浴槽のミロカロス
ミクリ←ミロカロス。
マツバのときといい、ミクリは失恋する度誰かに頼って迷惑(?)かけてそう。
「ミロ」
狭いけど、落ち着くモンスターボールから出されたそこは、マスターの家の広い浴室。その広い浴槽のお湯の中だった。
明り取りの広い窓から、午後の日差しが充分に入り込んで、明るい。
湯はぬるく、何のバスソルトか青とも緑ともつかない海のような色をしていて、心を落ち着ける不思議な香りがこの浴室に満ちていた。
浴槽の縁にもたれるようにして濡れる青い髪を煩わしそうにかき上げるのは、私のマスター。
現れた私の姿を確認するとほっとしたような顔をして、手を差し伸べる。
私が身をかがめるとその手が頬をそっと撫でた。
それから首に腕が回されて、抱き寄せられる。
「また、失恋してしまったよ……」
言って、抱き寄せる腕が、少し強くなった。
柔らかな頬が、強く頬に当てられる。胸も、腹も、直接触れる素肌は艶かしく滑らかだった。
また、失恋……と。
私のマスターは、いつもいつも、恋ばかりしている。叶わない恋ばかりしている。
そして私は……。そんなマスターに想いを寄せる。
誰かに恋するマスターに恋して……私たちを取り巻く恋はいつも、一方通行だ。
こい、恋……。そのことについて、私は悩みばかり抱える。
良く分からないのだけど、ポケモンの私が、種族も型も、何もかも違う人間に、恋心を抱くなんておかしいと思う。
けれど、私は、マスターに恋してしまっている。
これは行き過ぎた忠誠心などではない。あからさまな恋心だった。
だから、私はおかしい。この生物の立場として、エラーを起こしている……。
種族を超えて寄せる思いは、生殖の目的から起こる本来の本能の恋の働きと理屈が噛み合わない。
なぜ人間を好きになるのか、分からない。それはおかしなこと。
どうしたらいいんだろう。……どうしようもない。
間違いを抱えたまま、だけど、本来の使命であり、私の必要性、バトルで勝つことには支障がないので、問題は……ない、はず。いまのところ。
「ダイゴの想い人は、ハルカちゃんだったんだってさ……はは、どうしようもないよね」
と、マスターは上手く笑えずに言う。
「ダイゴはふつうに女の子が好きなのに、私は男なんて好きになってしまってばかり。それでダイゴなんてすきになってしまって……」
マスターのやるせない溜息がふう、と首元にかかってぞくりとした。
「ダイゴはすごく、優しいんだよ。そんなそぶり見せないけどわたしのこと、いつも気にかけてくれていた。でも、それ以上の優しさを、ハルカちゃんに……そしてあの声も、まなざしも、全てが、ハルカちゃんのものに、なるんだ。これから……」
恋の心が、シンクロする。私の抱いているおもいに、マスターのそれはあまりに似ていて、シンクロした私の心まで苦しくて締め付けられた。
「私は……おかしい。同性しか好きになれないなんて生物として、ずれてしまっているんだ。
だって、そうでしょう? 私が男なんて好きになったって、生物の法則上、意味がないことなのに。子孫なんて残せないのに、それなのに、どうして好きになる?
こんなに、本気で恋をしてしまって……
どうすればいい……どうしようもない。それでも、わたしは戦えるから……仕事はできるから……問題は、ない、はず」
それからしばらく黙って、思い出したように抱擁を解き、指で私の口の位置を探った後、くい、と唇を合わせてきた。
柔らかな唇。体も、思考もしびれていく。
おとなしくされるがままにしていると、そのままやさしく背筋を撫でられた。
わたしは身をくねらせて、快感を呼び起こす軌道をわざとずらす。
このくらいまでが、ギリギリのラインだった。
これ以上、性的に刺激を与えられては、さすがに正常ではいられないような気がする。
その動きに、マスターはキスをやめ、顔を上げた。
「……ごめん」
代わりに私の頭を優しく撫でた。
「……へんなことはしないから、ちょっと抱くのだけ、させていてね」
それもへんなことかな……とつぶやきながら、マスターはまた、私の首を抱きしめた。
この明るい真昼の浴槽で、ぬるい湯に使って不思議な香りにつつまれながらマスターに抱かれている。
これは一体、どういう状況なのだろう、とぼんやり考える。
私はマスターが好きで、マスターはダイゴが好きで、私はポケモンでマスターは人間で、
……
マスターがしているようなことは、好きな相手にやることだけど、私はそれをされている。
けれど、マスターの好きな人はまだダイゴで。
私は、マスターを好きなまま、同属のだれかに口付けるだろうか、抱きしめるだろうか。
そうか、誰かを好きで、それでもかなわなくてつらくなったら、好きじゃない別の誰かに、頼ってしまってもいいんだ。マスターはそうしているんだ。
キスしたかったら、他の誰かにしてしまっても……いや違う。
わたしはキスしてほしいと思っていて、キスしてもらっている。
もしその相手が私をすきだったらそのこころはどうなって
……???
何の結論を得たかったのか、分からなくなってしまった。
そもそも、マスターの肌に直に触れられ抱かれている状態で、マトモな思考など、働くはずも無かったのだ。
目を閉じた。
「ポケモンなんかにすがる、変なトレーナーでごめん」
小さくつぶやいた声がかすれている。
私は声で返事は出来ないので、優しくほおをこすりつけて答えた。
「……ありがと。ごめんね……」
マスターの裸の肩が弱々しく震えた。声を出さずにマスターは泣いて、涙は私の体を伝って青の湯に溶ける。
――つらくてもまだ、ダイゴを好きなままなんですか、どうして。
それは聞くまでも無い。わたしもこんなにつらくてもまだマスターを好きなまま。
体を這う涙の熱さがそのまま痛みとなっていく……。
理屈じゃないんだ……と私は思うし、もし聞けたならマスターもそう答えるだろう。
それでも考えてしまう。、どうして、生物として生産性の無い同性や、異種族に関して、生物としての機能である恋心が働く……?
それに関しては、たぶん、なにかしらの理由があるのだと思う。
今の私にはわからないけど。たぶん、理由は、意味は、ある……。
……意味はありますから、その恋も、きっと無駄ではありませんよ、マスター……。
「ミロ、あしたもがんばろうね」
答えの代わりにうなずいた。
END
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