| 戦いの後で 2、ミクリ
ダイゴが去った後、足音の主はミクリ。
「ルビー、ここにいたのか」
ダイゴが去った後、この廊下に訪れた足音の主は、ルビーの師であるミクリだった。
あちこち包帯に包まれるその体はこの戦いで受けた傷で満身創痍……しかしそのくらいでいつもの優雅な身のこなしを崩すミクリではないのだった。
自分をみつけて自然に向けられる、やさしいまなざし。その視線が高鳴って、動揺していたルビーの心をまるで癒すように落ち着ける。
ここにこのタイミングでミクリが来てくれて、ルビーはなんだかほっとした。
「師匠……」
「ん? どうかした? そんなほお赤くして……」
しゃがんで視線を同じにして、無事だった方の手でそっと熱いルビーの頬を撫でる。
少し冷たいミクリの指に触れられ、ルビーの、知らず張り詰めていた緊張がとたんに崩れた。
「師匠、あ、あのボクどうしたらいいか分からなくなってしまって……!」
するりとルビーはしゃがむミクリの肩に抱きついた。
ダイゴから受けた、あのキスはなんだったんだろう?
舌を入れられて、口の中をなぞられて……何が起ったかわからなかった。
自分の知らなかった感覚がして、体が熱くなって……。
ルビーは混乱していた。
ダイゴに、告白されたことですでに混乱していたところにあんなしたこともないような深いキスをされて……なにがなんだか分からなかったというのが実際のところ。
ここに来てミクリの顔を見てほっとして、ルビーはやっと自分が混乱していたことにも気付けたのだった。
「ししょう、聞いてください、だ、ダイゴさんが……」
一人ではどうしようもなくてルビーは唯一自分が頼れる大人であるミクリに今あったことを話し出した。
「ふーむ……ダイゴがね……」
混乱するルビーの話を聞いて、ミクリは複雑な表情で考え込む。
「ボクは、さっきまで確かにサファイアが好きで……でも、なんだかよく分からなくなってしまったんです……まだ心臓が、ドキドキいってる。それって好きになってしまったって事ですか? こんなことで人を好きになってしまうことってあるんですか? ダイゴさんのこと、ボクはまだ何にも知らないのに……サファイアのこともまだ好きなのに」
確実に動揺している弟子を見て、ミクリはため息をつく。
「まったく、ダイゴは……」
それから抱きつくルビーを離し、向き合って落ち着かせるために肩に手を乗せる。
「とりあえず、落ち着きなさい。ルビー」
「は、はい」
ミクリにそういわれると、なんだか混乱していた心が少し落ち着けるような気がした。
「ダイゴのやり方はちょっと唐突過ぎた。ルビーのこと考える余裕がなかったのか、計算してやってるのかはわからないけど、いきなりそんなことされたら混乱するのも無理はないよ。……でも、そんなふうに始まる恋もなくはない」
今の終わりのひとことに、あれ、何が言いたいんだ、とミクリは心の中で首をかしげた。
「え?」
「いきなり人を好きになってしまうのも、サファイアを好きなまま、ダイゴを好きになっても、……それもありなんだよ。恋愛に関して何がいけないってルールはないから……」
言葉をつむぎながらミクリはさっき確実にかくんと軌道がずれたのを感じた。言おうとまとめた言葉と、実際言ってる言葉に差が生じている……。
「だから、ルビーはルビーで、好きなように恋の感情を決めればいいよ」
「は……はい」
言葉を真剣に聞きこみ、ルビーの依存しきった綺麗な瞳が自分の瞳を覗き込む。
それを見たとき、何がいいたいのか分かった気がした。
「……私も、そうする」
「え?」
ここにきて、やっとミクリは自分の仕向けたかった方向が見えたのだが、それに気付くのも、歯止めをかけようとするのもちょっと遅すぎたようだった。
無事な方の手を差し出して、再びルビーのほおに触れた。しかしそれはさっきのような心配やいたわりの想いからのもとはちょっと違って……
ルビーが何かを感じ取りはっとミクリの瞳を見る。
それを片方の目が受け止めて、そこから逸らせないようにする。
