| トゥナイト・トゥルース ダイミク。
ダイゴの家で、久しぶりによるにお酒を飲んでいた。
ダイゴは酒なんてよく知らない。アルコールが強ければいいのだろう。洋酒、日本酒、適当なものがいつも何本かはおいてあった。適当とはいってもさすがにどれも高いもの。
私にはちょっと手の出せないのもあって、そういうのをそこいらの水みたいにコップについでうまくもなさそうに飲んでるのを見るともったいないことだ、と思う。
「ミクリ、ルビーにまで手を出して……なにやってんだよ」
ちょっと酔ってきたダイゴが、そろそろくるな、と思っていたタイミングで恋の話を持ち出した。大体飲み始めて1時間。くだけてきてこういうはなしになる。飲んでないときは二人でいてもあんまりそういう話はしない。
「ああ、1回だけと断って……何となくその場の雰囲気で。そういうことって、あるでしょう? そのあとルビーとは何もないよ」
「アダンさんとの関係もだらだらひきずったまま」
「私と師匠の関係はむかしも今も、こういう形なんだ。口出ししないで」
どこからか聞いてきた、わたしの恋の話をからかって、いつもはそこで、自分のほうの恋の話に行きそうなところが今夜、ダイゴはふと、そこで言葉を止めた。
見ていると、目を細める。
どこともない壁の方向に視線を投げかけて、あまり薄めてもいない酒をこくんと飲む。カラン、と氷がグラスにぶつかり変に乾いた音を立てた。
「……なにやってんだよ」
呆れたようにつぶやいた言葉のそこに、何か深いものがあった。
ふと、かち、かち、と時計の秒針の音がやたらと耳につきだすのを感じる。
いままでちびちび飲んできた酒が、ここにきてなぜか頭に上がって、頬を熱くさせた。
その熱さを収めようとしてコップを傾け、ちいさくなった氷を、ひとつ口へ流した。
ぱきんと奥歯で砕いてのみこむ。
――なにやってんだよ。
それはダイゴが言った言葉だけれど、本当はずっと前から自分の心が投げかけている疑問だった。私はほんと、なにをやっているんだろう。ここに来て外からその言葉が投げかけられて、改めて思う。
アダン師匠との恋も、ルビーとの一夜限りの関係も、どれもふわふわした、曖昧な心のままに過ぎていく。他の誰との恋だって。
私は恋に、本気にならない。
本気じゃない恋ばかりに身を任せて、誰かと寝たり、愛してると言ってみたり。キスしたり。
恋の形は自由だ。そんな感じでだらだらやっていくのも間違いではないと思う。
でも、なにか……ものたりない……?
たまに疑問が浮かび上がってくる。
何で私はいつも恋に、本気になれないんだろう。
カラン、と氷のなる音。ダイゴが酒をあおる。そんなダイゴを何となく見つめた。
ダイゴは酔い始めるのは早いが、酔いの具合はわずかにタガが外れたくらいで、そのままいくら飲んでもそれ以上は酔わない。
「ほんと、なにやってんのかな、私。本気の恋も出来ないで」
ダイゴに答えを求めて言ったわけじゃなかったはずだ。
ただなんとなく心の中で疑問を閉じ込めておくのが息苦しくなりそうでつぶやいたその言葉。
その言葉が、何かを展開させる。
いや、もしかしたらそれより前のダイゴの言葉からもう、事態は展開し始めていたのかもしれなかった。
「出来ないで、じゃないだろう」
なくなった酒を新たに注ぎ足して、ダイゴは私の方を見ないで言った。
「……え?」
「本気の恋を出来ないで、じゃない。本気の恋に落ちるのが怖くて回避しているんだ」
そんなに飲んでてよくろれつが回る。
いや、気になるのはそこじゃない。ダイゴは何を言おうとしてるんだ?
