手紙を届けて

ゲンジ×アダン。
(+二人の手紙のやりとりを手伝うミクリ)


 

「ミクリ」
呼ばれたチャンピオンの間。呼んだのは下の階から上ってきたゲンジだった。
「なんですか? ゲンジ」
まだ挑戦者も来ないし、暇なミクリはあくびをしそうになって、あわてて口を押さえて対応する。
ゲンジは上着の裏ポケットから、一枚の茶封筒を取り出しミクリの前に差し出した。
「これを、アダンに」
「……アダン師匠に?」
「ああ、そうだ。彼が戻ってきていて、君と一緒に暮らしていると聞いた」
ミクリはうなずいた。
ミクリがダイゴの後このチャンピオンという立場に就任して、それに伴いルネジムを旅に出ていたアダンがふたたび担当するようになってから、ついこの間から。
ミクリはアダンと、昔のように同じ家で暮らしていた。
ミクリはなんの洒落っ気も無いゲンジの封筒を受け取る。
「この手紙、渡せばいいんですね。ええ、分かりました」

 


「アダン師匠から、お返事ですけど」
朝、しごとが始まる前にミクリはアダンから受け取っていた手紙をゲンジに渡した。
ゲンジは「うむ」とだけうなずいて、キレイな封筒を受け取る。
ミクリの好奇心が刺激させられた。
いったい、昨日のこのゲンジからの手紙の内容はなんだったのだろう。
それを受け取ったアダンはひどく複雑な表情をして、すぐに自室へと引きこもった。
そして朝、出かける前にミクリに、上品なデザインの白い封筒を手渡してこれをゲンジへ、と言ったのだった。
アダンの返信。
彼は、そっけないふうを装っていた。だけどそのこと自体がそっけなくは無いことだなとミクリは見て取る。
いったいこのドラゴン使いの四天王と自分の師匠の間に、どんな接点があったというのだろう。
深く勘繰ってしまう。

――きっと二人は昔の恋人だ。

ミクリはその可能性が一番素敵なような気がした。
アダンがよく恋をするのは知っている。だけど、ミクリはその相手というのを一人も知らなかった。
アダンがよく笑うようになり、そこはかとなく色気が増すと恋をしている状態で、新聞を読むことが多くなって溜息が増えると失恋したということなのだというのをミクリは長年の経験から何となく悟っていた。
もしかするとゲンジはアダンにあのやるせないため息をつかせていた一人なのかもしれない。
そう思うと何だか楽しくなってくる。

その日の帰りに、再び、ゲンジから返信の手紙を受け取った。
ミクリは帰り道、好奇心に駆られてそのそっけない茶封筒を夕焼けの光にすかしてみる……。
たくさん書かれた文字の便箋を、三つに折りたたんでいるらしい。文字が重なって、読むことができない。
「恋文なのかな……」
あのカタブツゲンジが、もし恋文など書くのなら、どんな内容だろう。
想像するだけで楽しい。
例えば……
――あのときはお互いの誤解、ちょっとしたすれ違いから、破局を迎えてしまったが、今ならそれが誤解だったと分かる。もう一度やり直したい。
だとか。
――久しぶりに君を見かけたら、再び恋心に火がついた。あの恋の続きを……
とか。
そんな内容のことを、長々と文にしたんだろうか……。
ミクリの想像は尽きない。

その日帰って、同じくジムの仕事を終えて帰ってきたアダンにゲンジからの手紙を渡すと、アダンはその場で手紙を開き、先ほどミクリが読み取れなかった便箋を開いて目で追った。
ミクリが様子を見ていると、手紙を読んでいたアダンの表情が、あるところまで来てはっと変わった。
目をぱちくりして、その頬が露骨にふわっと赤くなる。
アダンはミクリがその様子を見ているのに気づき、
「届けてくれて、ありがとう」
と断りのようにいうと、コートの裾を翻し、いそいで自分の部屋へと籠ってしまった。
そして次の日、ぶ厚い封筒をミクリに差し出したのだった。


「これ……アダン師匠からですけど」
ぶ厚い封筒……それもそっけないゲンジの茶封筒などとは違って中が透けないように二重になっているアダンからのきれいな封筒を、ゲンジに差し出した。
朝、この封筒を渡しざま、アダンはえらく真剣な表情で、ミクリに言ったのだった。
「すみませんがミクリ。これ、おねがいします。絶対なくしたりなんかせずに、必ずゲンジに届けてください。そして、『アダンがあの時はすまなかったと言っていた』と、ひとこと添えてください。頼みます」
ミクリはその言葉を伝える。
「師匠から言伝で、『あの時はすまなかった』との事です」
「ふむ……」
その言葉を聞きつつ、この場で封をあけて。
あけてチラッとなかみを見ただけで、ゲンジは再び封を閉じ満足そうな表情をした。
「……そうか。やっとあのときの清算ができたな」
「いったい、どういうことなんですか? あなたと師匠の間に、何かあったんですか? 師匠は、あなたからの手紙にひどく慌てていたようですが」
言うと、ゲンジはニッと笑った。
「アダンが、慌てていたと。そりゃそうだろう」
「?」
「気になるのなら、君の師匠に聞いてみるといい」

