| さ、食事でも。 アダン×ダイゴ
夜のトクサネ、ダイゴの家。
狭いが居心地のいいロビーで、波の音にまぎれてちりんと高く響いたのは、恋に破れた男たちの、自棄酒のグラスの乾杯の音だった。
何度目かに響いた音……冗談のように幾度かこうしてグラスを合わせていた。
部屋にいたのは、同時にミクリに思いを告げて、同時に振られたダイゴとアダンだった。
「……まさかアダンさんまで振られるとは」
グラスを傾けダイゴが今更のように言った。
「そのセリフ、そっくりそのまま返す。君まで振られるとはね」
アダンも、ダイゴも、2人のうち、どちらかをミクリは選ぶと思っていたのだ。それで勝負、と一緒に想いを告げたところ、予想にだにしなかったことに、ミクリは両方とも丁重に断った。
それで振られた記念にこうして2人でダイゴの家で、自棄酒を飲んでいる。
自棄酒にするにはもったいなすぎる、ジョニー・ウォーカー黒ラベル。
湯で割ったことにより上がった蒸気で解放される気高い香気がわずかだが失恋の痛手を癒す。
「結局だれなんですかね……ミクリの思い人は」
「ルビーだろう」
アダンがそっけなく答えた。
「私か、君じゃなかったら、おそらくルビーだろう。前々から変に仲がいいとは思っていたのだ。今考えると、仲が良過ぎる」
「そんなにですか? 普通の師弟に見えますが」
「普通の師弟が、一緒に風呂に入って、一緒のベッドで寝るか? いくら相手が子供だとはいえ家族でもない11歳の少年。そこまでしないだろう。……なんて、思ったのも今更だが」
「たしかに……」
「とすると……」
そこで2人は視線を合わせた。
「あんなガキに、してやられたって言うのか。大の大人2人が」
そういって、そのことが妙におかしく思えてきて腹を抱えて二人で笑った。二人ともいい具合に酒が入っているのだ。
「まったく、お互いなさけないことですよねえ……10以上も年下の少年に負けるなんて」
「ああ」
「あの二人だと、どっちが、どっちを……?」
「普通に考えてミクリがルビーを、だろうが、そのまた逆もありそうだ。ルビーならやりかねん。あいつは空恐ろしい」
「ルビーの下であんあん言ってるミクリ、ですか? ……それはまた、そそられますね」
「確かに」とつぶやいてアダンが戯れに演技の空気を誘う。
「……ミクリが熱っぽく潤んだ瞳で、ルビーの下で。『もう、っ……許して、ルビー』」
戯れにしても上手い「ミクリ」にダイゴが続きを引き受ける。
「そして、ルビーが、その声に煽られて、なおも攻めたてながら『まだですよ、師匠、今夜は眠らせません……!』」
変に巧い声音の演技でアダンがミクリを、ダイゴがルビーを演じてみせて、それがやたらと似てしまっていることのあまりの馬鹿馬鹿しさにまた笑いが止まらなくなる。
「あーあ……」
さんざんに笑った後、疲れたようにため息をついて、アダンがつぶやく。
「欲求不満だ」
その言葉に、まだ笑いを引きずっているダイゴがまた笑った。
「アダンさんの口からそんな直接的な言葉を聞けるとは……あなたも、男ですねえ」
「ふふ……どんな男だって、表面ではうまく取り澄ましているだけで、所詮は生物としての域を抜けられない……けっきょく性的欲求を満たしたいと思うのは同じこと。私とてその域を抜け出せはしないさ」
自慢の髭をひとなでして、いかにもっぽいことをつぶやく。そうしたアダンは、つとダイゴを見やった。何かの含みを持った視線。品定めをする瞳が、同時に色目になってダイゴを捕らえる。
「君もなかなか魅力的だな」
「僕がですか? ふふん……、アダンさんのお眼鏡にかなったというなら、自分に自信がもてますよ」
そう答えている間の、わずかな瞬間。
言ったダイゴのくちびるに、向かいに座るアダンが立ち上がり、キスをしていた。
場慣れたアダンはあまりに自然にダイゴの唇を奪う。
酔ったダイゴの、反応は鈍い。先に感じたのは甘やかな快感で、それからキスだと遅れて気付く。
そこからしばし、唇が合わされるのに慌てず抵抗もせず、おとなしくダイゴがアダンのキスを受け取る。
ざざ……んと、外で響く波の音が、二人が黙ったここに来て、始めて聞こえてくる気がした。今までずうっと二人はしゃべり続けていたのだ。
波の音を聞きながらのこのキスは、なんだか不思議でやたらと官能的。
ダイゴは瞳を閉じて、アダンのキスに応えた。
欲求不満だって、それは自分も同じこと。そこへ来てこのアダンのキスは、ダイゴの欲求を上手い具合に満たす予感がした。
二人の間に机はあるが、今はそんなこと微塵も気にならない。
いつしか、合わせる口元から、淫らな水音が漏れていた。
ちょっと前まで好敵手だった。一人の男を取り合って……それは誰だったか…… そして今はどんな状況だったか…、思い出すなんて野暮なこと。
「………っは…」
長いキスの末に解放されたダイゴは息を乱れさせ、力なくぐったりとソファーに体をもたれかからせた。
アダンに与えられたけだるい快感が、体を襲ってジンジン言わす。
なにか、気の聞いた冗談でもここでひとこと言おうと思ったがそれも億劫になってやめた。
代わりに、ダイゴは首もとのスカーフに指をかけ、解いた。それからシャツのボタンを上からいくつかはずす。「熱い」から、だなんて、適当に言ってみたいいわけだ。ダイゴのほうから露骨に誘っているのだった。
ダイゴのはだけた胸に、アダンは目を細めた。
「そんな美味そうに見せてみて……食い散らかされても知らんぞ」
「……ふふ。あなたなら、上品に召し上がるでしょう?」
けだるさの中、ダイゴにまだ笑うくらいの余裕はある。
「こんなはらへりでは、上手く食えるか分からない。テーブルマナーもあったものではない」
「いいですよ。どうせ僕はフランス料理のフルコースなんて洒落たもんじゃない。気軽に食えて確実に美味いファーストフードです」
「なるほど美味そうな。……ならば言葉どおり気楽にいただくとしようか」
アダンが立ち上がってダイゴの元へ向かい、ソファーにしなだれかかるダイゴを軽く抱き上げた。
「食事をするテーブルはどこかな?」
などと、あまりに気の聞いた冗談にダイゴは笑い出した。
「むこうですよ、むこう……連れてってください」
「よし」
というわけで、この先は失恋さえもただの前菜になる、極上の食事の時間。
END
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