片方の手、片方の瞳……不利だな、とミクリは思う。だけど、自分ではずしたタガを今更はめる気にはなれないのだった。
「恋に関して、ルールはない。……弟子に恋してはいけないなんて、頼られているからその心を裏切ることになるかもしれない恋をしてはいけないなんて、そんな決まりもないはず。ましてや親友に遠慮してなんて……」
頬から柔らかな指先が離されて、ルビーの手をやさしくとった。そして指の付け根に、ミクリが恭しく口付ける。
その瞬間、とりまく2人の関係は確実に師匠と弟子ではなかった。
普段高い立場からルビーを見下ろしているミクリは、ルビーを対等の人間とみて恋をした。そして恋してしまったものとしてひさまづき、ルビーに屈する。
少し低い位置から自分を見上げるミクリにルビーは戸惑った。
唇が触れたところから、じわっ、とうずくような感覚が広がってあっというまにルビーの手と、それからこころを痺れさせた。
「し、ししょう……?」
さっきまで収まってきていた心が、再び強くなり始める。
ルビーはまたワケが分からなくなりながらも高鳴る心に戸惑う瞬きを繰り返した。
「よくもまあ、ここまで心を押し殺していられたものだ。」
ミクリがつぶやく。
「……逆に言うと、ここまでしか押しとどめておけない。ルビー、好きなんだ……君の美しさも、強さも。私は無条件で惚れてしまっていた。小さい頃に出会った記憶から愛されるサファイアに嫉妬し、いきなりショックを与える行動に出たダイゴに怒りを覚える。そのどれもが、弟子へのいたわりというよりは、恋するものへのわたしの独占欲……」
片方の青の瞳がまっすぐにルビーの紅い瞳を射抜く。
「ルビー……私は師匠である前に一人の男として、どうしようもなく君を愛してしまっているんだ」
ルビーは手をとられたまま、瞳を捕らえられたまま、身動きもできなかった。
ミクリが今までとは全然違うふうに見えた。
師匠として当たり前と思っていた魅力は、一人の人間としてみた時には余計に美しく、艶っぽい申し分ない魅力として映った。
そんな男からまっすぐに見つめられて愛の言葉を告げられて、ルビーは確実に心が揺れてしまうのを感じた。
「あ、あの、ボクは、ええと……」
目を逸らした。手も引っ込めた。
こんなときこそ頭を働かせなきゃならないのに、あせってなにも考えられない。
真っ白、もしくはなんだかうす桃色の思考。
何秒くらい、動揺した様を見せていたのだろうか。
ぽん、と肩に置かれた手にルビーはびくっとしてミクリを見た。
「……ごめん」
言ったミクリは今はさっきまでとは表情を変えていた。
ルビーの目にはそのミクリが再び師匠として映る。
「ごめん。私は、こんな時に何を言ってるんだろうな」
すっと立ち上がると、ルビーからの目線の位置は上。普段の位置関係。見上げるルビー。
「……今のは、忘れてくれ。サファイアと、ダイゴのことだけ考えなさい。……たぶん、それで手一杯になってしまうだろうから……、ごめん。なんのアドバイスもできないどころか自分の心優先させてしまうなんて私はどうにかしてたんだ。でも、…………いや。とにかく、今のは忘れて。私たちは、今までどおり師匠と弟子だ」
「でも、ししょう」
「いいから」
見上げたルビーの瞳に恋の火がわずかに灯りかけたのを見もせずミクリは、ぽん、とルビーの帽子を押さえて下を向かせた。
手を離された時にはくるりとミクリは背中を見せていた。
「わたしも、まだまだだな……頭を冷やしてくる」
そうしてそのまま、来た時のようにコツコツと足音を響かせてミクリは去っていってしまった。
ルビーの心にはさらなる混乱ばかりがのこる。
コツ、コツ、と、ミクリが去ったのとは反対の方向から、足音がした。
To be continued....
ダイゴのときよりやたらと書き込んでるように見えるのは気のせいではなく、
わたしが確実にミクリ贔屓だから(笑)
次は……
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