首をかしげて続きを促した。
「ミクリは本気の恋になりそうな予感のする相手を、無意識に避けている。自分の本命に、気付いているけど無視している……その人との恋で傷つくのが、怖いから」
酒で酔ったときのダイゴが口にする言葉は、いつだって変に鋭くて、的を射ていて、私の心の奥のほうまで突き刺さる、今回も、そうだ。
「私が本気の恋を避けている? 本気になりそうな相手を、分かっているけど気付かないようにしている? ……それじゃあ今の私にもそんな人がいるっていうのか、ダイゴ」
「いるだろう?」
その言葉に、自分でも知らないような本心を引きずり出されるような心地がして、どきりとした。
あ、心がざわめく。わたしの中、隠れている何かが分かってしまいそうな予感がする。
無意識に薄い酒を口元に運んだ。
冷たい。
結露した水がコップを支えるわたしの指を伝ってぱたりと膝に落ちる。
濡れた布地の色が濃くなった。
「分からないな。ダイゴには分かっているの? 私の本当に好きな人。知っているなら教えてよ。その人はだれなんだ? 私が本気で恋する相手は」
聞いてはいけないような気がした。
ダイゴは、は…と動きを止めた。
しばし、思考をめぐらせるような表情を見せた後、今ついだ酒を、ほんとに信じられない、ごくごく、ごくんとまるで水みたいに飲み込んで、とん、とグラスを置き、ぐいっと口元をぬぐった。
「ふうっ……こんくらい酒が入ればなんとかなるかな」
と、つぶやいてダイゴは一人うなずく。そうしてやっと私を見た。
なぜか視線が合ったことにどきりとした。
「ミクリ、そろそろ僕と、本気の恋をしようよ」
え?
かけられた言葉から、私は一瞬意味を受け取れなかった。
そこに追い討ちをかけるように、ダイゴの言葉が重なる。
「君の本命は、たぶん、僕だ」
言ってダイゴが立ち上がり、その手が伸ばされて、机越しに私のあごをついっとつかんでダイゴに視線を合わさせた。
触れられた瞬間、思いもしないほどにどきっと強く心臓がはねたのを内に聞いておどろいた。
今なんて言ったんだ。わたしがダイゴをすきだって? はは、冗談じゃない、ダイゴ、そんな自分から何を言ってるんだ……
言おうとした言葉がなぜか、どれも声にならずに喉で留まる。
「……どうしてそう思う」
やっと出てきた言葉はそれだけ。心臓はバクバク鳴っている。顎をつかまれたくらいでどうして、こんなに。
「あっちこっちで恋してる君が、簡単に恋に落ちそうな僕と一度もそういう関係になったことがない。僕は何回か機会をもうけて恋を仕掛けたのに君は全部うまくかわした。それは……僕に対して本気で慎重になってるからじゃないのか」
「仕掛けた、だって? いつだ、私はなにも気付かなかった」
「あんな露骨にモーションかけてて、バカじゃない君が、本来気付かないはずはないんだ。それでも気付かなかったのは、心がかばって回避したから。いいかげん、逃げ回るのはやめて、僕を見てよ」
なんて勝手な物言い、その自信はどこから来るんだ……!
文句のひとつも言ってやろうと思ってにらみつけると、ふと、ダイゴの目が真剣になった。さっきまでも真剣だったけど、そうではなくて。
物事の真実を見極めようとする眼が真剣なのではなくて、私を見る目が真剣になった。
息が詰まる。胸の鼓動がはやく、苦しくなっていく。
「だめだ。はなして」
「逃げるな……」
つぶやいて、ダイゴがそのまま顔を近づけ唇を寄せてくる。あ、距離が近づく。詰められる距離の短さが、そのまま鼓動と緊張感の高まりに変換されていく。熱が上がる。
燃えるような熱さが胸に宿って、ちりっと何かを焼き焦がした。
「んっ…………」
とたん、合わされたくちびるが、予想以上の快感を受け取った。
私は焦った。心が痺れる。痺れる片方で危険信号が発せられた……この恋は、危ない、と。
気付いちゃいけない、この恋に落ちちゃいけない。
でも、いまさら危険だと知らせられても、もう遅い。
こんなキス、私は知らない。くちびるは敏感な部位だから感じる、人によってうまさの違いは多少あっても、結局は誰とやってもほとんど差はないなんて、思っていたらこの快感の群を抜いていることの言い訳がどうしてもできない。
本気で好きな人からのキスだから? ダイゴが本命だったって言うのか。
生理反応だけじゃない、心が感じてしまって力が抜けた。たかが、唇合わせただけの軽いキスで。
「……っはぁ…っ」
キスを放して、ダイゴが自分を覗き込んだときには、もはや手遅れだった。
口を押さえて、高鳴る胸を押さえる。
かばっていた心もむなしく私は自分の心を知って、恋の入り口に無理矢理立たされる。
それも、今度は本気の恋だ。逃げられない、誤魔化せない。
「……眼が覚めた?」
私の表情を見てダイゴが聞いた。
恥かしくなってみるまに頬が熱くなる。何も答えられなくてもたぶんその頬とわたしの今の表情が答えになってしまってると思う。
「ああ……なんとなく、わかってしまったみたい」
答えるとダイゴがふっ、と笑った。
「さ、ここから、本気の恋始めよう」
END
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