 

その夜、聞くとアダンは再び頬を染めた。
「まあ、今回、ミクリに橋渡し役になってもらったのですから、訳くらい話しましょうか。……でもこれは……私のちょっと恥かしい話で」
ふふふ、と笑ったあと、告げた。
「ゲンジに、借金をしてたんです」
「はあっ?」
と、あまりに予想外の答えに、ミクリは頓狂な声を上げた。
「なにか、もうちょっと色っぽい展開でも、ミクリは予想してたんでしょうが。ただそれだけのことなのです。借金していて、それをやっと返した。……お使いありがとうございました」
それだけでは何だかおさまらない。一体どんなときの借金なのかとミクリが聞いたので、アダンはそのときの話をし始めた。「これも恥かしい話なのですが」と断って。
十年前、アダンが肩入れしていたとあるバーのマスターのために、アダンは連日、見栄を張ってとんでもない額の酒ばかりを注文し、やがて手持ちの金額が足りなくなり、そのときたまたま一緒に飲みに来ていたゲンジにいくらかのお金を借りたと……そしてアダンはそのときよいつぶれてしまって、そのことも何もかも忘れ去ってしまっていたと……。
そういうことだった。
「あのときはかなり酒も入っていたし、私はその日に失恋した。そのこともあって、すっかり、忘れてしまっていたんです。ゲンジのやつときたら、そのときの、思い出したくもないことをぐだぐだと……」
つまり、ミクリが夕日に透かして見られなかったあの文は、そのときの状況を長々とつづったものだったらしい。恋文なんてものではない。そして、今朝方運んだぶ厚い封筒の中身は、現金だった。ロマンも何も、あったものじゃない。
なんだ……とミクリはつまらなそうにため息をついた。



だけど過去の夜の、アダンの話にも出てこなかったそこに、じつはミクリの好みそうな少しの恋の話が現実としてあったなんて、ゲンジが言わない限りは誰にも知られないことなのだ。

……

「まったく、飲みすぎだ……」
と、失恋した上に酔っ払ってふらふらなアダンの肩を支えながらゲンジがつぶやく。
これは、十年前の情景。
「だって……好きだったのに……。あんなに優しかったのに、私が、男ってだけで……」
「仕方ないだろう。それが、普通の意見だ」
「普通って、何だ。こんなに真摯に愛しても……それがそんなくだらないことなんかで振り払われるものか? 男だとか、女だとか、恋はそんな理屈じゃないだろう……?」
「酔いすぎだ」
「ゲンジ、お前は恋を知らないからそんなこと言う」
「恋を知らないだって……? そんなことは」
「じゃあ、誰かに心奪われたことがあるというのか、お前が……? ははっ、どこの令嬢だ? それは」
「おまえだ」
ゲンジは即答した。
「はあっ? 何を言って……」
そこで、冗談だと取り合ったアダンにゲンジはキスをした。
言葉よりも短略に、本気を分からせるキスだった。ゲンジは、アダンがかのマスターを好きになるよりずうっと前から、知り合ったときから、アダンのことが、好きだったのだ。アダンは自分の恋に夢中で、そんなことなど気付かない。
結果、不意打ちのキスにアダンはうろたえた。
だけど、ゲンジがここぞと与えた口付けは情熱的で、とろけるようで、ただでさえ酒に深く酔って前後不覚のアダンの腰を抜かせた。
ずるりと落ちそうになるアダンを抱きとめた。ここで崩れられては、この先かれの家まで向かえない。
「…… ……」
アダンがなにかちいさくつぶやく。その言葉は聞き取れなかったことにしよう、とゲンジはおもっていつの間にか止めていた歩を再び進めた。
幸運なことに、アダンもまだ自分で歩を進めている。
やがて、ルネのアダンの家に着いた。
アダンが自分で家の鍵を開け、支えられつつ自室に向かってそのベッドに向かってどさりと身を投げる。
ゲンジはアダンをちゃんと寝かせて上から掛け布団をかけてやった。そのときふと、アダンの瞳がゲンジを見上げる。
アダンの先の言葉を、思い出したが首を振ってふり払った。自分を見つめるアダンの瞼に手を置いて目を閉じさせる。「覚悟しておけ、明日はひどい二日酔いだ」そういい残し、きびすを返す。寝室をあとにした。
あるいはそのとき一晩ゲンジがアダンの言うとおりにしていたらアダンはその日のことを忘れてしまいもしなかっただろうし、現実はかなり、ちがうものになっていたかもしれない。
あの時アダンは「ゲンジ、一晩私を抱いていて」と、言ったのだった。

 

……


そのあたりのことは、当然ながら手紙に書いたりしなかった。
だけど手紙を読んだアダンは、もしかしたらそこまで思い出したのかもしれない。
翌日ミクリに手紙をひとつ、手渡して、「これをゲンジに」と告げたアダンはそこはかとなく色っぽくてミクリはあれっと思ったのだった。

END



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