ユウキの誘い
ダイゴ×ユウキ
甘さひかえめ、理性的なふたり。後半はむしろゲンジが……。
「ここまできたのは、バトルしにきたわけじゃないんです」
ユウキがチャンピオンとしてのダイゴを倒して、数日。何の目的かふたたびこのチャンピオンの間に上がってきたユウキは迎えたダイゴにそんなことを言った。
「え…?」
「ちょっと…ダイゴさんを誘いに…」
「?」
ユウキはダイゴのスーツの袖をついっとひっぱった。
その行動になんだかどきっとしながらも平然とした態度で答えるダイゴ。
「どういうことだい?」
「ちょっと、面白いことがあるんです。一緒に冒険にいきませんか。この冒険はぜひ、ダイゴさんと行きたい」
ユウキがいつになく瞳を輝かせて、その瞳をダイゴに向ける。
あっと思ってダイゴは思わず見入った。
妙な心の高なりがよぎった。それは、洞窟で岩と岩の間に埋もれた貴重な石を見つけたときの感覚と同じ。
何かの可能性に心がときめく。
「ダイゴさん、はがねポケモンが好きですよね」
「うん、好きだよ」
「伝説のポケモン、レジスチル。その封印場所が、判ったんです!」
「え…えっ? なんだって?」
「レジスチル。やっとみつけたんです。いまからそこへ行こうと思っていて、ダイゴさんも誘おうと思って…」
ダイゴは小さく感嘆の溜め息をついた。
レジスチル……あの伝説の中のポケモンを、見つけたって言うのか?
この少年が。
それで自分を誘いに…ちょっと家に上がるみたいにして四天王をけちらしてきたっていうのか。
「ダイゴさん、行きませんか?」
魅力的な人物からの魅力的な誘い。
ダイゴは思わずうなずきそうになって、
「あ…でもボクは…」
はっと思いつき、首を振った。
「ここでトレーナーを待っていなくては」
ちょっと笑ってユウキがつかんでいる袖をそっと離した。
「やっぱだめですか…」
ユウキは残念そうに溜め息をつく。
「ダイゴさんがお休みの日まで、待ってようかな…」
ダイゴは、ははっと笑ってユウキの肩にぽんと手を置いた。
「行ってきな。…残念だけど、チャンピオンには基本的には休日はないんだよ」
「そうですか…」
ユウキはダイゴを見上げて、何か聞こうとしたがやめた。
(それだったらどうやって、何度もぼくを助けに来てくれたんですか……?)
「じゃ、ぼくは行きます。つかまえたら、またきますね」
そうしてぺこっとお辞儀をして、結局バトルもせずユウキは出ていってしまった。
その姿を見送った後でダイゴはユウキが下っていった階段の途中までおり、そこに腰掛けた。
「…レジスチル…」
頬杖をついて、つぶやく。
その言葉は、なんてときめく言葉だろう。
ユウキが口にしたときから、昔夢見た時を思い出し、ダイゴは心がどきどき高鳴っていた。
古代のはがねポケモン。
子供の頃、伝説の本で見たときからずっと憧れていた。自分で探していた時もあった。でも見つからなくていつからか、やはり伝説は伝説とあきらめて忘れていた。
セピア色の思い出になってしまったそれが、今になっていきなりあざやかに色を取り戻し、目の前に現れた。
それも、昔の夢を連れてきたのは、他でもないユウキだった。
ユウキと、憧れのポケモンレジスチルをよみがえらせにいく……
その魅力的過ぎる誘いに、ダイゴは一瞬頭がくらっとした。
仕事も忘れて「よし、行こう」と彼の手をとって引っ張っていきそうになった。
子供みたいだ。でも、現実を思い出させるくらいは自分は大人だったのだ。
「はあ……」
どこかから笑い声が聞こえた。
「ホウエン最強のチャンピオンは、まるで子供だな」
同時にいまさっきユウキが出ていった扉が開いた。
「ゲンジさん…」
入ってきたのは、四天王のひとり、ドラゴン使いのゲンジだった。
「きいてたのか…」
ちょっと笑って、ダイゴはゲンジを見た。
「…友達があそびに誘いにきて、でも勉強があるからと部屋に閉じ込められている子供みたいだな」
座っているダイゴを見下ろして豪快にはっはっと笑う。
「ふふ。さすが。いい例えだな」
「行ってきたらどうだ?」
笑うのをやめて、ゲンジが言った。
「えっ?」
「おまえさんは多くのものをその手にかかえている。チャンピオンとしてだけここに閉じ込めておいてはいけない気がしてな」
