サクラの恋
春、桜の木の下で起こる、ちょっとした恋の話。
物書きの東条は、物語に行き詰って、ふらりと近くの公園に出た。
今は春で、少し寒い。でも、桜はもう咲いていた。
公園はけっこう大きくて、端の方にちょっと高くなっている、丘のようなところがある。そこに確か大きな桜があったなと思い出して、丘に上がった。するとそこには果たして大きな桜があって、広く枝を伸ばし、その枝に溢れんばかりの花をのせていた。
「ほう、たいしたもんだな」
今日は平日なせいか、花見客もいない。
東条はひとり、丘の上で桜を見上げる。
花をつけた木の枝の下にいたから、見上げるとほのかに色付く白の花の合間合間に冴え渡る青空が見えた。
と、どさりと人が落ちてきて、東条を押し倒す形で地面に下敷きにした。
「???」
訳も分からず東条が目をぱちくりさせていると、今落ちてきた人はそんな東条を覗き込んでにこーっと嬉しそうにわらった。
長い黒い髪がさらさらと肩から落ちる。女のような男だった。
「一目ぼれしてしまった!」
と、言って起き上がる。今まで下敷きにしていた東条に手を差し伸べ起き上がらせる。
「こういう感じの髪型ってどうかな、服はよく分からなかったんで、和風にしてみた」
「は?」
訳のわからなそうな表情をしている東条に気付いて青年はあわてて言い訳をする。
「あー……ええと、桜が咲いている間は力が高まって、けっこう色々できるんだ。それでひとめぼれして好きになったから、好きになってもらいたくてこういう感じにしてみたんだけど、どうかな」
「ちょっと待て……ええと……」
東条は額を押さえて考えた。
「君は誰だ?」
聞くべきことは多そうだが、先ずはそれからだ。
「長く生きてきたのが力を持って、花が咲くときに力を放出する、その有り余ったのがこう……」
言いながら目の前の青年は考えつつ首をかしげた。うまい言葉が見つからないらしい。
「こうしたいと思ったのがこうなったような感じのもの」
結局さっぱり分からなかったが、さすが物書きの端くれ、東条は想像力を総動員して結論を出して聞いてみた。
「つまり、桜の木の精とかそんな感じなのか」
「あ、そうそう、桜の木。それだ」
こくんと嬉しそうにうなずいてから、
「まあそれはどうでもいいんだけど、それで、君が好きになったんだ。君は? わたしのこと好き……?」
「い……いやちょっと待って。急に聞かれても分からないよ」
「なんで?」
「なんでっていわれても……よく知らないし、告白された相手が人間でさえないとなるとちょっと具合がちがう気がする」
「でも、私はすきなんだよ。どうしたらいいの、いまなら何でもできる気がする。君が私を好きになるには何が必要?」
「まてって、私はやっぱり人間以外はちょっと無理だから……」
迫られるように聞かれて、距離が近い。あわててそういったところ、青年はちょっと離れて「うーむ」と首を捻った。
「そうか、人間。種族自体が違うとなると……」
ぶつぶつ何かつぶやいていたが、やがて、うん、とひとつうなづく。
「いまなら、できる気がする! 見てて」
青年はふっと眼をつぶった。
その上に桜の花びらが舞う。……ひらひら……。
桜吹雪はあっという間に「桜嵐」へとなった。ザザザ、と惜しげもなく花びらが散る。
これでは花が全て散ってしまう。一体何をするつもりだ?
あわてて「ま、まて、」と止める間もなく、はなびらは散り乱れた。落ちる花びらは青年のもとに集ってその姿を覆い、次の瞬間ぶわっとあたりにはじけるように散った。
それと同時にずん、と音がしたかと思うと、青年の後ろの桜の木が倒れ……そのまま光の粒になって消えてしまった。
呆然としている東条の前で青年はにこ、と笑う。
「どう? 見た目は変わっていないけど、ちゃんと人間になった」
「え……まて! あの木は? 桜の木はどうなっちゃったんだ?」
聞くと、
「力を放出しすぎて形までなくなっちゃった」
とあっけらかんと言う。
「でもこれで人間になれた、すごいでしょ。それもこれも、君のため」
東条は額を押さえてため息をついた。
「なんてこった……」
「さて、人間になったし、私の事好きになった……?」
「ああ、もう……なんなんだよおまえ、これで好きじゃないとか、言ったら悪役みたいな状態作ってしまって……」
「じゃあすきなの?」
見つめてくるのを見つめ返してから、東条は一拍置いて、こくんとうなずいた。
「好きになった」
「よかった」
嬉しそうに言って、人間になった桜は幸せそうに笑った。
END
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