たまには、自分たちの恋の話

ダイユウ。遠いところでアダミク。


インスタントコーヒーの美味しい入れ方を、ユウキは心得ている。
ダイゴは自分の家で、適当に買いだめてある安いインスタントコーヒーをユウキが美味しく入れてくれるのが好きだった。
「はい、ダイゴさんのぶん」
と先に座っていたソファの、テーブルの上にひとつマグカップを置き、自分のちょっと甘めに作ったのを手に持ったままダイゴの隣に座る。
それからだいたい5分くらいはとくに何もしゃべらず、2人してコーヒーを飲んでいる。
しゃべるのを中断して飲むのに集中するのに足りるくらいには、このコーヒーは美味い。
ちら、っとユウキが隣のダイゴの顔を見た。ダイゴが、ん? と言葉を促す。
「そちらには何か、面白い話はありますか?」
というのがいつもの一息ついた上での会話の始まりだった。
「ああ、あるよ。面白いのが……前回の続き」
「というと、ミクリさんの……」
「うん。ミクリが、とうとうアダンさんに告白したんだ」
「え、ほんとですか? そ、それで……」
興味津々、ユウキがダイゴの顔を覗き込んで続きを促した。


2人で会うと、いつもそんな話をしている。
誰かの恋の話。
恋は二人の周りに溢れていて、話題には事欠いたことがなかった。そして、2人とも他人の恋の噂話に花を咲かせるのが好きなのだった。
現実は小説より奇なり。誰かが頭を働かせて作った話よりも、図らずも起ってしまうこの世の恋の展開はよっぽどドラマチックで、そして巻き起こる物語の登場人物は空想上の登場人物よりも、知ってる誰かの方が断然、面白いに決まっている。
今、2人が注目しているのはアダンとミクリ、2人の師弟の恋の行方だった。ユウキはあまり接点がないので知らないがこの話題はダイゴがいつもネタを持ってきてくれる。
ここまでの話は、どうやら2人とも思いは通じあっているらしいということで、どちらが仕掛けるか、それともハタから見ていてもどかしいような関係がこのまま続くのか、展開を焦らされているところだった。そこに、ミクリが告白したという。ユウキはごくりと喉を鳴らした。
「それで……どうなったんですか? アダンさんの反応は……」
「それがね、」
と、事実をよけいに面白くさせる、ダイゴの語り口調。
「ここでまた焦らされる展開……アダンさん、ミクリの必死の告白を断っちゃったんだよ」
「ええっ? ……だってアダンさん、ミクリさんのこと好きなんでしょう?」
「そう簡単には上手く行かないさ。あの二人は。お互い恋の経験がありすぎて、かえって上手くいかないんだ」
「ああ……なんか、分かりそうな気が。アダンさんのその対応にも、ものすごい慎重な思考が働いていそうですね」
「うん。だから、まだ終わったわけじゃない。ここから先が、また見ものだな」
「楽しみですね」
「ああ」
一息ついて、コーヒーを一口。そちらに何か話題は? とダイゴが聞くのでユウキはうなずいた。
「こちらもなかなか面白い展開ですよ。ほら、ハルカが最近可愛くなった、恋をしているのかも、ってダイゴさん言っていたじゃないですか」
「うん」
「さぐりをいれてみたら、どうやらお相手はカゲツさんらしいんです。ちょっと前から付き合いだしたみたいで」
「え……ちょっとまて」とダイゴは首をかしげて、「カゲツの本命はフヨウでは?」
「そう。だからたぶん、カゲツさんは二股かけているんですよ」
「まさか、アイツが……いや、でも、なるほど思い当たる節もある」
ダイゴは、いたずらっぽく笑った。
「今度問い詰めてやろう」
そんなダイゴを見て、ユウキも笑った。


まったく、自分たちはこんなのばっかりだ、とユウキは思う。
自分たちも恋の真っ最中なはずなのに、他人の恋の話ばかりに花を咲かせて、夢中になって。
恋人ということさえも忘れてしまいそうな。
実際、ダイゴは自分が告白して、承諾してくれた、つまり恋人としてやっていこうと約束のようなものを交わしたことなどとうの昔に忘れてしまっているのかもしれなかった。
ユウキは、それでもいいいか、と思った。
ダイゴにちょっと自慢のおいしいコーヒーを入れてあげて、こうして隣に座って好きな恋の話をする。それはとても楽しくて、これでいいや、と思ってしまう。
それでも。
すこし恋人のようにしてみたくて、ユウキはそっと頭をダイゴの肩に預けた。
肩まで届かない。ユウキの頭はダイゴの二の腕に寄りかかる形になって、腕の金属の環が、頬にひやっと当たった。
珍しくも自分から体を寄せてきたユウキに、ダイゴはおやっと思って彼を見る。
ダイゴの位置からでは、ユウキの柔らかな頬が薄紅色に染まって、それが腕の金属に当たっているのが見えた。
ダイゴはその腕を上げてユウキの頬を冷たい金属から離させる。
あんまりこういうなれなれしいのは好きじゃなかったかな、ユウキは思ったがそうではなかった。そのままダイゴの腕はユウキの首の後ろに回され反対の肩をつかんで、ユウキを自分のほうに引き寄せた。
ユウキの頬を、冷たい金属なんかじゃなく温かい自分の胸に寄せられるようにしたダイゴの片腕に、やさしく抱かれるような体制になってユウキの心臓はトクンと高鳴った。
そのまま、しばしの沈黙。
「たまには……」とダイゴがそっけないふうを装ってつぶやいた。
「他人の恋の話ばかりじゃなくて、自分たちの恋の話でも、しようか」
言ってユウキを見ると、さっきかすかに染まっていた頬はいまは真っ赤になって自分の胸に預けられていた。ちょっとダイゴを見上げて、視線が合った事に慌ててまたそらす。
そらした瞳のまま、「そうですね……」とユウキが答えた。
だけど2人とも、そのままなにも言い出すことが出来ないのだった。
誰かの恋の話なら、ネタを見つけてきて、尽きることなく話すことが出来るのに、自分たちの恋の話、となるととたんに言葉を失ってしまう。
ユウキは何もいえない、とダイゴを再び見上げた。ダイゴと視線が合う。
こっちも何もいえないな、と苦笑いしたダイゴは、言葉の変わりにやさしくユウキを抱き寄せた。
普段はおしゃべりな二人の口が閉じられたまま、みつめあう。
そういえば、口は、なにも、しゃべるためだけにあるわけじゃない、と2人が思いついたのは同時で、はっとした瞳がお互いの思考を共有していることを伝えた。
ふうっと自然にユウキが目を閉じる。「いいの?」なんて野暮なこと聞かずに、ダイゴが頭をかがめて、ユウキとくちびるを合わせた。
味わったこともないような甘やかな感触……。
何かをしゃべっているよりも、気持ちいい……とユウキは思った。
実はそれが2人での初めてのキスで、ユウキにはほんとうに初めてのキスなのだった。
キスって、こんなんなんだ、とユウキはうっとりし、もしかすると自分たちがいつもしている恋の噂の現実は、言葉で話すよりもっとうっとりするようにドラマチックなのかもしれないな、と頭の端で思った。


チャンピオンと、今一番チャンピオンに近い少年の恋の行く末をこそ、実はホウエンの誰もが噂にあげて見守っているだなんて、キスもやっとの2人は知りもしない。

END


 

 

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