センリの親心

センダイ(ゲーム版)


「……そうだ、うちのお父さんを、1日ダイゴさんに貸してあげますよ」
にこっとわらって、それが最上の方法であるように、ユウキは言ったのだった。
「あ、いや、僕は別にそういうつもりでいったんじゃ……」
引きとめようとしたダイゴを無視してユウキはポケナビで連絡を取る。
「あ、父さん? ああ……そう。うん、え、そりゃちょうどいい! ちょっとお願いがあるんだけどね……。……うん、そう。父さんに会いたいって言う人が……うん。じゃあその日にトクサネのね……」
通信を切ったユウキは嬉しそうに笑って、「予約取れました」と言ったのだった。

…………

「ユウキは善意のつもりで……」

と、どこか肩身狭そうに居間の椅子に座ったセンリが言った。
「分かってます。ユウキ君は優しいから……」
とりあえずもてなしのコーヒーを用意して、ダイゴはセンリの向かいに座った。
はあ、と2人同時にため息をつく。そのタイミングがあまりに上手く重なって、思わず視線を合わせた。……それからまた、2人同時にため息。気まずい。
「まさか君だとは思わなかった……」
センリが、ダイゴを見てつぶやく。
ユウキが、父親を必要としている人がいる、と言った。一日だけでも、父として一緒にいる時間を作ってあげられないか、と。
センリはまあいいだろうと思って……相手はたぶんユウキの同世代の友達だろうと思って、それならその子のためにひとはだ脱いでもかまわないか、と思い言われた家に行ってみた所、そこにはチャンピオンのダイゴの家だったのだ。
センリは驚いた。まさか彼が……そんなことを望んでいる相手だと言うんだろうか。
だがユウキが何かの間違いをするとも思えない。
「あまり立場の低い私に聞かれたくはないのかもしれないが」
と、断って、センリは続けた。立場が低いとはつまり、仕事としてダイゴはチャンピオン、センリはジムリーダーだということをいっているのだった。
「君は、父親に、甘えてみたい、のだとか……?」
その言葉に、ダイゴは思わずほおを真っ赤した。
確かに間違いではない。ユウキに、そういうようなことを話したのだった。それがこの事態の幕開け。

ユウキがダイゴといてあまりに父さんが、父さんが、と楽しそうに話すので、ダイゴは思わず「いいな……」とつぶやいていた。
「え?」とユウキが振り返る。
「君はいいな。自然に父親を尊敬し、自然に父親からも愛されて……。父さんが近くにいて、甘えられて。……僕はあんまり、そういう記憶も体験もなかったんだ。父といえば遠くにいて、何か仕事をやっていて、金融的な面でのみ確実にフォローしてくれるというものだった」
そういったときに、賢いユウキの瞳が、いつも思考を働かせる時のように理知的な色を帯びたのを、ダイゴは見た。
「そうですよね……すみませんでした。ついつい自慢のようにこんな話して」
それから、またその瞳のまま何かを考え……この場に有効であろうという答えを導き出す。
「そうだ……うちのお父さんを、1日ダイゴさんに貸してあげますよ」
それが、ユウキの結論。
ダイゴが止めるまもなくユウキはセンリに連絡を取り付け、この何ともいえない状況をセッティングしてしまったのだった。

「すみません……ちょっと僕は私情に走って、いくつも下のユウキ君に情けない本音をしゃべってしまって。……そのせいでこんなことに。せっかくの休日をすみません。どうぞそのコーヒー飲んだらお好きなように。ぜひとも家に帰って、あなたを慕うユウキ君に家族サービスをしてあげてください」
ダイゴは苦笑いをした。
「……」
センリはコ−ヒーを飲んで、何故かそこで黙りこくる。
何かを考えているようだった。その間、ダイゴは向いの席でぼんやりセンリを眺めた。
この人は父親。ユウキをうらやましくないといったらうそになる。
誰に対しても社交的に抜群に愛想のいい自分の父親なんかよりも、目の前のこのいくらか無愛想な男こそ家族に対して優しいそうだ。
ユウキのあの性格を見れば分かる。いい家族でちゃんと構われて育った子供は、まっすぐに、純粋に、良い子供に育つ。
それに比べて自分のこの捻じ曲がった心はどうだ。
父親のせいになんてしたくはない。だけど、もしあの人が、わずかな時間を見つけて自分に会いに来てくれて、そしてたった一秒でも、無言で抱きしめてもくれていたら。
いまさら……こんな大人になって、父親に抱きしめられたりとかそんなスキンシップを求めていたことなんかに気付いて、ダイゴは自分が情けなく思えた。
「……ユウキの考えは、親の贔屓目を抜きにしても優れている。あいつの言うことには大抵、間違いはないんだ」
ここで、さらに子供自慢などされるのか……とダイゴはまた苦笑いになる。
だが、そういう展開ではないのだった。ダイゴが思うよりもユウキ、センリの家系に流れる血は賢く、そして人に対してためらいもなく優しく親切なのだった。
「父親の存在は、絶対に必要だと、私は思う。……たとえ父親自身でなくとも、それに類似した何かの代用でも……必要なはずなんだ。そういうのがもし供給されていなかったとしたら……」
がたり、とセンリがコーヒーを飲みもせず、立ち上がるのをダイゴはぼんやり見ていた。
こんな中途半端なところで帰るのか、と思っていたがそうではない。
センリが机をまわって、自分のほうへ向かう。後ろに立って……。
そして、優しく背中から抱きしめられて初めて「えっ……」と思って、ダイゴはコトンとコーヒーカップを机に置いた。「君は、つらかったのじゃないか」
センリの瞳には、目の前のダイゴが、どうしようもなく幼い子供として映っていたのだった。

