に送られたもの?
そう思うと品物がいくらドレスだってなんだか嬉しくなってしまう。
「男に送るプレゼントにドレスってのはちょっとどうかと思うけど……このドレス自体は気に入ったよ。ありがとう」
知らず口の端が上がって、嬉しそうな表情を作っていた。それからありがとうといったところからなんだか頬がほてる。
そんな嬉しそうにするミクリにダイゴは思わず見入ってしまいそうになったが「ダイゴさん」と呆れたような、せかすような声でルビーに呼ばれ、我に返った。
「喜んでくれてよかった。……で、本題」
「本題?」
「そ。ミクリ、そのドレスの、どこが気に入った?」
「?」
「そのドレスの、どんなところがいちばん優れてると思う?」
「へんなこと聞くね……。うーん」
ミクリはいままで座っていた椅子から立ち上がって、すそをつまんで、くるりと回ってみた。それから少し考える。
ふとみるとルビーもアダンも、そしてダイゴも、どこか真剣に自分の答えを待っていることに気付いた。その雰囲気にどきりとする。それはなにか、重要なことなんだろうか。ミクリの答えが慎重になる。
「素材、デザイン、作り、……どこも優れてる。全部ひっくるめて気に入った」
結局みじかくそう答えた。
その答えに、ダイゴとアダンがお互い視線を交わし、ふっと苦笑いした。そんな中、
「そ……その三つの要素の中で、一番は……?」
おもわず、と言った感じでルビーが聞く。「素材、デザイン、作り……その中で一番を決めるとしたら、師匠はどれが一番いいと思いますか」
目が真剣だな、とミクリは思った。
「それは……難しいな。比べられるものじゃない。どれも要素の中では最高級だと思うけど、どれが一番かは決められないよ」
ミクリの言葉にルビーは、諦めたようにふうっと息をつき、そんなルビーの様子にアダンとダイゴは思わず笑い出した。
ミクリだけが何も分からず取り残されたようでまた不満そうな表情になる。
その表情に気付いて、ダイゴが笑いながら「ごめんごめん」とつぶやいた。
「……ネタバレを。このドレスはね、アダンさんがデザインし、ボクが材料を調達して、ルビー君が作ったんだ」
「え?」
「君に想いを寄せる三人の男が作った、世界でたった一つの、君だけのドレス。僕らはちょっとした賭けを。……このドレスをプレゼントして、ミクリはどこを気に入るだろうって。素材か、デザインか、作りか……」
ミクリはこのドレスを構成している要素の正体に驚いて、そのまま納得して「それで……」とつぶやいた。ダイゴがうなずく。
「結局全員が『ミクリのお気に入り』に選んでもらえた訳で、つまりは同時にだれも特別一番にはなれなかったというわけだ。まあ、いい結末だな」
そういうことだったのか……。
ミクリは思わず笑い出した。
「こんなところで賭けだなんて、よく思いつくな。何やってんだ。……でも、すごい。こんなドレス、作り上げてしまうなんて」
まだ信じられないといった表情でドレスを見つめるミクリにダイゴが「ここで……」と声を掛ける。
「ネタバレしたところで、その最上のウェディングドレスを着た花嫁の、相手を選んでよ」
「え?」
「せっかくだから今日一日の花婿を、ぜひ選んでくれ。お相手には、一流デザイナー顔負けのセンスを持つアダンさんか、どのブランドよりも丁寧に美しくドレスを作り上げる技術を持つルビー君か、はたまたこんなばかげたこと始める企画力と最上のシルクをぽんと用意する財力を持つ僕。誰がいい?」
三人に一度に見つめられて、ミクリは息を呑んだ。

花嫁ミクリが選ぶのは……。

END


 

 

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