多くのもの…
ダイゴは自分の両手を見た。
多くのもの。やりたいこと、できることがこの手には溢れている。それは両手で抱えられないほどだ。チャンピオンになる、と言うのもそのひとつだった。だが、同時にそれは数あるやりたい事のうちの一つでしかなかった。いつだって、やりたいこと、できる事はあふれている。
「また、行ってきたらどうだ。チャンピオン不在を悟られまいと、私たち四天王もやる気になる。最後の砦、このゲンジがまた本気をだせば、本来チャンピオンまでたどりつけるトレーナーなどいない」
「そのやる気で、普段からボクのとこまで挑戦者を回さないようにしてもらいたいものだな」
ゲンジはにやりと笑った。
「トレーナーに貴重なチャンピオン戦を体験させてやるためさ。…でも、そうだな。怠慢ということにしておこう。いつもバトルを預けている詫びだ。今回は私が最後の砦を立派に務めてみせよう」
ゲンジは言ってダイゴの背をぽんと押した。
「今回も、行ってきな」
その勢いで階段を、ととと、と数段降りて、ダイゴはゲンジを振り返った。
今回も……。前回も、ゲンジに頼んだのだった。気になっているトレーナーがいる、少しだけ時間をくれないか、と。そうして何回か、ダイゴはこのチャンピオンの間をチャンピオン不在にしていた事がある。ある一人のトレーナーのために。
彼にはじめてあったとき、そのトレーナーの可能性を予感して、ダイゴは彼の才能を引き出し、正しい方向へと導いてやろうと決意した。そして彼はトレーナーとして立派に成長し、自分の前に現れ、そして自分を打ち負かしたのだった。
彼は類まれなる才能を見せ、驚くほどの速さで一人前になった。
ダイゴは今までの不在を、未来のトレーナーを育てるという名目で自分に許していたのだった。だが、彼が自分の手を必要としないほど成長した今となっては……。
この先は単に自分が彼といたいという望みだった。
彼を手助けしているうち、いつしかダイゴは知らず彼に惹きつけられてしまっていた。
彼のトレーナーとしての才能が自分の心を惹くのか、それとも彼自身に魅力を感じたのか分からない。多分どっちもだ。
その思いは、今も続いていた。
今日はそんな彼がいきなり尋ねてきて、ダイゴは自分の心がちょっと浮かれている事に気付く。
「きみが手をかけていたユウキくんが、立派に成長して、今度は彼からきみを迎えに来たんじゃないか。その実力で、我々を蹴散らして。……行ってやりな。彼の頑張りへのごほうびだと思えばいい」
息子に許しを出すように、ゲンジは言うのだった。自分の父は会社の社長でいつもすまして上品で。こんなふうに「おやじ」っぽい事はなかった。普通の父親とはこういうものなのかとおもう。ゲンジにこういうふうに言われると、ダイゴは不思議とちょっと甘えてしまってもいいかな……と言う気分になるのだった。
「…では今回も、甘えてしまうことにしようかな」
言った顔に、希望の差した、子供のような笑みが浮かんだ。
それをさっと引っ込めて、ダイゴがぴしっと背筋をのばした。
「チャンピオンはこれから、所用で出かける。明日の夕時までには戻る。それまで四天王リーダーゲンジ、チャンピオンまでの道の死守を頼む」
「了解した。ちなみにユウキくんはプリムのところで足止めしてある」
言ってゲンジはニッと笑った。
その用意周到さにダイゴは驚き、ゲンジを見やった。
「ありがとう。この埋め合せは、いつか」
ダイゴは硬派のゲンジでさえも思わずどきっとしてしまうような魅力的な笑顔を見せて、くるりと向きを変え、階段を降り始めた。少し急ぎ足の足音が遠くなっていき、パタン、と扉が閉まった。
ダイゴが去った扉を見ながらゲンジは苦笑いして、クセになりそうだな、と思った。
あの笑顔を見たいがために、ついつい自分はがんばってしまう。
まあ、それもいいか。
「……さて、自分の持ち場に帰るとするか」
ゲンジが扉を開けて出て行き、チャンピオンの間には、誰もいなくなった。
四天王の最後のひとりがやたらと容赦なく強い日がある。そういうときはたいてい、チャンピオンは不在なのだ。
END
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