――ホウエン最強のチャンピオンだって?
有能で、デボン社の重要な仕事の一部も任されているという……。
誰もが目指すような、憧れのエリート。
その正体は、実は上手く大人になりきれてない、どこか不器用な、幼い子供じゃないか……。
センリはそのことをここに来て知って、いてもたっても居られなくなってしまったのだった。
それはセンリの、他でもない親心。

「私で代用が効くだろうか。今からでも、間に合う。君にはいまからでも、いくらでも、『父親』が必要だ……」
そういわれて、抱きしめられている感覚を感じて、ダイゴはまばたきを繰り返した。
温かい、センリが背中から与えてくれる温かさに心がじわりと侵されて、良く分からない、切ないような悲しいような変な心が上りあがってくる。それは同時にじわっと涙を瞳に浮かべさせた。
「あ……いえ……その……」
人の体温のやさしく接してくる温かさにダイゴはうろたえて、あわてた。
こういうのは、知らない。
恋でもなく、友情でもなく、確実に上から惜しみもなう与えられる何か。
恋のギブアンドテイクでもなく、友情の義務でもなく、ダイゴが何かを相手に与えなくても、それは無条件で与えられる、やさしい温度で。
ダイゴは、どうしたらいいかわからなかった。
「ダイゴ君、君はいくら歳をとって大人になったって、チャンピオンという立場に至ったって、その心はまだ、子供だろう。……私で足りるだろうか? もし力不足でなければしばらく、父親としてなにかをあたえてやりたい」
「あの……あ、あなたはユウキ君の父親……」
「だからって、他人に父親としての何かを与えられないわけじゃない。……前にユウキが話していた。君の環境では、父親が構ってやれないわけも私としてはわかる。そして実際は構われることが必要なことも……わかる。一児の父として、キミを放っておくわけにはいかない。いいから少し、父親にそうされていると錯覚して、抱かれていなさい」
口調が、ゆっくりで優しい。それは『父親』としてダイゴがほしかった話しかけられ方だった。
何でかよく分からないけれど、心がほっとして、また涙が出そうになる。
ダイゴは観念した。
このあまりに親切に提供された「父親」を断るのはもったいなさすぎた。
ふうっと、諦めたような、安心したようなため息をダイゴはついた。
いくらか強張っていた、肩の力が解かれる。
「……すこし、甘えさせてください」
「ああ」
センリの声は、言い方は、父親のものだった。ダイゴが心を緩める。
弱さを見せてもいいかと思ってしまう。
そこで、ダイゴはつぶやいた。
「お願いがあります。あなたのこと、錯覚してお父さん、って呼んで、いいですか」
センリが頷く。そして。
「そして……頼みます。ちょっと錯覚したまま、父に言っておきたいことがぼくには……あって……」
「なんだ?」
先を促す、肯定するセンリの言葉は優しかった。
弱さが、許される。言ってしまおう大丈夫。
ダイゴは、すう、と息を吸った。父に、言いたかった、なんてことのないひとこと。
「お父さん、」
「うん」
「お父さん……僕、とうとうチャンピオンになったんですよ。ホウエンの一番に……! ねえ、すごいでしょう?」
たった、それだけ。それだけダイゴは言いたかった。
『チャンピオンになったんだ、すごいでしょ』
言って父の反応を見たかったのに、あのとき自分はそんなことも言えず。
自分から言わずには父からの反応も何もあるはずもなく、ダイゴただ、当たり前のようにチャンピオンになったのだった。
当たり前のように……? 
それはほんとはすごいことなはずなのに。親としても名誉であることなはずなのに……!
まるで当たり前だった。なんにもなかった。自慢もできなかったし、褒められもしなかった……。

それは、少し、寂しいことだった。
……いや、本当は、ずいぶん寂しかったんだ……。


センリの手が優しくダイゴの頭を撫でてくる。
「ああ、すごい。……誰でもなれるものじゃない。お前はすごいよ。……がんばったな、ダイゴ」
そうだ、僕はがんばったんだ。
上からかかった父親のその言葉に、心を締め付けられて、ダイゴの目頭が変にまた少し、熱くなった。

チャンピオンって、すごいんだよ……。
僕はそれになったんだ。一番だよ!

お父さん、ほめて……ほめて!

いかにも子供っぽい声が、自分のうちにエコーのように響いた。
それから父親の「がんばったな」という言葉がそれらを優しく包み込む。
ダイゴはセンリの腕の中で、優しい感覚に、もう少し甘えてしまおう、と瞳を閉じて、身を委ねた。

END


 

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